「わっかんないな〜…」





























頬杖をつきながら、そう呟く少女は差し出されたオレンジジュースに刺されたストローを吸いながら、思いきり眉間に皺を寄せた。そんな少女の態を見て、ザックスはカウンターに立ち洗い物をしながら思わず苦笑を零す。
「わからないって、何が?」
ザックスにそう尋ねられた少女はズズズ、と底に僅かに残ったオレンジジュースを啜りながら、今度はストローの吸い口を噛み始めた。
「…最近さぁ、オヤジがめんどくさいこと言ってくるんだよね。お前もそろそろ年なんだから婿をとらないとな、とか言い出してさ、どこの馬の骨とも知らないヤツの写真見せられて、アタシと結婚させようとしてんだよ。ほんとサイアク」
「要するに、お見合いさせられそうになったんだな」
「そーゆーこと」
ユフィが飲み終えたグラスを片付けながら、ザックスも遅い昼をとるべく、キッチンカウンターの隅に置いてあった軽食に手を伸ばし、ユフィの話を聞きながらそれを一口頬張る。
「で、何をそんなに悩んでるんだ?」
「…恋愛ってさ、なに?なんなの?アタシこれまでマテリアと故郷の復興にしか興味なかったから、いきなりそれを引き合いに出されんのも正直つらいんだよね」
「あー…」
納得、と心の中で密かに頷く。考えてみればユフィのこれまでの生い立ちは、なかなかハードではないだろうか。幼少期にはウータイと神羅の間で長期間にわたり戦争をしていたし、その後のことだって決して楽ではなかった筈。だから世界中に存在するマテリアを収集するハンターとして生計をたて、故郷ウータイの復興を引っ張る立場として活躍している訳で、それまでの道のりを考えれば色恋がどうとかいう隙がなくてもおかしくはない。
「そもそもクラウドとザックスは何でそういう関係になったワケ?ザックスはあんな根暗で見た目だけがイケメンのどこがいいのさ?」
「よくぞ聞いてくれたな、何を隠そう…」
「あ、ごめん、やっぱいい。のろけられても正直ウザイ」
「…お前がそれを言うか、生意気忍者娘」
軽食をすべて食べ終わりシンクの中へ皿を入れると、ユフィはカウンターテーブルの上にうなだれる。どうやら父親に見合い話を出されたのが相当堪えているらしい。
そんな彼女の様子を見ながら口直しにと、冷蔵庫からレモンシャーベットを取り出し、ユフィの前へ置いてやる。
「そりゃさ、確かにクラウドかっこいいよ。アタシも一緒に旅してる時、ああ、イケメンってこういう人のこと言うんだなって思ったよ。でも好きかって言われたら、その好きっていうのがどういうことなのかがよくわかんない。シドのオヤジだっていい年してシエラって人と恋仲っていうし、バレットだって今はもう居ないけど奥さんが居たし。ヴィンセントですら、昔好きだった人のことを未だに忘れられないでいる…。ティファやエアリスも、クラウドにほの字だった。ねぇ、そんなに簡単に人を好きになるもんなの?」
「あのな、ユフィ、」
相変わらずよく喋る。そう思いながら、ザックスは笑みを浮かべる。夜に店で使用するグラスをふと手に取り、それをふきんで拭きながら、言葉を紡いだ。
「人を好きになるのに、理由とか、そんなの関係ないんだ。いや、いちがいにないとは言えないんだけどな。でも、」
「でも?」
「本当に人を好きになるとな、一気におちてくんだよ。もう周りのことなんかお構いなしに、その人のことで頭がいっぱいになって、その人のことしか考えられなくなる…それが本当に人を好きになるってことさ」
「…ふぅん?」
溶けかけのシャーベットを掬い、スプーンを口に入れたまま、ユフィは怪訝な表情で頷く。やはりよくわからない、と言いたげである。
「そういえばさ、ザックスも男で、クラウドも男で、アンタ達って同性同士じゃん。いくらクラウドが綺麗でも男には変わりないのに、何で同じ男を好きになったりしたのさ?」
「んー、ユフィにはまだ難しいかもしれないけど、俺にはクラウドが男だろうが女だろうが関係ないんだ」
「へ?」
きゅ、とグラスを拭く音が室内に響く。仄かに暗い室内の窓から木漏れ日が差し込み、部屋を少しずつだが明るくしていって、ザックスの藍色が、優しく煌めいた。
「俺はクラウド自身を好きになったんだ、だから女とか男とか、どうでも良いんだよ」
「…やっぱよくわかんない」
「まだまだ、これからの長い人生で、ユフィにもそういう相手がいずれ現れるさ」
からからと笑いながら、ザックスはユフィにそう答えた。




