随分と平和になったもんだなあと思う。
重力に任せたままの身体が穏やかに軋む。これは性分さね、とぼそりと零したいつかのハバアの声が頭の中で鳴った。そうだ、あの時そう言って笑ったババアは美しかった。皺だらけの顔に刻まれた過去と今が重なって見えて畏れ入った。かなわねェな、なんて返して酒を喉に通したんだ。だけどあんな風に美しく笑えるもんなら。きっと少しずつ実感して、少しずつ染み入って、少しずつ平和になっていったんだ。
「銀さん!生きてますか!?」
「銀ちゃん!」
聞こえた声に現実をみる。ああ、生きてらァ。倒れた身体はそのままに片手を上げてひらひらとする。近づく気配に重たい瞼をゆっくり開けたら、霞む視界に心配そうに覗きこむ2人が見えた。
「…おう、このとーり」
かなわないのはハバアだけではない。つい緩んだ口元につられたのか、新八も神楽もすぐにほっとした表情を見せた。
よっこらせ、と身体を起こす。
「あれ、なんだ、銀ちゃん全然元気アル」
「んなことねェよ、満身創痍だっての」
「でも自力で歩けるじゃないですか」
「いや身体中痛ェよ。痛くてマヒして限界突破してるだけで」
「よし、大丈夫そうアルな!」
「そうだね」
「おいおい俺の話聞いてた?」
「それじゃあ僕らみんなのところに行くんで!」
「え、ちょっと」
「銀ちゃんはさっさと病院行くアル!」
「あの?」
「あ!みんな無事なんでその辺の心配は無用ですから」
「じゃあナ!」
駆け付けに来たくせに何なんだその扱いは。さっさと走り去ろうとしてる2つの背中に思い切り叫ぶ。
「オィィ!放置か!」
くるり、勢い良く振り向いた2人はいつもの笑顔を見せる。そして一言、重なった声が大きく響いた。
銀さんが生きてれば良いんです!銀ちゃんが生きてれば良いアル!
かなわない。どうしようもない性分も、曲げられない信念も、がむしゃらに生きてたあの頃にはかなわないものがある。指一本動かすのも、呼吸も、痛みも悲しみもひとつひとつに希望して絶望して、成し得なく終わりを感じた。だけど終われるわけがない。随分と平和になったもんだからといって、うまく生きれるわけがない。これは性分だ。
「ああくそ、いってェな」
1人ボロボロの身体でゆらゆらと歩くこの姿を見て、誰が幸せと感じるだろうか。右手を空に向かって投げ出す。空を掴むようにゆっくりとグーになる己の手を眺めた。ああ、何の意味もない。だけどきっと、やり続けることに意味はある。まだ信じてる。
その手を自分の頭に持っていきガシガシと掻く。
「ったくよー…かわいくねェ奴ら」
出た言葉の素直ではないこと。あいつらのまっさらで綺麗な言葉にはとても近づけない。
痛む身体に太陽の光が染みて、甘く痛い。
I am happy.
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35巻読んだらたまらなったのでした
100831