今日という日常―――― ――――仕事も休みで久しぶりに朝をゆっくりとした気分で過ごしているな。 漠然と寝ぼけた頭でもそう思いながら、まだルームウェアのまま、やかんに水を入れてコンロで火を起こす。湧き上がる様をやはりぼーっとした頭でしばし見つめると、思い出したかのように後ろの戸棚から愛用しているマグカップとコーヒーを取り出し、好みの量を入れて準備万端の状態にする。 そんなに水は入れていないからか、水はすぐにお湯へと変わる。しゅんしゅん、と中で沸き上がる音が聞こえて、やかんの口の先から湯気がたった。カチリとコンロの火を止め、マグカップの中へとお湯を注げば、濃厚なコーヒーの香りが、俺の鼻腔をくすぐった。 淹れたてゆえに熱く、少し冷ましながらソファへと移動して。未だカーテンが開かれていないリビングでは、窓の向こうの景色は見えず、そして心なしか薄暗い。今日は天気が悪いのか、空気もいつもより肌寒い。ふる、と薄着しかしていない身体が微かに震える。かといってたった一人の為だけにストーブを焚くのも灯油が勿体ないと思い、ソファの上に体育座りをしてコーヒーを一口。寒い身体には、暖かい飲み物はほんとうに染みる。 何となく窓辺に近寄り、カーテンを開ける。空は曇天で、雨、ではなく、どうやら、 (雪でも、降りそうな雲だ…) そう思った。いやに空気が澄んでいて冷たいのだ。まるでシヴァでも召喚した時みたいに切り裂かれるようなあの空気が、実は嫌いではなかったりする。 というのも、実家であるニブルの空気が、この冷たさに少し似ているから、かもしれない。 アイシクルエリアほど大雪が降る地域ではなかったが、すぐ後ろにニブル山がそびえるあそこらの地域は、年間を通しても日照時間は少なかったように感じる。かといって大雪が降る訳ではないのだが、いつも曇っているか雨が降っているかの、どちらかの天気。 それ故気候も定かではなく気温の変化も激しかった為、農作物は少なかった。 それでも幼少の頃、母親に見守られながらもあの麓の村で生まれ育ったことは、俺には一生の思い出だ。 故郷の空気を思い出しながらもカレンダーを見れば、もうそろそろ師走になろうとしていた。だから雪も降ったりするのだろう。年末にかけて、仕事は一年の中で一番忙しい。昨年も結局押して、飛空艇でみんなに迎えに来てもらった記憶が新しい。 そう思いきや、もうその年が終わろうとしている。本当に一年はあっという間だ。 再度ソファに座り込み、コーヒーの味をゆっくり堪能しようとすると、後ろからするりと抱きしめられた。こんなことをするバカは我が家に一人しか居ない。 「ぅはようー…」 「…まだ眠いなら寝てれば良いだろ、ザックス?」 「んー…だって隣にクラウドが居ないの寂しいんだもーん…」 「…だもーんって…。子供か…」 はあ、と溜息を吐けば、更に首に強く抱きつかれた。本当に、眠いなら我慢なんかしなければ良いのに。とりあえずコーヒーを片手に、ザックスをべりっと剥がし、部屋に戻るように催促する。すると素直に着いてくる彼が何となく可愛く見えて、部屋に着くなり再度ベッドに潜り、毛布を頭から被る。確かに寒いが、俺にはそこまでのほどではなく、だが寒さがダメなザックスにとってはそこまでのほどらしかった。 「クラウド、そんな薄着でよく平気だな…」 「いや、さすがの俺でも寒いぞ」 「いやいやいや、マジ俺寒いのダメだからほんとすげえよ…」 「暑いのはあんなに平気な癖に、俺たちこういう所も真逆だな」 「だな。あ、コーヒー一口ちょうだい」 「どうぞ」 マグカップをザックスに手渡すと、ザックスはやはり毛布を剥がそうとせず、そのまま包まった状態で起き上がる。まるで布団星人のようで、子供のような態に思わずくすりと笑ってしまった。 「何だよ、そんなにおかしいか?」 「ああ、おかしいな」 笑いながら、ベッドから離れてクローゼットへ。今日はオフだから、適当な恰好でも許されるだろうと思いながら、ジーパンと少し厚手のセーターを取り出す。それに着替えて再度窓辺へ。カーテンを開ければ、先ほど見た一階の窓の景色とさほど変わらない景色が、眼前に広がる。 「今夜、雪かもな」 「げ…マジかよ…。