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遊園地へ出かけた日から、木兎くんと赤葦くんと毎日お弁当を食べている。木兎くんに強めに「お弁当は俺達と食おうぜ!」と朝の挨拶がてら誘われるようになった。木兎くんは友達だし赤葦くんは好きだから、毎日こんなに楽しく過ごしていて、ある日急に誘われなくなってしまったらと想像すると鳥肌が立つほどゾッとする。

「今日の放課後って空いてますか?」

昼休みが終わる5分前。教室に戻る直前の赤葦くんに、顔を覗き込まれるようにして聞かれた。

「うん。用事も何もないよ」
「じゃあ、放課後、下駄箱で待ってるので、どこかで話せませんか」
「赤葦くんと?」
「あ、はい」
「わかった。放課後、下駄箱ね」

もしかしたら昨夜かかってきた電話で、何か話したい事があったのに言えなかったのだろうか。赤葦くんは真剣な表情でとても優しい眼差しをしていた。初めて会ったときも、こんな顔をしていた気がする。


放課後は部活動のない生徒はほとんど校内からいなくなる。混んでいる他学年の下駄箱へ行くのは気が引けるけれど待たせるのも悪くて、先にLINEで断りをいれた。混雑を避けて、人気がなくなってから教室を出る。

楽器の音色や一握りの校内に残っている人達の声が、ささやかながら聞こえてくる階段を下りて玄関に着いた。2年生の下駄箱の列には、下駄箱を背にして立っている赤葦くんが見えた。すぐに目が合って、赤葦くんは立っている場所から少し身体をずらして私が来るのを待っている様子だ。

「ごめんね、部活は大丈夫?」
「はい。まだ時間あります」

駆け寄って、こちらが不甲斐なかったと思うところは謝って、歩き出す。先に歩き出した赤葦くんは心なしか動きが硬い。

昔は教室として使われていた部屋が各階に二つある。放課後講習や夏期・冬季講習に使われる場所は、何もない日はただの空き教室だ。

「それで、話って?」

引き戸を閉める赤葦くんの背中に尋ねると、振り返った彼はゆっくりと唇を開いた。

「遊園地で木兎さんと凛さんはお互いに友達だって言ってましたよね」
「そうだね。今も変わらないよ?」
「俺は木兎さんのように仲良しのままではいれません」

淡白なその言葉にショックで何も言えないでいると、赤葦くんは私に近づいてきた。彼が近づいてくるたび、自然と後ずさっていると窓際に背中が当たる。そこまで私を追い詰めて目の前まで近づいて、赤葦くんは言った。

「凛さんが好きです」
「それって、どういう…」
「初めて会ったときには、もう異性として好きでした」

後悔した。告白されるとわかっていれば、前髪を梳かすなりお手洗いの鏡で出来るだけの身だしなみを整えるなりしたのに。それより早く返事をしなければと思うのに、肝心の声が出てこない。こんなに近くで赤葦くんを見た事なんてないし、人に告白されるのも初めてで体中の血が沸騰しそうだ。とりあえず目を逸らした。気持ちを落ち着けたい。

「顔、赤くなってます」
「そっ、そお?」
「何か言って下さい。そんな反応されたら勘違いしますから」
「勘違い、って…?」

おそるおそる顔を上げると、赤葦くんの瞳に自分がうつっているのが見えた。

「凛さんから聞きたいです」
「…私も赤葦くんが好き」
「じゃあ、俺と付き合って下さい」
「はい」

頷いて、純粋な嬉しさから笑顔になる。赤葦くんの手が頬を滑る感触がした。これには少し身構えて、身体が硬ばる。赤葦くんもそんな私に気が付いたんだと思う。

「誰もいない場所で人と二人きりになるときは、もっと気を付けて下さいね。何をされるか分かりませんから」

いつも話すときの位置に身体を戻して、諭されてしまった。私より一つ学年が下の子に注意されているのに、赤葦くんなら仕方ないと思える大人っぽさだ。

「赤葦くんはそんなに危ない人じゃないでしょ?」
「俺だって男ですよ」
「わかってる」
「そうですか?俺は凛さんのそういう隙が、無防備さが、彼氏として心配です」

赤葦くんは当たり前のように飄々と彼氏という言葉を口にする。まだ慣れなくて、言葉に出来ない私は言い返せなかった。

「今度は、ちゃんと警戒して下さいね」
「赤葦くんの事も?」
「何もされたくなければ。じゃあ、部活いってきます」
「行ってらっしゃい」

黒板の上にある時計を確認すると、赤葦くんは足早に教室を出て行った。たった一人で空き教室の中に立ち尽くしていると、放課後になってからの一連の流れが夢だったんじゃないかと疑いが芽生えて、その場で思い切り頬をつねった。



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