* * * *




その昔。ユフィがまだ小さかった頃、ウータイが神羅と戦争をしていた時に、一人のソルジャーに出会ったことがあった。そのソルジャーは神羅の人間の癖に人懐っこい笑みを浮かべていて、黒髪をツンツンと針鼠のように逆立て、何より綺麗な藍色の目を有していた。
ぼんやりとしか覚えていない。しかし本来なら自分は斬り殺されてもおかしくないのに、その黒髪のソルジャーは苦笑を浮かべながらも、まだ小さかったユフィに対し付き合ってくれた。時には遊んでくれたりも。
ウータイは結果的に神羅に負けてしまい、父親を始め村の大半の人間は神羅を恨んだ。だが中には、あの黒髪のソルジャーを憎まない老人も居たりした。ユフィも、神羅のことはよく思っていないが、あのソルジャーのことだけは不思議と憎めなかった。
そうして数年後、ユフィは少しだけ大人になり、旅に出た。その中で、今度は金髪のソルジャーに出会った。
星を救うためという大義名分をかざした、あの黒髪のソルジャーとは外見も中身も似ても似つかない変なソルジャーだった。目の色だって、蒼碧の色であの男のような藍色ではなかった。
星が無くなってしまえばマテリアの収集どころでもウータイの復興どころでもなくなってしまう。そして金髪のソルジャーについていけば、たくさんマテリアを手に入れることができるだろう。そう思い共に行動し始めた訳だが、クラウドと名乗るソルジャーは、あの黒髪のソルジャーとは真逆の人間のように思えた。どこかクールぶってて、けれども戦闘中に時々、庇ってくれたりもした。興味ないね、が口癖で、そう言う割にはユフィがコルネオに攫われた時に助けてくれたりもして。
(変な奴…よくわかんない…)
旅を続けていくうちに、ユフィは彼の行動が気になり始めていた。ユフィの忍者としての戦闘能力を買われ、共に前線に出ることも多くなっていた。だがある日、彼女は気づいてしまった。
パーティの中にいるエアリスという、ユフィよりも年上の女性。自分よりも年上なのに、時々少女のように純粋に笑う、不思議な女性。彼女は、クラウドのことが好きだった。そしてまたクラウドも、エアリスのことを想っているように思えた。
ゴールドソーサーの夜の明かりは、まるで日中のように明るかった。赤や黄色、青や緑、さまざまなネオンカラーが、パーク内を常に明るく照らし続け、その明かりに少しあてられたのかもしれない。クラウドをゴンドラに誘ってみようと思い、部屋へと足を運んだ。しかしそこには、既に先客が居た。エアリスだ。息を潜め、陰から二人の様子を見守る。クラウドは、前々からエアリスを想っていた。だから、それを断るはずがないと確信していた。答えはやはり、予想した通り、金髪のソルジャーは、亜麻色の髪の花売りに手を引かれ、その明かりの先へと消えて行った。
そして、時々クラウドがエアリスだけに見せる、柔らかい笑顔。
(敵わないなあ…あんな顔、するんじゃさ…)
あのクラウドの微笑が、ユフィの脳裏に焼き付いて、ずっと、離れない。