ああ、じゃあ裏の箱庭の鉢植えたち、家の中に入れておかないとなあ」 「今日は雪の為の準備でもするか」 「だな、そうしようぜ」 今日の日程も決まり、ザックスは少し身体が温まったのかまた俺へと抱きついてくる。その元気があるならもっとほかのことに使ってくれという願いも込めて、げんこつを一発くらわせてやった。いってー、とぼやく犬の声は、俺には聞こえなかった。 * * * * そういえばニブルに居た頃、すぐ後ろが山だったからか、村の人たちは天気を読むのに非常に長けていた。あのおっとりとした母親ですら、冬の準備は一年を通して行っていたほどだ。紅葉する植物が少ない地域ではありながらも、秋が深まりだんだん冷え込みが激しくなってくると、それはもう冬がそこまで来ているサインだと、母は言っていた。 庭の植物をダメにしないように、積もった雪で家が押し潰されないように、至る所に雪を避ける為の囲いを作っては設置していた。男手が俺しか居ない我が家では、俺も当然のように母を手伝った記憶がある。 エッジでは、比較的都会ということもあり、このエリアはあまり雪が降らないから冬の為の準備というのはあまりせわしく感じられない。 ホームセンターに行っても、普通にスーパーに行っても、他の人がやっているから自分もちょっとだけしておこう、という感覚に見受けられた。 我が家では俺とティファの習慣というのもあり、そんなに雪が降らなくとも念のため囲いの準備は毎年している。そんな折、昨年このエッジでは今までを上回る記録的な大雪が降り、どこに行っても街の人たちは雪の為のグッズを買い漁っていたのがいやでも目についた。今年も予報では昨年より冷え込むと言われているから、準備は前もって、の精神でザックスと共に準備をしている訳だ。 「しっかし、一気に冷えたな…」 「そうだな」 はー、と冷えた指先をザックスが自分の息で温めようとしている。裏庭に置いていた鉢植えたちを全部家の中に移動させ、今度は家の周りを簡単に囲いで覆う。まあ多分、大げさにやってるのはうちぐらいのものなんだろうな。と、ほかの家のを見渡しながらそう思った。雪が積もったら積もったで、またマリンやデンゼルと一緒に雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり、大人には嫌な顔をされるが子供にはかっこうの遊び道具の一つだ。そんなに嫌煙しなくとも良い…かもしれない。 「クラウドは、この時期になるといつも嬉しそうだな」 「え…?」 そうなのか?そんなこと、今まで自覚したことなかったから、初めて言われるザックスの言葉に思わず目を見開いて考えてしまう。 「何だ、自覚なかったのか?神羅に居た頃から、いっつも季節が寒くなると元気そうにしてたぞお前。初めて会ったモデオヘイムの時だって一人だけ新兵の中で元気だったしな」 「ずいぶん懐かしいな…」 もう何年前の話だろう。ザックスと初めて出会った時のことだから、かれこれ10年くらい前の話になるのか? 「もう、10年か…」 思っていたことを、ザックスが代弁した。作業が何だかんだで終わって、釘とかトンカチが入っている工具箱を抱えて中へと戻ると、暖かい空気が俺たちの冷たい頬を撫でた。 「あ、二人ともお疲れ様。お昼できてるから、食べて」 「ああ、ありがとうティファ」 「どういたしまして」 店の準備をしているティファに礼を言い、手洗いをしてからザックスと二人でカウンター席に着く。 「10年…か」 ティファが用意してくれたクラブハウスサンドを一口頬張りながら、ザックスの先の言葉を反芻する。 「まあ、正確に言うとブランクがあるから10年とは言えないだろうけどな」 苦笑しながらザックスが言う。俺も言葉の意味を解っているから、自然と苦笑を浮かべてしまう。 ティファに淹れてもらったアールグレイが、ミルクティーになって出てくる。ああ、もう季節も冬なんだなと、ますます感じた。 * * * * 明日からの仕事の準備をしていると、風呂上りのザックスが髪を拭きながら部屋へと入ってくる。上半身裸のままで。そんな恰好してるから、寒いんだろ。 「あー、さっぱりした」 「ザックス、」 「ん?」 