ふらふら ふらふら
揺らぐ景色。傾く体。

足が思うように動かないのはアルコールのせいだ。二本の棒が予想外に絡みあって前に進まない。そもそも前進したいのか後退したいのかどっちなのか。いや、前進したいはずだ。歩いているということはそういうことだろ?どっかに行きたいから足を進めるわけで、今現在もふらふらながらもどっかに進んでるわけで、あれ、でもどこに行ってたっけ俺。どこに向かってんだ俺。何やってんだ俺。うん、何で俺ここにいるんだ。つーかここどこ?

アルコールで麻痺する脳内の中、浮かぶ疑問に答えを求めてみても意味はなし。というか真面目に考える気もなし。先ほどからのこのふらふらした景色に酔ってしまいそうだ。いや、すでに酔ってんだけど。
何だかもう、このまま道に寝転がって寝てしまいたい。とりあえず目を瞑るとゆらゆらの景色は消えた。よし、あとは体を重力に預けるだけだ。そう思って力を抜こうとしたら何かにぶつかった。電信柱だ。この固くて無機質な物体は電柱だ、見なくてもわかる。つーかさっきもぶつかったし。三度目だし。

電柱に背を預けそのまま腰を下ろすと、ずるずると自分の着流しがずれていくのを感じた。もうどうでもいい、そう思うのはやはりアルコールのせいか。

座るとコンクリートの冷たさが己の尻に伝わり、そのせいで全身に寒さが走る気がした。思わず目を開けると空に浮かぶ星たちが視界を占めた。



(…飲み過ぎた)



今さらながらも漸くそう思う。ひんやりとした空気のおかげで少し正常に戻れたらしい。どうしようか、このまま寝ようか、それとも


「オイ」


先ほどから自分の後をつけてくる何かをどうかするか。やっぱり寝てる間に何かされたら困るわけで。そう思いどこともなしに声を出した。冷えた風が殺気を巻き込んで己の頬をなぞる。


暗い空と明るい星だけだった視界に足音も立てずに男が入ってきた。だけど足音を消しても意味はない、殺気だった空気が男を包んでるため近づいてくるのはまるわかりだ。



「…ストーカー?」


自分は座っているため見据えるというよりも見上げる形になった物騒な男に問いかける。


「ていうか誰?」
「……」
「もしや俺のこと狙ってんすか?」
「……」
「そんな殺気むんむん出して、嫌でも気付くからオッサン」
「……」
「こんな酔っててもさー」
「……」
「あー気持ち悪くて吐きそう」
「……」
「……」
「……」
「…何かしゃべったらどうっすか」


睨みつけてくる男に不審を抱きながらも暗さで伺えない相手の顔をじっと見る。少なくとも、酔っているのは自分だけかもしれない。
すると男が、ひどく緩慢な動きで刀を抜いた。鈍く光るそれに今度は自分が眉を潜めた。


「攘夷志士…?」

小さく呟くと男はゆっくりと口を開いた。



「あんた…白夜叉だろ」



高くも低くもない声。しっかりとした口調で刀を俺に向ける。やはり酔ってはいないらしい。白夜叉がこんなとこで何やってんだ、とも付け加えた。


「それ、人違いじゃねェの?」
「人違いなんかじゃない…白夜叉」


男の刀は俺に向けられたまま動かない。


「今、あんたの命は俺に委ねられている」
「あ?」
「俺がこの刀を振り下ろせばあんたの命はない」
「……」
「あんたは木刀だって持ってない」


そう言われて思い出した。今日に限って持っていない。何でだっけ、神楽に折られたんだっけ、そうだそうだ。
見知らぬ相手の手には刀、自分は丸腰。しかも見下ろされている。気分のいいものじゃねェな。


「白夜叉…あんたの命は俺にかかっている」
「まァ…そうだな」
「ふざけんな」
「は?」


ふざけんな 男の静かに強い声が聞こえて刀が動いた。
力の限り振り下ろされた男の一撃には隙がありすぎる。素早く足元を崩すとあっけなく男はバランスを崩した。そのせいでさらにできた隙に男の刀を奪う。

カチャ という音で形成逆転を示した。


「ふざけんな」

男は刀を向けられていることも気にせず「ふざけんな」そう繰り返す。
自分に対して発しているのか、俺に対して発しているのか、悔しさと怒りが含まれているようにも聞こえる。


「……」


奪った男の刀を握ったまま俺は腰をあげた。立って、男と向き合う。

「何でだよ」と男の声が静かに響いて「何がだよ」と返す。

「何で白夜叉にならねェ」

その言葉につい笑ってしまう。

「お前相手なんかになれねェよ」
「違う、俺じゃない。世界相手にだ!この、腐った世界に!白夜叉に戻れよ!」

男が初めて声を荒げる。やはり悔しげにも怒っている気がした。

「生温く生きてんじゃねェ!」

ふざけんな と男は言う。これはさすがに俺も言い返したくなる。ふざけんなはこっちの台詞だ。


「ふざけんなよオッサン」
「何がだよ!」
「俺は白夜叉じゃねェ」
「白夜叉だろ」
「違う、やっと戻れたんだ」

ひと に

「だけどな、戻ろうと思えばいつでも戻れる」
「何を言ってる」
「だけど無駄にしたくない」

奪ったものも、奪われたものも

「だからもう戻らねェよ」
「何を…」
「悪ィね、オッサン」
「お前は…白夜叉だろ」
「俺は、今を生きる男だ」

そう言ってにやりと笑った後、男に峰打ちをくらわした。ぐえという音が聞こえたが気にしない。

空を見上げると変わらず星が輝いていた。酔いはいつのまにか醒めていた。


とりあえずここがどこだかは分からないが帰る場所は分かる。
俺は足を前に進めた。向かうは万事屋。寝るのはその場所で。




過激的勧誘
with 夜叉を求める男

080416






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