沖田は微かに痛む自分の左腕を見た。そこにはやはり血が、といってもかすり傷だろうからすぐにおさまるだろう。

その傷を眺めながら沖田は心中皮肉に笑う。自分に傷をつけられる相手などそういない。真剣の斬り合いではなくただの遊びで。喧嘩という名の遊び。その遊びは傍から見れば殺し合いかもしれない、しかし沖田はそれを遊びと呼ぶ。しかし本気、自分も相手も本気。本気の遊びだ。言い合いも殴り合いもすべて。こちらが刀に手をやればむこうは傘を握りしめ直す。こちらが鞘を抜いて振り下ろせばむこうは砲弾を飛ばす。気を抜けば死ぬかもしれないというのは普段と同じ、だが目的が違った。殺すために自分は動いてるわけじゃない。少なくとも向かう相手は敵ではなくただのガキ。仲間でもなく敵でもなく、ただ自分と渡り歩ける強さを持つガキだ。こんなムカつく奴はそういない。ちょっと挑発すればすぐに膨れっ面でそれに乗ってくる。単純で扱いやすくもある。おもしろい、おもしろくてムカつく奴。


いつだったか、俺の傷を見て近藤さんは言った。「仲がいいな」と。それに俺は否定した。しかし近藤さんは笑うだけだった。

仲良くなんてない、ただの喧嘩相手、遊び相手。友情や仲間意識などないのだ。そんなもの、持ってたまるか。
例えば、快適な居眠り時間をアイツとの遊びの時間に当てるのも、ただ何となくそういう気分になっただけで。そこでそいつの体に傷をつけていいのは俺だけで、他の誰かにやられるなんて許さない。そんなふうに思うのも気まぐれだ。そう、すぐにでも浮かぶお前の顔だって、何の意味もない。その浮かぶ笑顔がいつも眩しいのが、何故か自分の腹を立てさせていた。


「恐れるなよ」


近藤さんはそうも言った。恐れるな、恐れるな?いったい何に?世界に?人間に?生きることに?気持ちに?それとも変化に?
何気ない日常でも何気ない会話でも確かに時が経てばすべてに情が入る。そしてその存在に愛着まで湧いてきたら終わりだ。憎くてたまらない奴でも失いたくないと、望んでもいないのに矛盾を抱えて。淡白に殺伐と歩んでいきたいこの世界に縛られていく。動きにくくなっていく。そんなものいらないのに、拒絶はいつも虚しく去っていくのだ。


「恐れるなよ」


近藤さんの顔が浮かぶ。すべてを包み込むようなあの笑顔に何度救われただろうか。その暖かい光は絡み合う感情を落ちつかせる。恐れるな。


「サド!まだ勝負は終わってないネ!」


神楽が番傘を沖田にむける。楽しいのだろうか、顔には笑みが見られた。
高く通る声。するりと違和感なく己の胸の中に入り込むその声は案外奥の方まで入り込んでいるのかもしれない。なんて、なあチャイナ、お前はただの腐れ縁だったはずなのに。そうか、でも、


「…悪くないねィ」


沖田は静かな笑みを落とした。浮かぶ神楽の笑顔も、目の前の神楽の存在も、腹立つものではない。おもしろい奴、おめーはどこまで俺をかき回せるのか。確かに勝負はまだ終わっていない。





陽気なきみへハロー
080524





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近藤さんには沖田くん従順だと思うんです。