「冬でも風呂上り上半身裸でいるから、寒いんだろ」 「えー、だって風呂上りの上半身裸はもはや俺の習慣だぞ?季節なんか関係ねぇよ」 「そういう恰好でいるから寒いんじゃないのかと、俺は言ってるんだ。別にアンタの習慣を否定しているつもりはない」 「へーへーすいませんでしたー」 「良いからこれでも着てろ」 そう言ってもうあまり着なくなったフリースの上着を投げつけてやる。それを受け取ったザックスがしぶしぶ袖を通すと。 「…ああー、あったけぇ…」 と、ご満悦の表情だった。 半分呆れつつも仕事の準備も終わり、部屋の電気を消し、ベッドへと入る。するとすかさずこの犬は俺に近づいて抱きしめてくる。寒い時期は、ザックスは必ず俺を抱きしめて寝る。寒いからか、人肌を感じないとあまり寝つけないらしい。たまには離してほしいんだが、毎度この犬の為に素直に言うことをきいている自分を自分で褒めてやりたい。 「寒い時期ってさ、」 「?」 「どうしてこんなに人肌が恋しくなるんだろうな」 「さあ…何でだろうな」 「外、」 「ん?」 「多分、雪…もう降ってるぜ…?」 そう言われて、ザックスの腕の呪縛からするりと抜けるとすかさずカーテンを少し開ける。 ザックスの指摘通り、外は既に雪が舞い降りていた。しかも、うっすらと白く積もっている。たまらず、目を細める。そして思い出す、故郷の雪。ちなみに今日の夕飯は、シチューだった。雪が降ればシチューを決まって作ってくれた母のことをティファは知っていたから、今日のタイミングでシチューを出したのは、きっと偶然ではないのだろうと思う。 「雪はいつも、優しい、か?」 ザックスが、毛布を俺にも巻きつけるように一緒に後ろから包んでくれる。背中の体温に甘えながら、俺は静かに頷く。 「いつだって、雪は優しい」 雪が降れば降るほど母の作るシチューは美味しいと思ったし、嫌なことがあっても全部掻き消してくれる。真っ白に、埋め尽くしてくれる。だから、雪はいつも優しい。 「アンタこそ、未だ祈っているんだろう?」 雪が降る度に、ザックスが祈っていることを俺は知っている。だからそう言ってやれば、一瞬固まったのか、ぎゅ、と俺の腰に回していた腕の力を僅かに強めた。 「図星かよ」 「当然だ。それくらい、解る」 「クラウドには、敵わないな…」 頬にキスをされ、下りたザックスの長い髪の毛がくすぐったくて、少し身をよじる。 「でも、前も言ったろ?」 「今は俺と一緒に居ることを感じられるから、っていうやつか?相変わらずアンタの台詞はいちいちくさい」 「…うるせぇ、ほんとのことだよ」 二人でくすくす笑いながら、今度は自然と唇と唇が合わさる。初めは軽かったのに、だんだんと深くなっていく口づけに、思わずザックスの首元を引っ張る。すると藍色の目が深みを増して、俺を熱っぽく見つめてきた。それに絆されないように、俺もじっと見つめ返す。 「何かもうアンタとは、20年も30年も、一緒に居るような錯覚に陥るな」 「そりゃ、嬉しい褒め言葉だ」 それくらい、ザックスと過ごす日常が、濃いということだ。 10年という月日に、長いような、短いような…言葉にはうまくできない感慨深さみたいなものが胸の中からこみあげてきて、それが何となくくすぐったくもあって。 「なあクラウド、」 「ん…?」 「愛してる。ずっと、一緒に居ような」 「…ああ」 いつも、俺に限りない愛情を注いでくれるザックス。 隣に居ると、本当に暖かい。 ブランクがあった分、それを埋めるように、今一日一日を大事に過ごして、生きている気がする。 ザックスは物ではないが、ずっと手に入れたかった男を手に入れることができた、あの時の喜び。 きっと一生忘れない。 ザックスに対してのこの想いも、ずっと、きっと、一生のもの。 いつかまた20年、30年と経って、その度に、今まで歩んできた軌跡を思い出そうと思う。 そうして振り返って、もっと絆を深めたいと思う。 俺にとって唯一で、絶対の、この男に。 「ザックス」 「ん?」 「お休み、また明日」 「ああ、お休み、クラウド…」 いつも感謝の言葉を、述べたいと思う。 日常 (いつもありふれた毎日に、ありがとう) *2013年楊の誕生日祝いに捧げたZC。オメデト! |