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購買では人混みから庇ってもらいながら、何とか買い物できた。購買が混んでいるのは知っていたけれど、そこで人混み避けのためとはいえ肩を抱かれるとは想像もしていなかった。背の高い彼が人混みに割り込んでくれるから、その後ろから制服の裾を掴んで付いて行けばいいくらいに考えていた。思い切った手段を選ぶ癖でもあるのかな。

「ありますよ」
「へぇー…え!?」
「効果もしくは結果が期待できるなら、思い切った攻撃もする方です」
「攻撃…」
「…バレーの話ですよね?」

私は目をパチクリさせ、彼は小首を傾げている。口に出さずにいたつもりだっ たけれど、最後だけ声になっていたらしい。彼は噛み合わない会話をして察しがついたようだった。

「もしかして…購買での?」
「ああ、うん。そのこと」
「すみません。ああすれば、流されずに済むから…嫌でしたか?」

階段を登りきって3年生の教室のある階まできた。私は首を横に振る。こうして話題にしていると、また背後に彼がいたときの熱が戻ってきてしまう。

「嫌じゃなかった。でも、ビックリして」
「…あの、」

笑顔で話していたつもりでも、不自然だったのだろうか。何か言いかけた彼の声は後ろから話しかけてきた女性の声に遮られた。

「赤葦〜と、凛ちゃん?」
「チワす」
「二人、仲良いの?」
「「え」」

振り返った私達は唐突な質問を突きつけられ二人揃って声が漏れ被り、互いに目を合わせる。質問者、白福雪絵は紙パックのストローから口を話して続けた。

「さっき、購買で見たよ」

よく見れば雪絵ちゃんは手に購買で買ったと思われる食べ物がたくさん入ったビニール袋を下げていた。彼は動揺もせず無表情だ。私は戸惑った。

「見た…って」
「うん、赤葦が〜凛ちゃんを、こう〜してるとこ」

こう〜、と彼女は肩を抱く仕草の真似をした。首を傾げている。赤葦くんがいつもの落ち着いた調子で答えた。

「…最近、木兎さんと3人で弁当食べてるんで」
「へ〜、凛ちゃんが?」

彼女とは1年次に同級生で、席が前後のとき仲良くしていた事がある。私は春から木兎くんの隣の席になって、起きた出来事をかいつまんで説明した。

「それで、今日は冷えピタとヨーグルトのお礼をね」
「なるほど〜、律儀だもんね」

1年のときと何ら変わらないマイペースさで彼女は納得した様子だ。バレー部のマネージャーをしているのだから、赤葦くんが彼女に慣れて接しているのも頷ける。ただ3人でこうやって立ち話する展開は新鮮だった。

「雪絵さんは鈴木さんと仲良いんですか?」
「ん、悪くはないよね〜1年のときクラスメイトとして話してたし」

自然と1年のときの話しをしていると今と重なる景色も浮かんできて懐かしい気持ちになってくる。

「1年のとき木兎くんも同じクラスだったね」
「そうそう、凛ちゃんは木兎のこと試合で見るたびカッコイイ〜って言ってたっけ」

カッコイイ〜を強調したいのか熱のこもった口調を再現されてしまい恥ずかしくなる。そうだったかもね、とはぐらかしていると隣の赤葦くんが咳払いを一つした。

「雪絵さん、そろそろ教室戻って飯食いたいんですが」
「あ〜、時間くっちゃった?ごめん」

片手を顔の前に立てて謝る彼女とはそこで別れた。彼女が離れ、歩き出してすぐに不満が口をついて出た。

「雪絵ちゃんのことは"雪絵さん"なんだね」

不意をつかれたのか、目を見張ってこちらを伺う彼の瞳を見つめ返す。すると目線を頭上に逸らされてしまった。

「そうですね。先輩方も下の名前で呼んでるので、俺はさん付けで」
「ふーん…」

年上だというのに大人気なく煮え切らない不満顔を隠しもしないでいると、大人びた彼は質問の意図を探ってくる。

「いけませんでしたか?」

本気で自分が悪いことをしたとでも思っているのだろうか。だんだん苛々してきて聞き返した。

「私のことは?」
「鈴木さん、ですね」
「名前で呼んでくれないの?」

またパチリと目が合った。彼の瞳を捕らえようと見つめれば、顔を逸らされて逃してしまった。しかし彼の口元は動いていて、なぜか廊下に向かって言った。

「凛さん」
「これからは、そう呼んでね」

胸のつかえがスッととれた。強張っていた表情筋も緩まって、笑みを浮かべられるようになる。教室の引き戸を開け、自分の席へと戻った。木兎くんの席が空いていて、赤葦くんはそこに座って一緒にお弁当を食べた。あまり時間がなかったためか、今日の赤葦くんはとても口数が少なかった。

「凛さんだって、攻撃型ですよね」

こう呟いたきり、聞き返しても何でもありませんの一点張りで、黙々とお弁当を口に運んでいた。終業の鐘が鳴り、席に戻ってきた木兎くんとすれ違うときも無言で「赤葦に無視された!?」と木兎くんは次の授業で先生にあてられるまでショボくれていた。

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