その熱に、溶けていく。








































かんっ、かんっ、と甲高い音が響く。復興が進んできたエッジの一角に、バーセブンスヘブンがある。だがそれは夜の顔。昼間は何でも屋を営むストライフデリバリーサービスという二面性を持った二階建ての一軒家の裏庭から、その音は聞こえた。
「ていっ!やっ!」
「踏み込みが甘い、もっと力強く!!」
木の棒を剣替わりにして、デンゼルは相手をするクラウドに大きく棒を振り下ろした。それをあっさりと受け止められ、無我夢中で放ってくるデンゼルの力を受け流しながら、軽く足払いをしてやる。
振り下ろすことに夢中だったデンゼルはそれに気付ける訳もなく正面から転ぶ。立ち上がろうと振り返れば眼前に木の棒を突きつけられ、固まった。
見上げればニヒルな笑みを浮かべるクラウドがデンゼルを見下ろす。
「勝負あり、だ」
その姿がかっこよくて、デンゼルは顔が熱くなるのを感じた。
そして場違いな拍手が、二人を元の世界へと引き戻す。
「お疲れさん!いやークラウド強くなったなぁ」
「…いや、我ながら大人気なかった」
ぶっきらぼうにそうは言うもののそれが照れくささ故にそういう反応だというのは解っている。
クラウドがデンゼルを起こしてザックスの立っている所に近付けば、デンゼルは悔しそうにやっぱりクラウドにはかなわないな、と言った。
ザックスはデンゼルの頭をくしゃりと撫でてやりながら
「ナイスファイトだったな、よく頑張った」
と言った。
それに照れたのか俯いて、クラウドの服の裾をきゅ、と握った。
ザックスは手にしていたペットボトルを二人へと手渡す。
デンゼルは裏庭にある小さなベンチに腰掛けて、大人二人は壁際に寄りかかって、それぞれ渇いた喉を潤した。
「クラウド、クラウドは何でそんなに強いんだ?」
純粋な子供の瞳に、クラウドは一瞬面食らったような顔をして、ふっと微笑む。
「俺が強くあれるのは、デンゼルやマリンやティファ、それに、」
ちら、と上目遣いにザックスを見やる。その視線にザックスが気付いて、同じように微笑んだ。
その藍色の双眸は優しくて、クラウドは心の中がじわりと暖まるのを感じた。
「愛しいと、守りたいと、想える人が居るから、俺は強くあれるんだ」
くしゃりと、デンゼルのひよこのような癖っ毛を撫でてやれば、照れくさそうにデンゼルは俯いた。
クラウドは穏やかな口調で、更に紡ぐ。
「いずれ、デンゼルは俺よりも強くなる。デンゼルの中に憧れや、守りたい人が一人でも居れば、自ずと道は、見えてくるはずだ」
「ふーん……?」
子供ゆえに少し理解し難い感覚に小首を傾げる少年がまた愛おしくて、クラウドはくすりと笑いもう一度頭を撫でる。
木の棒を握り直し、デンゼルはデンゼルなりに何かを決意したのか、まっすぐに前を見つめる。
大きな青い瞳をきりりとさせて、デンゼルはクラウドを見つめながら確かに頷いた。
「俺、強くなる。クラウドたちに守られるだけじゃなくて、いつか俺もクラウドを守るんだ」
「ああ、期待しているよ」
さぁ、そろそろ中へ入ろう。
そうクラウドが促し、その様子をザックスもまた穏やかな目で見守りながら、最後に中へと入って行った。





























