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「…どうしたの治」
角名倫太郎は休み時間に机に問題集を広げて解いている宮治を見たことがない。同級生も好奇の眼差しを宮治に向けているが、話しかけられずに密やかに耳打ちし合っている。休み時間の彼はご飯を食べるか、宮侑や自分と話しているか、寝ている。侑は隣のクラスだけれど、1組には頻繁に来る。
「見ての通りや。勉強しとる」
「見ればわかる。急に真面目すぎ…侑とまた何かあったの」
「別に」
最後の質問は躱された。不機嫌そうな顔は再び問題集へと戻っている。暇つぶしに前の空いている席にかけて、治の問題集を覗いてみた。
「問3、間違ってるよ」
「ん、後でやり直すわ」
「…その問題なら、今、わかるから教えられるけど」
真剣に勉強している様子に同情して、面倒くさいけれど何となく教えなければいけない気持ちになった。すると治は目を輝かせた。
「なるほど!せやんな、教えてもらわな、次の問題も危ないし」
「うん、だから…」
「すまん、角名、3年生のとこ行ってくるわ」
「は、え、北さんのクラス?」
「おん」
呆気なく厚意は断られ、耳を疑うが自分よりずっと厳しい北さんの指導を受けに、治は問題集を引っ掴んで行ってしまった。
「…マジでか」
。。。。
休み時間。北くんは私に数学を教えてくれる約束をしている。椅子は席が近いからと大耳くんが持って来て貸してくれた。お礼を言うと申し訳なさそうに頭を下げて、別のクラスメイトの元へと向かう様子に首を傾げる。
「さっそく侑が人の好意を無下にしたん大耳に言うたわ」
「へ」
「気を遣てるんや」
「き、気にしなくてええのに…」
大耳くんに話してしまう北くんや、大耳くんにあそこまで申し訳なさそうにさせる侑くんが少しだけ怖い。このときの作り笑顔は上手くいかず引きつった。畳みかけるように、今度は教室の入口の方で黄色い声が上がった。
「あれは…治やな」
「治くん?」
北くんはこの距離から双子のどちらか見分けがつくようだ。昨日が初対面の私には分からなかった。クラスメイトの男子に「北!宮兄弟きとる!」と呼ばれて北くんは席を立ったが、すぐに治くんを連れて戻ってきた。
「菊地さんに聞きたい事あるんやて、化学」
「いや、北さんに教えてもろてるの邪魔しようとかやないんで、放課後でもええんですけど」
「邪魔やなんて、そんな!遠慮せんで、どこ分からんの」
今度はちゃんと笑顔になれた。自分が教えてる科目を、分からなくなって質問に来てくれるのは嬉しいものだ。可愛いなあと思う。
「あ、北くんの席でやっても大丈夫?」
「かまへんよ。俺も見とくわ」
「えっ」
「なんや都合悪いんか治」
「いえっ、全く!」
治くんと向かい合い間違っていた問題の解釈を聞きながら、訂正と解説をする。北くんは分かりやすいなと感心しながら見てくれていた。それが恥ずかしくてむず痒い。
「菊地さんに頼んでほんま良かったわ」
鐘が鳴り治くんが席を外したとき、目が合って微笑みながら言われて顔がとても熱くなった。
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