気づかないふりをしていればいつのまにか消えていた。だから後悔をしたことはない。これもいずれそうなるのだろうと思うが、まず認めるのが悔しいので私は何も知らないふりをする。本当に何も、知らないほうが良かった。


うたたね



「銀さん、」
「……」


心臓がはねた。辺りは静かで、つい先刻抱きついてきたこの男も静かで、自分の動揺の音だけが響く。
いつの間にか随分と心を許せるようになったが、これは違う、と妙は思う。気を抜きすぎたかもしれない。

本当に、自分もこの男も油断しすぎた。


呼吸が止まっていることに気付き妙は息をゆっくりと吐いた。
目の前にいるのはただのマダオだ。万年金欠で弟に給料も払えないマダオ。おまけにこの天パ、汚らしい。
眉間にしわを寄せると汚らしい髪が揺れたのを感じた。まわされた腕が背中にはりついたままで熱い。気持ち悪いじゃない、こんなの。あなたはただのマダオで弟の上司で、どうしようもないバカな人。こんなのは気持ちが悪い。


「ねえ、はなして」
「……」


思ったよりも弱気な声が耳に入って目頭を痛くさせた。本当に離してほしいのに。拒絶の意を込めて腕に力を入れる。思い切り押し返せばいいのにそれが出来ない。気持ち悪い。嘘、強がりがすべて心臓の音に消されていく。目頭が熱い。


銀さん
ねえ、銀さん


ついに視界がぼやけた。堪らなくなり目を閉じる。手は押し返すかわりに自然と白の着流しを掴む。男の匂いがした。



これもいずれそうなるのだろうか。本当に?気付かないふりも知らないふりも、私はいつまでするつもりなのだろう。目の前にあるこの身体すべて欲しいのに、抱きつけない。こんなに近いのに背中が遠い。遠いというのに。

―今、私はこの男の腕の中にいる。

呑気な寝息が嫌に響いた。私の家で昼寝するのは結構ですけど人を巻き込まないでほしいわ。単に抱き枕とでも思っているのかしら。だとしたら本当に腹立たしい。私をこんな気持ちにさせておいて。やっぱり殴って起こそうかしら。ねえ、



銀さん

その名前は声にならずにかすれて鳴った。もう、どうしようもないのかしら。
妙は閉じた目を開くことも出来ず、ひっそりとため息をついた。


今日だけ、今日だけですからね。
私は何にも悪くないんですからね。









091010(坂田誕!)

銀さんが寝ぼけてお妙さんに抱きついたみたいな
でも実は銀さんも起きてるとかだったら…いいなあと思います





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