昔は、苦手だった。 (寒っ…) 意識が浮上して第一に感じたこと。腕の中に閉じ込めた存在にもう一度抱きつきながら、体温を分かち合う。 (良い匂い…) 事後処理もそこそこに、汗もほぼそのままの割には、埋めた金糸からは良い匂いがする。彼が愛用で使っているバニラ系の香りだ。 ティファやマリンもクラウドが使っているシャンプーが大好きで、結局三人が共同で使っている為減りが異様に早い。 ゆるゆると意識が浮上してきて、眠気の残る眼を瞬かせた。ぼんやりと映る窓の向こうには、雪が見えた。窓枠にも少しばかり積もっていて、だからこんなに寒いのか、と金糸の項に口づけた。 (昨日はまた随分派手にヤったな…) いつもならどんなに疲れていてもクラウドの身体だけは綺麗にしてやるのだが今回はどちらも酷かった。乾ききった白濁が太股やら腹やらにへばりついていて、すっかりカピカピになっている。正直良い気分ともいいがたい。 思考が冴えてくると共に、昨夜は随分我ながらサディスティックだったと反省する。今までクラウドにあんな酷い抱き方をしたことはない。それでも極力優しくしたつもりではあるが、自分の腰も僅かばかり軋んだ。 もう年かな、と苦笑し、そんな自分でもクラウドが受け入れてくれた想いも何もかもが嬉しくて愛しくて。 肝心の恋人は後ろを向いて寝てるから顔が見れないのが残念だが、本当に手放せない、手離すことが出来ない存在だなと改めて思う。 クラウドの事後処理をちゃんとしてやりたいが本人が熟睡中の為、それを起こすのも忍びない。かといってザックス自身も目が冴えてしまって、どうしようかと躊躇。 とりあえずそっと腕を引き抜き、起こさないようベッドから抜け出して首もとまで毛布をかけてやる。 適当にジーンズと厚手のセーター一枚を部屋の隅に畳まれて置いたもの(多分ティファ辺りが部屋に置いておいてくれたもの)を手にして、全裸の侭シャワールームに向かった。 髪を乾かしてリビングに行けば、まだ時計は6時頃を差していた。その割に静かなのは、雪が降っているからだろうか。 カレンダーを見れば今日は定休日。 ああ、と納得してから、身体を冷やさないよう小型のパンにミルクを注いだ。数分すればコトコト湯気を立てて煮えたそれを専用のマグカップにそそぎ入れ、シナモンパウダーをかけてソファへと腰掛ける。ふー、と一息吐きながら、しんしんと降り積もる雪を相変わらず見つめた。 ミルクが身に染みる。こんな風に穏やかな毎日を過ごすようになって、もうどれくらい経つのだろう。 新羅に居た時は毎日が目まぐるしかった。そして毎日がこんなに新鮮味溢れるものではなかった。クラウドと出逢ってからは、視野がすっかり変わってしまったからそんなことはないが。 無機物に囲まれて、バーチャルを相手にして、人を殺して、モンスターを狩って、とにかく生とし生きるものをすべて手にかけてきたのではないかと錯覚する程。それくらい血臭を漂わせて、それでも笑っている自分は何なんだと、絶望した。 大切な人を手に掛けた時、あまりの寂しさと虚しさに彼の銀の英雄に慰めて貰ったのも記憶している。 飲み終わったマグカップをテーブルに置いて、コート掛けに掛かっていた黒のハーフコートを着てザックスは外へと出た。 季節は3月。 もうすぐ春が来て冬が終わる、別れの時。 「真っ白だ…」 外に出て空を見上げれば、意外と大粒な雪が空から降っていた。顔に当たれば勿論冷たい。しゃがんで素手で雪を掬い取って、ぎゅ、と握ってみる。一家に体温を持っていかれる気がした。 辺りを見渡しても、まだ起きている住人は居ないようだ。 エッジはミッドガルと同じような気候だった。比較的温暖ではあるが、季節の差ははっきりしている。だが3月に入ってまでこれほどの雪は滅多にない。ミッドガルに住むようになって初めて雪を見た時、感動したなぁと、一人耽る(何故ならゴンガガは熱帯に近い気候の為雪はほとんど降らない)。 けれどもその後、ソルジャーになってからは雪が苦手になった。 いつしかクラウドは、故郷の雪は好きだと言っていた。 