何度も同じ夢を見た。
始まりは、死の匂いに侵食された一面荒廃した場所。そこに佇むのは幼い子どもで、髪は銀色、見れば誰かによく似た顔の瞳には何も映っていない。切り取られた景色に一人取り残されたようにただ佇んていた。ああこれは自分だ、唐突に記憶が告げ、すぐにわかる。匂いが身体中に染み入って沈むばかりだった頃の自分だ。よく知っている。傍らある刀の意味は、まだ知らないけれど。
目が覚めた時、ひどい目眩と頭痛に襲われたのを覚えている。
それから何度もその時代の夢を見た。


まったく、バカげた話だ。

最先端技術の恩恵を大いに受け、情報化社会の平成の世に、前世やら輪廻やら言い出す奴はただのバカに違いない。
破綻のない綺麗な理論で証明してみやがれと俺は言いたい。美しさをデータやら論文やらに求める今の時代には無謀な話だ。感情論は全く根拠にならないし、美しくもない。お話にならない。



「せんせ、坂田先生」
「…あ?」
「あ?じゃないですよ。書類整理手伝ってあげたのに」
「ああ、お疲れさん」


あの頃より随分と年相応な顔つきになった志村妙は学級委員長だ。変わってねえっつうか、なんつうか。ちらりと顔を見て、また窓の外へと視線を移す。


「先生、昨日」


その志村の声がほんの少し低くくなった気がして、またちらりと盗み見た。貼り付けたような笑顔はよく見慣れたものだ。

「人に仕事言いつけてさっさと帰ったでしょう」
「あー…、あれな、どうしても外せない用事があったんだよ」
「どうしても?」
「神楽の親父が日本に来たっつうから」
「まあ、そうなの」
「そうそう。会っとかないと殺されっから」
「ふうん」
「いや、あいつの親父本当に怖えから。一回冗談抜きで殺されかけたからね、先生」
「…でも神楽ちゃん今日はご機嫌ですよ」
「そりゃあれだろ、ファザコンだからだろ。ウザい臭いとか言っても実の親父だからな。それに昨日は途中からあいつの兄貴も来て、」

大変だった。
あれがまさかのシスコンだった。

「神威っつって似てんだか、似てないんだか」

いや、まあ、そっくりだけど。はあ、と煙草が恋しくなってため息をつくと、志村が不思議そうに自分を呼ぶ。

「…何?」
「なんだか、今日はよく喋るんですね」
「……」

うん、確かに。

ぼりぼり、癖でもある自分の髪を掻いてようやく志村に向き直った。いつもは薄暗い国語準備室が今日は明るい。さらり、風が入り込んで、目の前のスカートを少し靡かせた。つかお前、スカート短くね?思わず声になりそうなって慌てて口を閉ざす。いやいや、そうそうことが言いたいんでなくて。


「先生?」

明るいのは珍しくカーテンをあけたからだ。おかげで志村のきょとんとした顔がはっきり見える。


「うん、つまりですね、
…先に帰ってゴメンナサイ」

我ながらこういうところは変わらないなと思う。気まずくて思わずゴホンと咳払いしたら、志村の顔が緩む。


「…なあに笑ってんの」
「ふふ、だって私が怒ってるの気付いてたんだなあと思って」
「…なんとなく?」

なわけない。お前もそういうところは変わってないんだよ。とは言えないので志村のおかしそうに笑う姿を見るしかなかった。
でもってそうやって笑う顔は悪くないと思う自分もいるから厄介なのだ。


「ね、先生」
「…あ?」
「ハーゲンダッツが食べたいです」
「生徒が先生にものをたかるんじゃありません」
「雑用押しつけて先に帰るような先生でも?」
「……」


本当に、相変わらずかわいいヤツだよ。





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