センチメンタル





春風を受けて、そよぐ柔らかな髪を見つめていたときを思い出した。ベッドに背を預け雑誌を読んでいる彼女の、肩にかかる滑らかな髪を某と眺めていた。彼女の方を向いて横たえていた身体を片肘をついて起こす。俺が動く気配が傍でしても、彼女は雑誌に目を向けたままだ。手を伸ばして髪を指先で攫って流した。

「なに、京治?」

ちらりと覗いたうなじとうぶ毛が妙に艶やかだった。振り返った彼女の瞳は澄んでいて、少し驚いた様子でこちらを見つめている。

「…柔らかい髪だから、触りたくなりました」
「髪?」

雑誌を閉じて、小首を傾げながら自身の髪を手櫛ですく仕草がはじまる。そんな彼女のことが好きだけれど、もう少し色気が欲しかった。クスリと苦笑が漏れてしまう。

「そうじゃなくて。髪を耳にかけて、こっちに耳かして下さい」
「はい、はい」

彼女はいとも簡単に耳に髪をかけて、顔を逸らして片耳をこちらに寄せた。自然と肘から肩にかけても近くに来た。遠くから、揺らぐ髪と彼女の後姿を目で追っていたときを思い出す。俺が何か話しをするのだと思っていそうな彼女は、いつもより大人しく部屋は静かだ。

ちゅっ

わざと唇を湿らせてリップ音をたてて、顎の付け根に口付けた。

「け、け、京治!?ちょ、なに、してっ」

俺から離れようとして飛び上がる彼女の腕は、口付ける前にしっかりと掴んでいる。やはり色気のない反応に、苦笑が止まらない。顔を赤くしながらも、落ち着いてきたらしい彼女は拗ねた顔で唇を尖らせた。

「……からかってる?」
「すみません、凛さんが傍にいるのが嬉しくて」
「そうなの?何かいつもと違う?」
「はい、俺が、少しセンチメンタルでした」
「ふふっ、何それ」

微笑む彼女の髪を指先で掬う。
柔らかな感触、窓から差し込む陽に透けて綺麗に映える色味。

「凛さんの髪が好きなんです」
「そ、そっか。じゃあ、もっと大事にしなきゃな〜髪」
「そのままでいいです」

髪を放した手を彼女の後頭部にまわして引き寄せた。柔らかな唇と唇が触れ合うだけのキスをする。額と額がくっつきそうなほど近くで彼女の瞳を見れば、自分が写っていた。

「わたしは京治の大人っぽいところが好き」
「…それだけですか?」
「今、そんな意地悪な質問する?」

いつの間にか二人ともクスクスと笑うのが止まらない。

「すみません、聞きたくなりました。俺は、凛さんの全部が好きです」
「適当〜私も京治の全部好きだよ」

無邪気に笑う彼女から身体を放し、仰向けになって両目の上に腕をのせた。

「はあ…俺、こんなバカップルになると思ってませんでした」
「バカップル嫌?」
「嫌じゃ、ありませんけど」

彼女はまた手元の雑誌を手繰り寄せている。いつでも届く範囲にその姿があることが、まだ慣れない。その瞳に写る自分に安心する。

遠くから見つめていた時と今との差にむず痒い想いがした。

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