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明日は赤葦くんと2人でお出かけ。試合会場の下見について行く。自室の全身鏡の前に立ち、下着姿で体型をチェック。二の腕とお腹のお肉が気になった。これをカバーできて、赤葦くんの隣で浮かない服装が出来ればいい。体型をカバーできる服装や綺麗で自然な色の組み合わせ、それらを考慮しながら鼻歌混じりで長いこと服装に迷った。

淡いブルーの浅いVネックのトップスと、ふわりと広がる形の良いグレーのスカートに決めた。鏡の前でスカートを広げてみたり、腰を回して斜めの見え方、腕を上げてみて動きやすさと着崩れするときの具合も見てみたけれど不自然なところはない。靴は歩きやすいようにヒールのないパンプスにしよう。持ち物は携帯とお財布くらいだから、鞄は小さいの。着替えをやめ、パジャマに袖を通した。明日の洋服はハンガーに通して椅子の背にかけて置く。

「髪型…はアイロンでストレートにすればいっか」

寝ている間に髪の毛が痛まないよう今日は念入りにケアしておこう。バレー部は練習が過酷で、なかなか自分から赤葦くんをデートに誘いにくい。赤葦くんから出かけようと言ってもらえるのを待っていた。気持ちが浮足立って、今夜ちゃんと眠れるか心配になる。時計の針は午後11時を回っていた。




休日の駅前はどこも混雑する。建前は試合会場の下見だ。それでも彼女と休日の街を出歩くのにTシャツなんて適当な服は着られないと思い、白の半袖リネンシャツに紺色スキニーパンツを合わせた。駅前広場の時計は待ち合わせ時刻の30分前を示している。気長に待とうと携帯を取り出して、視線を落とした。ほどなくして、肩をつつかれる。

「凛さん」
「おはよう!まだ待ち合わせ時間まで30分あるよね!?」
「ありますね。凛さんも早いです」
「赤葦くんより早く来ようとして…そうだ、いつ来たの?」
「10分前ですかね」
「惜しい!そんなに早いのは想定外」
「すみません。凛さんの事ならいくらでも待てますし、俺は待たせたくなかったので」

待ち合わせ時刻よりずっと先回りされていた事に、私服姿で焦る凛さんはいつもより可愛い。制服も可愛いけれど、見慣れない私服姿は格別だ。想像していたより、落ち着いた雰囲気の服装で色合いはうちの制服に近い。柔らかな生地は彼女のスタイルと上手く調和して綺麗に見えた。彼女は最初からいつも通り砕けた話し方をしていて、思っていたよりも緊張せずに済んでいる。彼女の隣は、どんな天気だろうとどんな場所だろうとどんな状況だろうと、居心地いいのかもしれない。

「行きましょうか」
「あ、ちょっと待って」

先へと誘おうとすれば静止の声がかかった。鞄から携帯を取り出して、彼女は駅前の時計を撮る。そしてニッコリ微笑んで携帯を持ったまま手を下げた。

「オッケー、行こう」
「その写真は?」
「道を曲がるたびに目印になる物を撮るの。後日、その写真を順番に見返しながら辿れば迷子にならないっていう」
「なるほど。俺もやります」

彼女に倣い、駅前の時計を写真に収めた。凛さんを下見に連れ出したのは正解だったようだ。これなら彼女が試合会場まで来るのに迷う可能性は低くなるし、自分の往復にも役に立つ。携帯の地図機能を使うよりも分かりやすい。道を曲がる前には目印になるものを探して撮った。

「いい天気だね〜」
「少し、日差しは強いですね」
「わかる!喉渇きそう」

空は雲一つない青空。遮られずに降り注ぐ太陽の日差しは容赦がない。歩道橋の上には建物の影も届かない。暑さで某とした頭で隣を歩く彼女を盗み見て、無機質な目印ではなくこの人を写真に収めたいと思った。ただの風景写真でも初デートのときの彼女が写っていれば、それは特別なものになる。歩道橋の上を歩きながら訪ねた。

「次の、歩道橋の別れ道、左側が進行方向なんです。分かりやすいように、左側の道に立ってもらえますか」
「それ、いいね!私も撮るから、赤葦くんもやってね」
「あ、はい」

素直に、凛さんの写真が撮りたいとは言えなかった。不自然ではない理由を捻出し、自分の希望を伝えた。彼女は歩道橋の別れ道まで小走りで向かい、こちらを振り返る。笑顔で俺の携帯を見ている。ふわりとスカートが風を孕んだ瞬間を撮った。雲一つない晴天で強い日差し、どんな影も届かない歩道橋の上で、綺麗に写真が撮れた。透き通りそうなほど綺麗な彼女が写っている。

「見せてー!」
「こんな風に撮れました」
「綺麗に撮れたね!赤葦くん、才能あるんじゃない!?」
「日差しが強くて、影もないですし、何より被写体がいいので」
「お、おだてても何もあげないよ!次、私が撮るから」

