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あなたがそうして笑うから
萌え 2023/11/27 23:54


・園子ちゃん視点
・麻衣兄さん+コナン時空
・景光さんと同居はしてる





 恐らく自分は他の同年代の子よりもお金絡みの嫌な面を見てしまっている、と園子は思っている。物心ついた頃には、既に鈴木財閥のご令嬢とお友達に、という親の思惑に背中を押される子どもは一定数いたし、成長してからは子ども自身の意思で近づいてくることもあった。幸いにも、園子には蘭という大切な親友と新一という幼馴染がいたので上手く乗り切れたが、もしそうでなかったら深く心を傷つけられていたかもしれない。

 幼い頃から、蘭は園子に媚びを売ったり顔色を窺うような真似は一切なかった。今は父親が不労所得持ちとはいえ一時期家庭内のトラブルもあったが、園子に寄りかかる素振りを見せもしなかった(本当は少しくらい頼って欲しかったけれど)。新一も華やかな家庭だがそれを鼻に掛けることもなく、むしろ推理小説以外に金を掛けること自体が少ないくらいだった。

 そんな園子が谷山麻衣と知り合いになったのは偶然だった。ある日、コナンが喫茶ポアロに連れてきたのである。何やら危ないところをコナンが助けたとは聞いたが、どこまで本当なのだろうか。もしかすると、コナンは賢い子どもなので本当に助けたのかもしれないが。

 谷山は杯戸高校に通う落ち着いた物腰の少女だった。同い年の筈だが、子どもの中に一人だけ異物が混ざっているようにも思えた。彼女はコナンと話すときは時折幼くなるが、それ以外は一人だけ違うところにいるような、まるで世捨て人に近い雰囲気を匂わせる大人――のような“何か”に見えたのだ。大人のなりそこないかもしれないし、取り残された子どもかもしれない。あるいはもっと得体の知れないものかもしれない。園子は幼い頃から大人に囲まれてきたので、その辺りの嗅覚は鋭い。

 ――しかしただ漠然と、谷山は優しいのだろうということは何故か理解できた。

 見た目は何の変哲もない女子高生だというのに、時折会うたびに不思議と目が吸い寄せられた。そして、何となく声を掛けたくなるのである。

 だが、声を掛けたことは何度もあるが、一緒に遊んだことは一度もなかった。文学少女のように見えるので、外で遊ぶことより室内でゆっくりする方が好きかもしれないが、その推測が合っているかどうかも分からない。ならば一度、じっくり捕まえて遊んでみるのもいいかもしれない。そう考えた園子は、遊んだこともない相手にしては珍しく、自分から旅行に誘った(逆のことは何度かあるのである、裏の意図が透けて見えるのでもちろん断るけれども)。園子はともかく、蘭相手ならもう少し交流があるようだったので、蘭と一緒に誘えば勝機はなくもないと思ったのだ。

「谷山さんも蘭と一緒に来ない? 旅費とか全部こっち持ちよ」

 今日も今日とてコナンに引っ張られてポアロに来店した谷山は、カウンター席からボックス席に座る園子たちに振り向いた。彼女は円らな目をまあるくして首を傾げる。まるで最初から最後まで自分には関係のない話だと思っていたかのような反応だ。

「ありがとう。でもその日は先約があって行けないんだ、ごめんね」

 旅行の誘いが突然過ぎたから断られたのかも、とその時は思っていた。谷山からは悪感情は一切伝わらず、優し気な苦笑で申し訳なさそうにするだけだったのだ。しかしそれからも時々遊びに誘ってはみたが、彼女はいつも予定があるようで上手くいかなかった。そもそも、ポアロにもあまり長居しないのだ。コナンに引きずられなければ来店すらしていなかったかもしれない。

 後から毛利のおじさまから聞いて知ったことだが、谷山はアルバイトで学費と生活費を稼いでいるらしい。社会人の兄と同居しているようだし、公立高校で奨学金制度も利用しているかもしれないが、それでも心もとないのだろう。いくら旅費がタダになるとはいえ、その間はアルバイトが出来なくなってしまう。旅費さえ工面できれば何とかなると考えていた園子にとって、そもそも遊びにあてられる時間がないという事実は衝撃だった(なお、園子は谷山が数日間のお泊りに行けるほどの着替えを持っていないという事実を知らない)。