「言うようになったな」
「?何を?」
「昼間の」
「ああ…」
夜も更け風呂上がりに。クラウドの部屋は、ザックスの部屋と兼用で、シンプルな割かし広い部屋にダブルベッドと書類整理用のデスクが置いてあるだけだった。
ザックスも元々物にはそこまで執着せず、二人とも至ってシンプルな部屋なのでいつぞやティファやマリンにはもう少し飾り付けをすれば良いのにとぼやかれた。
デスクの上には二つの写真立てが置いてある。一つはこの間起きたセフィロスの再来以降、みんなで撮った集合写真。もう一つは、ザックスとクラウド、二人で撮った写真だった。
ザックスは集合写真の方を持ち上げて見つめながら、伝票整理に勤しむクラウドの横顔を見てぽつりと呟く。
「昔はセフィロスの前に立っただけでびびって足が竦んだ弱気だった奴が、今じゃ立派な英雄だもんな」
「…喧嘩をうってるのか?」
電卓を叩く音を止めて、クラウドはザックスへと振り返る。そうじゃねぇよ、とやはり口調は穏やかな儘、ザックスは写真を見つめる目を細めた。
「想いっていうのはさ、受け継がれていくもんなんだなって。昼間のお前の言葉を聞いて、そう、思ったんだよ」
ザックスもかつては子犬と呼ばれていた。
そそっかしく、ソルジャーらしかぬ言動や行動から、そう付けられたあだ名だった。
そんな彼も1st.の地位へ上がり、自ら友を手に掛け、新羅の闇を知りながらもソルジャーとしての意志と夢を貫き通すことを常に一般兵である後輩達に伝えてきた。
その信念も、ザックスにとって師であり父であり、兄である友から教わったものだ。
その想いはクラウドにもちゃんと伝わっていた。その意志が、ザックスには何よりも嬉しかった。
クラウドは目を切なげに細めて、ザックスを見つめている。それに苦笑して、近付いて金糸を撫でつけた。
「そんな顔するなよ。クラウドは、確かに強くなったんだ。この間だって、俺の手借りなくたってセフィロス倒せただろ?」
「あれは、無我夢中で…」
「それでも、さ。確かに、お前のここは強くなってる。俺が保証する。大丈夫さ、かつてお前が俺に憧れてくれてたように、今はデンゼルがお前に憧れている。その想いはちゃんと繋がっていて、その熱い魂を忘れない限り、幾らでも強くなれるんだ」
「ザックス…」
そっと頬に手を当てれば、クラウドの体温が指先越しに伝わってくる。
心地いい、熱だ。
少しだけ冷たい気もするけれど、平均体温よりも高い自分の体温と合わせると丁度良く感じるのだ。
そっと、ザックスの手にクラウドの手が重なった。
そこから指を絡めた。白い指は昔に比べたらゴツゴツとしていて、だいぶ剣を握ってきたのだなということが解る。その彼の努力に、ザックスは胸が締め付けられた。


























昔、アンジールに散々言っていた、俺は英雄になるという言葉。
あの言葉を受け止めてくれた彼の気持ちが、今ではよく解る気がして。

























「んっ…」
何の合図もなしに、クラウドに唇を重ねた。触れるだけのそれからだんだん深く貪って行き、舌と舌を絡めればクラウドの身体がぴくりと強張る。後頭部を固定して角度を何度も変えれば、必死についてこようとするその初々しさがたまらなく愛しかった。
初めてでもあるまいに、このチョコボはこういったことに対して未だに免疫がない。
ましてそんな痴態や媚態を知っているのはザックスだけ。
ああ、ほんとうに、
(――――何て、愛しいんだろう)
クラウド、と小さく名を囁いた。あ、とクラウドは蒼碧の瞳を見開く。
もう、とっくに、クラウドはザックスと同じ位置に居るのだなと思い知る。
きっと次はデンゼルに受け継がれて。
そこから先は、最早ザックスはこの世に居ない未知の世界へと変わっていくのだろう。
だが、できればその想いが何代後にも続いていくように、今は祈るばかり。
ただ何も言わずキスの雨を降らせてくるザックスを疑問に思いながらも、クラウドはそっと背に腕を回した。
それを始まりの合図として、ザックスはクラウドをベッドへと引きずって押し倒す。
首筋に顔を埋めて、直接鼓動を感じれば、苦笑する息が聞こえた。
「まだ、子犬は健在なのか?」
「わんっ」
「ずいぶんでかい子犬だな」
「可愛いだろ?」
「自分で言うなよ」
そんな些細なじゃれあいが、嬉しくて。































その体温に、溶けていく
(その体温に、溶かされたい)
すべて愛しいのだ、骨の髄まで
(すべて守りたいのだ、己の命を賭けてでも)
だから、一つになろう
(だから、思いっきり囁こう)




























vivre
(生きるからこそ、それは何より美しいのだ)




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