寒いのは苦手だが、その分母が作るシチューが美味く感じて、作物や動物たちに自分たちがいかに救われてるか思わされるからだそうだ。信仰心溢れる、クラウドらしい言葉だと思った。 そして、故郷の雪は、優しいのだと。 何もかも覆い隠す代わりに、春が訪れた時、その雪は溶けて水になり、その水は村や山を下り、人間はおろか動物たちにも恵みを与えてくれる。 真っ白な雪が与えてくれる春は、何よりも愛しいのだと、そう、言っていたのは何年前のことだろう。 壁に寄りかかりながら、両手をポケットに突っ込む。 小さな村を幾つもの全滅させてきた。恐らくウータイ戦役の後、新羅の残酷さは悪化した気がする。主にウータイ戦役の後では周りの集落も全滅した。種は徹底的に取り除く。喩え女子供とて容赦しない。 いろんなものを斬りすぎて、腕も心の感覚もよく解らなくなってきた頃。その時見た雪は、今のように真っ白だった。 死体の処理は、タークスの仕事だ。ツォンがザックスの肩をぽん、と叩いた時、彼の目もまた苦悩に満ちていた。それだけでも、ザックスには有り難かった。同じように思っている人間が社内に居るのであれば、それだけで嬉しかった。 それからザックスは、雪が降る度に、祈った。 ソルジャーも化け物と同様の扱いだと解っている。それでもその時ばかりは、居ない神に祈りを捧げた。 どうかこの雪に包まれて、真っ白な天国へ、行けますように、と。 「…今も、祈るのか?」 「…びっ…くりした…」 いつの間に起きたのだろう。気付けばクラウドがザックスのマグカップを片手に、突きだしてきた。カップにはミルクではなく、今度はココアが入っていた。 そのチョイスにくすりと笑みながら、乾杯、とカチンとカップ同士を鳴らした。 冷えた中で飲むココアはまた美味だった。少しラム酒が入っているようで、クラウドなりの気遣いがまた嬉しくて、頬が緩んだ。 「昔は、雪を見る度に懺悔してた…」 「………ああ」 「でも、今は…」 ゆっくり、ゆっくり。 雪は確実に積もっていく。春をもたらす為に。恵みをもたらす為に。罪を覆い隠す為に。天国へ誘(いざな)う為に。 でも今は。 「今は、お前と一緒に居る時を感じる為に、って思うかな」 懺悔したって、還ってこれない程の命を奪った己は、何て汚い人間なのだろうと思う。それでも、その何万何十万という命を奪ってでも。 隣に在って欲しいのは、クラウドただ一人だけだ。 ぎゅ、と抱き締める。クラウドもそっと片腕を回して、ザックスの首筋に顔を埋めた。 「…起きたらアンタが居ないから、心配した」 「…悪ぃ。起こすのも野暮だと思ってな」 頬に掠めるキスを送って、ココアをもう一口飲む。クラウドが、空いているザックスの左手をそっと掴んだ。それに驚いて、ザックスもクラウドを見つめる。 「ゆっくりで、良いんだ」 ぽつりと呟いたテノールの声。 「アンタが生きて、地に根を張って、これから伸ばしていけば良い。そうしたら太陽がアンタを照らして、雨がアンタを潤して、雪がたくさん降っても、それはいずれ恵みになる。それで今まで犯してきた罪を洗い流せとは云わない。そう簡単に出来るものでもない。でも、」 この雪がゆっくり降り積もるように、アンタもゆっくりで良いんだ。 「……ッ」 クラウドは、いつも自分の欲しい言葉を呉れる。無条件に、こんな自分に愛を注いで呉れる。本当に、クラウドに出逢わなければ自分はただの殺戮マシンだったかもしれない。 握っていた手をぎゅ、と強く握り返した。 「痛い…」 「…ごめん」 それでも互いに、苦笑した。 「風呂でも入るか?お前の身体洗ってやるよ」 「ザックスはもう入ったんじゃないのか?」 「冷えたから仕切り直し。後お前と一緒に居たいの」 「…馬鹿犬」 「クラウド馬鹿だからな」 きぃ、とドアを閉める。しんしんと降り積もる雪の下に、足跡が二つ。 それもゆっくりと埋まっていく。 だがそれで良い。 急ぐ必要は、どこにもない。 やがて埋まっていく足跡にも、真っ白な世界が訪れる。 春がやって来る日は、近い。 slow,snow (産まれては消える世界の倫理に、たった一つの俺だけの春) |