 可哀想だからお金を出してあげる、というのは絶対に違うと園子は知っている。施しそのものが悪いわけでは決してないが、与えたものが却って毒となり、相手の身を滅ぼすこともある。園子は財閥の人間として、お金の扱い方を幼馴染たちの誰よりも叩きこまれていた。お金は人を活かしもすれば殺しもする。活かすためにはどうすればいいのか、園子はよくよく考え直した。

 夏休み前の時期、園子は都合よく谷山と会うことが出来た。またしてもポアロでお決まりの一番安いブレンドコーヒーに舌鼓を打っている彼女に、園子は意を決して話しかけた。

「実は短期の住み込みアルバイトがあるの。結構実入りがいいらしいから、夏休みに私と蘭と一緒にやってみない?」

 正直なところ、園子自身もどうしてここまでして谷山を誘おうとするのか分からなかった。谷山は、園子からの遊びの誘いに乗れなかったことで悲しそうな顔をしたことは一度もない。申し訳なさそうな顔はするけれど、それだけだ。

(……だから、なのかしら)

 きっと谷山は少し大人び過ぎているのだ。生活のためにと諦めることが上手で、心が傷つかないように立ち回っているのだと思う。谷山がそうやって生きてきたことを否定するつもりはないけれど、園子はどうしてもそれを寂しいと思ってしまうのだ。

 今日もまた、カウンター席から谷山の眼差しが降ってくる。今だけは、ポアロのイケメン店員すら園子の目に入らない。園子が一生懸命考えた作戦を、どうか受け入れて欲しい。お金持ちならではの人脈を使って頑張ったのだ。これはきっと、正しいお金の使い方に繋がるのではないだろうか。

 園子はテーブルの下で拳をぎゅっと握り締め、でも顔は緊張を悟られないようににこっと笑った。

「修学旅行みたいで楽しそうじゃない?」

 谷山はキョトンとした後、ふっと微笑んだ。彼女の鼈甲飴のような瞳の色がとろりと濃くなり、園子は一瞬、目の前がちかちかと輝いた気がした。一歩引いていると思っていた人が、いつの間にか目の前に立っていた気分だ。彼女からまるで世界一可愛いお姫様を見るような眼差しを向けられ、園子は心臓がぎゅっと掴まれた。園子はきっと、谷山が温かな毛布で包むような感情を向けてくることを最初から感じ取っていた。だからそうして欲しくて、彼女のためになることを考え抜いたのかもしれない。

 谷山麻衣は、今この瞬間だけの、期間限定毛布に違いない。期間限定のものが欲しくなるのは、人として当たり前の心理ではなかろうか。

 谷山の小さな唇が綻んだ。

「……鈴木さんは優しいね」

 その言葉を掛けられた瞬間、園子は顔面に血が上るのを感じた。蘭から似たようなことを言われたこともあるが、谷山に言われるのはちょっと違う。何というか、“年上の男性”に言われた様な感覚になるのだ。イケメンに見つめられるトキメキとは違う、見守られているような心地だ。

 園子が考えた作戦を全部見透かされた様な、あるいは不意を突かれたような感覚になり、上手く言葉が出ない。そんな園子の様子も分かっているとでも言いたげに、谷山は優しく目を細めた。

「ありがとう。せっかくだからスケジュールを調整してみるよ」

(……勝った!)

 何に、というと難しいが、とにかく園子は勝った。ボックス席の向かい側に座っていた蘭も、「良かったわね」と笑ってくれる。嬉しくなった園子は、祝杯代わりにコーヒーフロートを注文した。





 園子はせっかくだからと毛利のおじさまとコナンも誘ったのだが、それを出発当日に知った谷山がとても遠い目をした理由はついぞ分からなかった。





+ + +




麻衣兄「唯さん助けてこれから殺人事件が起こる!!」
身元不詳の緑川唯さんが殺人事件の参考人になるのは面倒ごとの始まりなので、旅行に付いていかないのが正解。
兄さん的には、コナンが来ると知っていたらあらゆる手段を用いて穏便に断っていた。

なお、毛利のおっちゃんは何だかんだ人が好いので、ある程度麻衣兄さんの家庭を把握して上で気に掛けている模様。万が一、唯さんが実の兄じゃないとおっちゃんに知られたらそれはもう大変なことになる。



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