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顔が腫れていると、髪を切るのに失敗したときぐらい、登校するのは億劫になる。それでも学校に来たけれど、休んだ方が賢明だったかもしれない。親不知をぬいた箇所に激痛が走っている。

天気は雨上がりで晴天。開放感のある空気なのに、視界や五感で得られる情報のほとんどが激痛にかき消されていく。正直こんなに痛むとは想定していなかった。無言で耐えていたが、ひとりでに涙がぽろぽろと頬を伝った。

「おい、鈴木、どうした?」
「!」

授業中はほとんど寝ているはずの木兎くんが起きていて、私に囁きかけていた。彼が起きているということは、そろそろ中休みか。力強い大きな瞳に見定められ、私は涙を制服の袖でしっかりと拭う。

「親不知を抜いたところが、痛すぎて、涙でるの」
「げ、やばいんじゃねーの、それ」
「ロキソニンあるから、授業終わったら飲むよ」
「ふーん…いいのか、それで」
「うん」

目頭からこぼれた涙を制服の袖で拭い、木兎くんと小声での会話を締めくくる。木兎くんは今にも手を挙げて、先生に報告したそうだったが、終業の鐘がなるまで黙っていてくれた。

自分で挙手して先生に断りをいれて、授業中に薬を飲んでしまった方が激痛に耐える時間は短くて済んだと思う。けれど授業を中断したり、涙が出ているのにそれをクラスメイト達に見られたくなかった。隣の席の木兎くんには見られてしまったけれど。

教科書もしまわずに、ペットボトルを取り出し飲料水で薬を飲み下す。そうして深くゆっくりと息を吐いた。今日は友人達とご飯を食べるのを断った。心配してくれていたけれど、身体が痛いときに賑やかな空気は肌に合わない。

机の上を片付けていると、ヨーグルトを机に置く軽い音がした。

「これ、どうぞ」

見上げると、赤葦くんが少し顔を傾けてこちらを覗き込んでいた。

「顔色が悪いですね。」
「…うん、そんなに?」
「真っ青です。あと、泣いてましたか?目が赤くなってます。冷えピタも家から持ってきたので、これ頬っぺたに」

一足にそこまで言ってのけて、冷えピタを差し出してくれた彼の動きが静止した。私はまたぽろぽろと泣いていた。

「すみません、具合悪いときに」
「どうして、そんなに優しいの?」
「…それは、」

慌てて謝ろうとする彼に、どうして優しくするのという意味を込めて聞いた。途端に焦って言い淀む彼の後ろから、今度こそ大騒ぎの木兎くんが戻ってきた。

「あかーーーーーし!!」
「はい」
「鈴木は腫れてるところが痛くて泣いちゃうから!」
「…そうだったんですか」
「だから今日は俺たちは屋上で食べよう!」
「わかりました」

お大事に、と一礼して、豪快に教室を出て行く木兎くんの後に続いて赤葦くんはいなくなった。赤葦くんを手を振って見送ったあと、冷えピタを頬に貼りヨーグルトのフタをあけて食べる。ひんやりと気持ちい冷えピタ。食べやすくて、甘いヨーグルト。寂しさが押し寄せてくるのに、心臓は早鐘のようにうるさい。赤葦くんのわかりにくい笑顔や何でも見透かしていそうな静かな瞳や、さきほどの珍しく言い淀む姿が、その晩ゆっくりと眠りに落ちるまでずっと頭から離れなかった。

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