小走りで戻ってきて、撮られた写真を褒められた凛さんは今度は俺の番だと背中を押してくる。彼女が撮りやすい位置に立っていたので、同じ場所あたりから彼女の携帯を見る。歩道橋の上にいるうちにジリジリと照り付ける日差しに負け、喉が渇いてきた。彼女は写真を撮り終え駆け寄ってくる。

「私も綺麗に撮れた」
「もうすぐ試合会場なんですけど、近くにコンビニがあれば寄ってもいいですか?」
「いいよ〜飲み物ほしい」
「俺も飲み物です」

歩道橋を下りると左手の少し先にコンビニが見えた。体育館とは逆方向だが、気にならない程度の距離感だ。イートインできるコンビニだったので飲み物を買ったついでに涼しい店内で避暑をする。

「は〜、生き返る」

タピオカ入りのロイヤルミルクティーをストローから一口飲んで、彼女はお風呂上がりに飲んだような口調で感想をこぼした。

「この時期にしては暑いですよね」
「駅で飲み物買ってから移動すれば良かったね〜」
「まだ時間ありますけど、この後どうしますか?」
「どうしよっかな。あ、木兎くんからLINEきた」

ペットボトルのお茶を飲みながらむせ返りそうになった。凛さんは木兎さんに歩道橋で撮った俺の写真が綺麗に撮れたのを送って自慢したついでに、彼に予定を聞いていたらしい。木兎さんからはゲーセンで遊んでいる動画が送られてきていた。ここから遠い場所でクラスメイト達と遊んでいるようだ。合流できないねーと言う彼女に、そんな気は皆無な俺は無理ですねと素っ気なく返した。

「ミルクティー甘すぎた」
「それ、まだ半分はありますよね」
「その緑茶、一口ちょうだい」

試合中の水分補給のごとく喉に通して、既に半分以下に減っているペットボトルをどうぞと手渡す。会話が完結する前に話題が変わっているが、女子ってこんなものなのだろうか。デート中に他の異性と連絡とるなんて非常識ではないか。人の気も知らないで、彼女は緑茶を飲み下した。

「サッパリした!これなら残りも飲み切れそう」
「それは何より」
「赤葦くんも一口のむ?」

当たり前のように聞かれ、瞬きした。この振りにはまだ慣れない。もちろん断る訳はなく、差し出されたプラスチック容器を受け取り飲んでみる。舌が痺れるほど甘かった。

「甘っ」
「ね、ちょっと甘すぎ」

苦笑いしている彼女はあまり見かけない。彼女の写真を撮り、飲み物をシェアし、いつもと違う表情を見る。木兎さんと連絡をとられたのは嫌だったがそれを差し引いても、今日の建前を達成する前に初デートをやり切った気分になる。

「赤葦くんの指…テーピングでぐるぐる巻きだね」

飲み物の受け渡しのやり取りで気になったのか、彼女はまたも話題を増やした。こういった気付きは彼女らしさが垣間見えて、悪い気はしない。むしろ木兎さんへの嫉妬を体調不良と勘違いされた時のことを思い出して笑いをグッと堪えた。今、笑ったら損をする気がする。

「関東大会に向けて木兎さんの練習量が増えていて、それに付き合った結果です」
「頑張ってるよね」
「まあ、セッターですから」
「痛い?」
「試合には支障ないです」
「強がってる?」
「本当です」
「なら、触ってもいいよね」

利き手は三本の指をテーピングしている。それを差し出すと彼女は痛い?と笑いながら柔らかく三本の指を掌で包んだ。首を振って全く痛くないと表明すれば、壊れ物でも扱うかのようにゆっくりと指と指を絡められ恋人繋ぎになった。

「…これも痛くない?」
「何ともないです」
「さっき木兎くんLINEで呼ぼうとしたこと怒った?」
「いえ、怒ったんじゃなく」
「また、嫉妬させちゃった?」
「…わかってるじゃないですか」
「うん、わかってた。ごめんね。この後なんだけど」

会話はドリフトのごとくあっちこっちに飛び、話が完結する前に話題が増えていくのには面食らうものがある。女子が話し始めると止まらないカラクリが分かってきた。対応できないほど難しいものではない。ただペースが乱される。彼女がいつもより饒舌なのも緊張でハイペースになっているためかもしれない。それぐらい繋いだ手から、目の前にいる彼女の様子から、緊張が伝わってきた。

「この手、帰るまで離したくないな」

何ということだ。上目遣いは不可抗力かもしれないが、それで緊張しつつこちらを伺うように聞いてくるのはズルい。さっき一口もらった甘すぎる飲み物と糖度は変わらない。気付いたら「もちろんです」と力強く言い放ち、繋がれた手を握り返していた。そういえば抱きしめたり、キスをしたりするけれど、まだ手を繋いだことは一度もない。握り返した手は気を遣われているのか絡められる程度に繋がれている。容易く離れてしまいそうなほど儚い感触の繋ぎ方は、彼女の言葉と意志によってとても優しいものに思えた。

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