手からすべり落ちた傘の音が、やけに大きく耳に響いた。伝わる体温の高さに、太陽の光を忘れる。こいつドエスの冷めた野郎のくせに。何でこんなに熱いの。働かない思考におかしくなる。硬直した身体を溶かすくらい、ただ熱かった。








「あ」
「げっ」

しまった、今一番会いたくないやつと。万事屋でゴロゴロしてたらどうも昨日のあれこれを思い出してどうしようもなくなったから、外で遊ぼうと思ったのに。

これじゃ意味がない。むしろ逆だ、どうしてくれる。しかし思いきり歪めた顔は成功したみたいで、奴は少し眉をひそめた。


「何でィ、そのぶっさいくな顔」
「うるさいアル。お前こそまたサボってぷらぷらしてるアルか」
「残念。今日は見回りっつー立派な仕事してんでィ」
「だったらその口にくわえたアイスよこせよ」


うん、こんな感じ。昨日もこんな感じだった。場所も昨日と変わらない、いつもの公園。ただ違うのは奴の服が着流しから隊服に変わったことだけ。そしてわたしは思ったより動揺を隠すのが上手いかもしれない。いつも通り、いつも通り。奴の格好が昨日と違うのもそれを助けてる。

「嫌でィ」にやりと意地汚い笑みを見せながらアイスを食う。くそう、むかつく。まあこいつの返事なんて初めからわかってるけど、やっぱりむかつく。

「お前ほんとうむかつくアル」
「あっそう」

飄々とした顔もでかい態度もいつもと変わらなくて、なんだかイラつく。悶々としてた自分がなんだかバカみたい。何だこいつ。


「……」
「…睨んだっておごってやんねェぞ」
「違うアル」
「は?」


気付いたら腕の中にいた昨日のあれは、一体なんだちくしょう。むかつく、何もなかったように振る舞うのがむかつく。もしかして奴にとっては気にとめるほどのことでもなかったのかもしれない。
むかつく、だけじゃない。苦しい。こいつやっぱりサドだ。


「…お前ほんとうむかつくアル」
「それさっき聞いた」
「ちょっと聞きたいことあるから、顔かすネ」


言い放った声色は思ったより冷たかったかもしれない。奴は食べおわったアイスの棒を、黙ってゴミ箱に投げた。きれいな弧を描いて飛んでいくのを眺めていると、聞こえた声にぎくりとした。


「俺も暇じゃないんでねィ、手短にな」


刺すような声が胸に響いて痛い。なんだこれ、くるしい。
無視して近くのベンチに腰をおろすと、奴も隣に座った。何考えてるのか全くわからないやつ。でも、わからないままは気持ち悪い。


「わからないから、聞くアル」
「はいはい」
「昨日、わたしに抱きついた?」


昨日は固まったまま、何も言えなかった。奴の顔を一度も見れなかった。だからだ、だからきっとこんなにわからないんだ。今日は逃さない。
どこか遠くを眺める奴の目にわたしはいない。だけどそれでもいい。わたしが見てるからそれでいい。しばらくして端正な横顔が、表情を崩さずに言葉を零した。


「あれは、魔が差しただけだから忘れろ」
「まがさした…」


奴の言葉を反復すると、まあな、とこちらを向いてきたので必然的に目が合う。
くるりと茶色の瞳がわたしを写して、交わったまま。そのままもう一度聞く。


「まがさしたって何アルか?」
「は、」


一瞬、目の前の瞳が揺れた気がする。いや、絶対揺れた。ようやく見れた変化に胸の苦しさを忘れた。もしかして動揺してるのか。わかりたくて、じいっと見つめていると、奴は焦るように目をきょろきょろさせる。外された視線に顔を近付けると、たじろぐような顔を見せた。らしくない、でも


「ね、それどういうことアルか?」
「それはつまり、あーっと、な」


でも、言葉までつまらせたサドは珍しいけど、でも何だろうこれ。
ありえないキモイとはとても言えない。らしくないサドの態度が、何かを期待させるようにわたしの気分を高めてる。ドキドキいってる。わたしまでらしくないけど、でも聞きたい、知りたい。あの熱さが昨日から忘れられないから。

ポーカーフェイスの崩れた顔を逃さずにじっと見たままでいると、またふいに視線が合ったから捕えるように見つめた。そして、奴の口が開いて、随分とぎこちなく動く。



「か、わいかった」


から、つい。

しどろもどろ、小さな音がわたしの耳にばっちり入る。言った後、奴は髪をかきはじめた。なんだ、照れてるのかあのサドが。かわいかったって、照れてるって、あり得ないキモイ。とさえ今度は思えなかった。だって、どうしてこんなに嬉しいんだろう。


「あーもう!」

自らの髪をぐしゃぐしゃにしてサドは立ち上がる。その顔は赤かった。けれどわたしまでおかしくなったみたいに、熱い。


「…わかったかくそガキ」

じっと真剣な顔で言われてわたしは黙ってこくりと首を下におろした。だけど次に見上げた奴の顔は、にやりと意地汚い笑みで、いつもと変わらない。


「チャイナァ、顔赤い」

いや、やっぱりいつもとは変わる。だってその憎たらしい顔も声も、今は全然むかつかない。昨日のサドの行動とさっきの言葉に、わたしは喜んでる。嬉しい。自然とゆるむ頬をそのままに、「お前、人のこと言えないネ」と返す。今はむしろ、愛しいかもしれない。



もしかして恋しちゃってる


「チャイナ、その顔に免じて今日は特別におごってやらァ」
「アイス?」
「ガリガリ君な」
「ひゃほう!」


サドがやわらかく笑うから、その顔に免じて今日はおとなしくその隣を歩こう。





‐‐‐‐‐‐‐
沖田くんにかわいいと言わせたかった


100622





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