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帰りのホームルームの直前。帰り支度をしていると、机上が影にのまれた。その影を作っている人物へ顔をあげる。教室で北くんと居るところをよく見かける大耳くんだった。

「菊地さん双子の勉強見てくれるんやってな、ありがとう」
「あ、うん。…双子?」
「せや。聞いとらんかった?宮ツインズやで」
「学校一、有名な双子やから知っとる!けど…赤点のイメージなかったわ」
「堪忍な。3年は最後やし俺は部活に集中したいねん。せやけど、あの双子おらんかったらインハイは難しい。よろしく頼むわ」

顔立ちのせいか、それとも真面目に話しかけてくれたからか、大耳くんの顔付きは厳しいものだった。大耳くんが席に戻っていったので、後ろの北くんの席を振り返って見てみる。北くんはノートを広げて、読み耽っていた。大耳くんは私も赤点科目があった事を知っているのだろうか。北くんが私の勉強をみて、双子の勉強もみて、というのは部活に支障があるに違いない。双子の勉強はなるべく私が見てあげなければ、と改めて気合いを入れた。

ホームルームが終わり、また北くんの席を振り返って見ると、北くんは私に向かって手招きした。

「さっそく今日から2年の赤点対策たのんでもええ?」
「ええよ!宮ツインズやんな」
「…大耳から聞いたか」
「そう。部活、双子が赤点とって大変なんやってね。私も教えるの頑張るわ!」
「ほんま助かる」


勉強は2年の教室でやるので私達が双子の教室まで移動した。3年の教室に双子が来ると、有名人が来たように騒ぐ人がいるのが容易に予想できる。学校中に黄色い声を上げるファンがいる。それが宮ツインズなのだ。

教室に着くと既に人は捌けていて、双子が気怠げに並んで机に着席していた。北くんと私が教室に入っていくと、双子からの視線はほぼ私に集中した。

「北さん、その人は?」
「誰ですか?彼女おったんですか」

矢継ぎ早に遠慮なく質問が飛んでくる。私がやや怖気づいている隣で、北くんは飄々と質問を流した。

「彼女はおらん。クラスメイトや」
「北さんのクラスメイトなら進学クラスやないですか」
「はい。菊地可蓮です。勉強教えるの手伝いにきました」

とりあえず初対面なので敬語でテンプレートな挨拶をする。温度差の激しい同じ顔が並んでいて、少し苛立っている雰囲気の方が口を開いた。

「ほんま?見るからに、おっとりしてそうやん。ちゃんと教えてくれるんですか」
「アホやなツム。ドSな人より優しく丁寧に教えてくれる人の方がええやん」
「ぼけサム。また赤点とったら部活出られんやろが」
「だったら赤点とんなや」

双子は言いたい放題の喧嘩をしまいにして、表情筋がなさそうな彼が私の方を向いて双子の片割れに机を直角に動かして背を向けた。やる気があるのに赤点を取ってしまったと思われる彼も机を直角に動かした。こちらは北くんが教えるようだ。

「侑」
「はいっ」
「とりあえず人の好意を無下にしたん謝りや」
「すんませんっっした!」
「ほな、治の方よろしく頼むわ」

双子が背を向け合っているため、北くんとは離れて教える体制になる。そこに物足りなさを覚えるが、今は赤点回避するべく学んでもらうのが肝心だ。

「それじゃ、宮くん」
「苗字ややこしいんで、治でお願いします」
「えっと…治くん?」
「はい」
「赤点って、どの科目?」
「化学と英語」
「良かったあ。得意科目やわ。化学」
「英語は…?」
「2年のは大体できるよ。受験勉強もかねて、復習のつもりで教えるで」

勉強しはじめると、驚くほど高い集中力で捗った。誰かに教えてもらえていれば、期末も赤点を取らずに済んだだろうに。同情しつつも、相手の集中力に合わせるよう努力した。部活動に全力投球組が夏休みから受験勉強に本腰を入れる前に、何とか差をつけるべく私も真剣に勉強しなければ。目標の学力は北信介なのだから。

「菊地先輩」

もうすぐ北くんが部活に戻ると決めていた時間に差し掛かる頃。不意に治くんの問題を解く手が止まり、小声で呼ばれた。彼はこちらを伺うように見ている。

「ここ、分からん?」
「そやないんですけど、さっきの侑の言い方…あれ、俺からも謝っときます」
「なんで?気にしとらんよ」
「俺が気になったっちゅーか…冷たく当たり散らすの、治らん奴なんで。でも、菊地先輩にあれで呆れられたら、それは嫌なんで」

なんて素直な子だろうか。同じ顔でも態度や言葉遣いがこうも違うと、性格の違いによる個性がより引き立つ。宮ツインズには詳しくなかったけれど、人気の秘密は色々ありそうだ。

「勉強にやる気あって、教える方は助かるわ。この調子なら次に赤点はまずあり得んと思うよ」

弟がいれば、こんな子が良かった。頭を撫でたい衝動を抑えるが、つい口調が柔らかく優しくなる。ペットを溺愛する人や、孫にメロメロな祖父母は声音から人が変わったようになってしまう現象が、今なら分かる気がする。

「やる気やなくて、先輩の教え方が分かりやすいんですけど」
「そんな事ないで!わたし勉強は真面目にやってるだけで、北くんみたいな優秀な人やないから」
「そういうんやなくて、先輩と俺は相性がええなーと…思いません?」

こちらの様子を伺いながら、少しずつ話しを進めている。眉尻を下げて、探るような聞き方をする彼は、やはり可愛げがある。よっぽど双子の片割れの粗相が恥ずかしかったのだろう。

「ええと思う!勉強も私と一緒なら、捗るやんな?」
「!…あ、ここ分からん」
「うん、うん、これな、高校ではやらんけど、フマラーゼは除去付加反応と関係あるから…」

まだ分からないところだらけのようだが、初日でこの出来栄えはすごい。向こう側で、侑くんの方は何回かあー!と叫んでいたが冷静な北くんは上手く対応しているようだ。大耳くんは随分と心配していたけれど、宮ツインズは滞りなく赤点を回避できると思う。

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