「お前、銀時の女?」
突然腕をひっぱられて裏路地に連れていかれたと思ったらその言葉。
いつもの如く殴り倒してもよかったが相手の力が思いの外強かった。睨み付けようと目を向けると片目しか捉えられない。なんだか雰囲気が。自分を捕らえる男の纏う空気が恐ろしい。
「銀さんの知り合いですか?」
にっこりと顔を作るのも忘れて問えば、伺える片目の鋭さがました。俺の質問に答えろ そう言っているようで。
(何なの、この人)
そう思いながらひどく誰かを彷彿させた。どうしてだろう。否定の言葉を口にしながら考えていると、「じゃァ奴らの女か」と聞いてくる。
「奴ら?」
「真選組局長とやらの」
「違います」
男が言いおわる前に否定する。そもそも、私は誰の女でもないです。貴方こそ誰なの?
妙が怯まず言うも男は何も返さなかった。目付きだけが鋭くなっていく。
「…私買い物に行く途中なんです」
「……」
「もういいですか?」
言うと、男の掴んでいた手が少しだけ緩んだ。そうだ、今日は卵の特売日だった。変な人に付き合うほど時間が余っているわけでもない。だけど腕を振り払うことも足を動かすこともできなかった。どうしてだろう。この人は何処か、彼に。
「……」
「……」
少しだけ沈黙が流れた後、妙は呟くように男に聞いた。
「もし、私が銀さんの女だったらどうしたんです?」
「奪う」
「何を、奪うんです?」
「……」
男はまた黙った。沈黙が好きなのか、ただ心の内を見せる気がないだけか。どちらでもいいが、目は口ほどに何たら。奪うと言い放った時の瞳がひどく印象的だった。
「私は銀さんの女にもゴリラの女にもなりません」
妙はきっぱりと言う。貴方の奪うものはここにはない。きっとここではない。
「でも、そうですね、たまにならいいですよ」
「…何がだ」
「私の家に来ても。知っていらっしゃるんでしょう?」
妙の家には銀時がよく出入りしている。勘違いの原因はたぶんそれだろう。ちょっと話すだけでもいい、銀時がいない時でいい。ああ、もしかして惹かれているのかしら。あの瞳に、寂しさを見た気がした。不器用なのかしら、だったらあの人と似ている。それとも本当に奪いたいだけ。整理のつかない感情が襲う。
くだらねェ
男は小さくそう零すと、妙に背を向けた。あっという間にその背が小さくなる。消えていく。やっぱり男のことはわからない。だけどどうしてか重なるあの人に、置いていかれたような感覚を覚えた。
遠い、遠い、手の届かない
結局、男は道場に来ることはなかった。恐ろしい空気を纏って、求めるものがあるのだろうか。休める場所が、あるのだろうか。
何ぼーっとしてんの?
聞きなれた声がして意識が戻る。向かいには、緩く笑う彼がいた。
「夢、見てたみたいで」
「ふーん?」
満足そうに饅頭を頬張る様は見ていて微笑ましかった。だけどどうして重なるんだろう。今優しく漂うこの空気を、どうして信じられないんだろう。
まるですべてが夢のようで
(少しだけ、泣きたくなる)
080831