拳には密かに自信があった。
だからまあこんなことなんてことない。


息をふぅとひとつ吐く。ついでに手をパンパンと鳴らそうかとも思ったが、それはやめた。
かわりに地にうなだれているモノを見やった。さっき自分が殴り倒したモノだ。


(警察……呼ぶべきかしら)


でもそうしたらゴリラが張り切ってくるかもしれない。今日はお店にも来てなかったし仕事だったのだろう。ゴリラが来たらまたギャーギャー騒がれて、鉄拳制裁になる確率百パーだ。

めんどくさい。もう放っておこうかしら。


倒れた男達の前でしばらく考えていると後ろからジャリ、と音がした。
慌てて後ろを振り返ると、視界に夜でもはえる銀色がうつる。


「……っ」

銀さん、

相手の名前を呼んだつもりが、何故か喉でつかえた。淡く光る銀髪に目が眩んだのか、思いがけず現れた男にただ驚いただけなのか。


「……」
「……」


お互い無言のまま。
たぶん銀時は倒れてる男達に驚いているのだろう。


「あー…何、お前。これ、お前がやったわけ?」


漸く呆れているようなどうでもいいような、そんな声が聞こえた。
いつもの、緊張感のなくなる声だ。


「…ええ。銀さんこそ、どうしてここに?」
「あァ?俺は偶然だ、ぐーぜん」
「偶然でこんな道通りません」


きっぱりと言う妙。確かに夜遅くに人通りもないに等しい場所に自ら来るとは思えない。
そもそも普通に生活している人なら、今は夢の中だ。


いやでも。
この人は普通じゃない。と妙は考えなおす。
深く考えるのはよそう。今はそんな気力もあまりない。


「いや、つーかお前こそ何やってんの?」
「そんなの、見たらわかるでしょう」
「あーわかるわかる。あれだろ?逆リンチ的な。一人で大勢を叩くというお前だけにしか出来ないという……グエッ!!」


まったく、気力がないっていうのにこの男は。


「違ェだろ」

手をグーにしたままそう告げると銀時は顔を引きつらせた。


「待った待った!じょーだんだって!」
「あァ?冗談って何がだよ。こちとらイラついとるんじゃ」
「ちょ、落ちつこう!ね!待っ、グオッ…!!」


そうだ、確かに拳には自信があるけど、何でこんな目に合わなきゃならない。

仕事の帰りに裏路地に引っ張られたと思ったら、襲われかけて。
誰が逆リンチだゴラァ!!


「ギイャャァァア!!」


妙は銀時を押し倒し足蹴り、またがって殴り、襲ってきた男たちへの苛つきといわんばかりに目の前の男を殴る。


「グエ…ッ!ちょっ俺関係ねェじゃん!」
「うるせェ!こっちは仕事帰りで疲れてんのによお!」
「ッオイ、まじで落ち着けって!」
「お前はどうせパチンコの帰りだろーが!」
「よくわかったなァオイ!」
「うるせェェ!働けェェ!!」
「ギャァァァ!!」


自分でも半分八つ当たりなのはわかっていた。だけど止まらない己の拳。
今さら怒りが沸いてきたのだ。


「何で私が…!」

何で……!!

もう一度目下の男に腕を振り下ろす。バキッという音がした。


「ってェ!コラもういい加減にしろ。ってかいい加減にして下さいお願いします!」


銀時はそう言うと妙のこぶしを自分の手で掴んだ。
妙の小さな手は、まるで包み込まれるように銀時の手にすっぽりとおさまった。


「……黙って殴られろや」
「いやもうほんと勘弁して下さい」


あっさりと捕まった手にさらに怒りが募った。だけど、この男の手はどうして


(…あったかい)


「っ……」


微かに、自分のこぶしが震えている。
そう気付いて、妙は慌てて銀時の上から降りると、その手をはらった。しっかりと捕まえられていたはずの手はあっさりと離れていった。
そのまま二三歩後ずさりする。


「……」
「……あのさ、お前」


銀時が静かに出した声にドクッと胸がなる。
何と続けるの気だろうか……気付かれたかも、しれない。
ドクドクと嫌に高なる胸を先ほど掴まれた手で押さえた。その手はまだ震えていた。
どうして。答えは解っていたが受け入れたくなかった。私はそんな弱い女じゃない。


「ひどくないコレ!見ろよお前、鼻から何か液体が!赤い液体が!」
「…ちょっとはマシな顔に作り上げようかと思って」
「思うなァ!理不尽だコノヤロー銀さんかわいそう!」


ぐだぐだ言いながら起き上がると、何事もなかったのように銀時は背伸びをした。
気付いてない…?



「まァ…無事だったからよかったけどな」

「え…?」



ポツリと聞こえた言葉。いったい誰に向かって呟いたのか。


「帰るか」

そう続け、銀時は珍しく妙の頭に軽く触れた。
そして笑った。いつものニヤリという笑いではなく、やさしい顔で。


(気付いてる…)


この男、気付いてる。
私の震えたこぶしに
言いようのない恐怖に

気付いて何も言わないでいてくれるのだろう。

恐かっただろう、なんて言われても
私の性格では、そんなことないって強がって終わりだということをわかってくれている。


「銀さん…」
「なんですかー?」
「…鼻血が見苦しいです」
「おめーのせいだろコラ」


気が抜けた。
安心、したのかもしれない。銀さんのおかげで。


妙は既に歩き始めていた銀時の後ろに静かについていった。


「銀さん」


大きな背中に声をかけると一拍おいて「あー?」という気の抜ける返事。


「…ありがとう、ございました」
「……何が?」


ガシガシと頭をかきながら答える後ろ姿に

素直じゃないんだから
とおかしくなって頬が緩んだ。



お互い様です











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一年くらい前に書いたやつです…
090121加筆修正





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