* * * *




今思えば、あれが、ユフィの中での『恋』だったのかもしれない。黒髪のソルジャーのことも好きだった時期もあったが、あれはどちらかといえば恋愛の愛情ではなく、家族や兄弟に近い親愛だ。クラウドに対しての感情とは少し違う。
そうして星を救う旅を経て、メテオの災厄が訪れる。その時、クラウドには同性のパートナーが居ると初めて知った。名を、ザックスという。黒髪で、藍色の目を有していて、人懐こい笑みを浮かべる、元ソルジャー。昔どこかで会ったことがあるようなデジャヴを感じたからか、ザックスとはすぐに打ち解けられた。
そして、クラウドとザックスの様子を見ていると、クラウドの態度や仕種が、自分たちと旅をしていた頃に比べれば幾分か違うのだ。
エアリスの時と同じか、それ以上だった。そんな二人を見ていて、本当に心から想い合っているんだなというのが、さすがのユフィでも見て取れた。同時に、敵わない、と。また、そんなことを考えてしまって、少し嫌気がさした。
そして同時にこみあげてくる、吐き気。相変わらず、乗り物には慣れない。昔に比べれば少しはマシになった方だが、やはり生理的に受け付けないらしい。ぐったりとしていると、一緒にシエラ号に乗っていたナナキがユフィを心配して隣に座る。
「ユフィ、大丈夫?外の空気吸ってきた方が良いんじゃない?」
「ああ…うん…アリガト……」
よろよろと立ちあがり、何とかして甲板へと出る。外の空気が一気に露出した肌を刺激する。だが、心地いい。別についてこなくても良いのに、ナナキはそれでもユフィの後をついてくる。
手すりに何とか寄りかかり、くたりとその場に座り込んだ。ナナキも、先ほどと同じようにユフィの隣へと座る。その優しさに、僅かに涙がにじみ出る。
「ナナキは、優しいね…アリガ…うぇっ」
「本当に乗り物ダメなんだね」
「…うるさい…、アタシの気持ちを判ってくれるのは、同じ乗り物酔い仲間のクラウドだけっ…、」
言いかけて、あ、と思った。そして体育座りをして、立てた膝の間に顔を埋める。そう思うくらいには、未だクラウドのことが好きなのかもしれない。隣に居るナナキが、心配そうにユフィに鼻先を摺り寄せる。
「…あのさぁ、ナナキ」
「なに?」
片手でナナキのふわふわの毛並を撫でながら、ユフィは唇を尖らせながら続けた。
「アンタは…」
「?」
「…やっぱりいい」
「何だよ、途中で遮られたら気になるじゃないか」
「だって、さあ…」
「何だよ」
ちら、とナナキを見やる。大きなオレンジ色の瞳がこちらを上目に見つめていた。人間ぽく、怪訝な表情を浮かべて。
「アンタ、まだガキでしょ」
「…それ、ユフィには言われたくないよ」
「アンタよりは、アタシ大人だよ」
「…そう言う人ほど、大人じゃないと思うけど。ていうか、何か聞きたいことでもあるの?」
「別に、何でもないって」
「ふぅん…?」
尻尾の先端に炎を灯し、それを燻らせながら、ナナキはまたも怪訝な顔つきで頷いて見せる。座っていた体勢を少しだけ崩し、ナナキは猫のように寝入る。敢えて聞く耳を持たないような態度の方が良いと踏んだのだ。ユフィも顔を上げ、何もない前方を見ながら呟く。
「何が楽しくてさ、人間って恋をするんだかね」
それを聞いたナナキが、耳をぴくりとさせ、顔を起こしユフィを見つめた。
「なに、アタシ何か変なこと言った?」
「ううん、ユフィの口からそんなこと聞けるなんて思わなかった…」
「アンタ、そういう所ムカツク」
どうせ自分は、周りの大人たちからすれば全然ガキだろうという自覚はある。シドにもバレットにもリーブ、というかケット・シーにすら、自分は心配される節がある。もちろん、クラウドやティファ、ザックスだって同様だ。ヴィンセントも、寡黙ではあるが一緒に行動をする時に顔に出すようになった。
だが、ガキはガキなりに悩み苦しむことだってあるのだ。周りの大人たちにだって自分と同じ年の頃があるのだから、きっとそうだったのだろうと思いたい。
シエラ号は、穏やかに風を切りながらウータイまで向かっていく。だがこのまま帰るのも何となく釈然としないので、ナナキが降りるコスモキャニオンで二泊くらいしていこうかと少し思った。父親には、ウータイ産の野菜と米を無事にクラウドへと届けたと既に連絡済だし、そこまで子供でもないのだから寄り道してもそんなに怒られはしないだろう。青空を見ながら、そう決めた。
「あのさ、」
「なに?」
「オイラも、まだ子供だからまだよく解らないけど、」
「そうだね、アンタはアタシよりもガキだしね」
「ユフィ、いくら気の長いオイラでも怒るよ」
「ごめんごめん。で?」
「ユフィも、オイラが自分の父親のことを勘違いしてたこと、知ってるだろ?」
「まあ。それがどうしたのさ?」
「オイラさ、初めてじっちゃんから事の真実を聞いた時に思ったんだ。嗚呼、オイラの父親は、オイラや母さんを、一族のみんなを深く愛していたからこそ、自らあそこで、たった一人で、みんなを、母さんを、オイラを、守ってくれたんだ、って。その時さ、涙が止まらなかったんだ。その時の父さんの気持ちを考えると、すごく胸が切なくなって、熱くなって、ぎゅってなるんだ」
「うん…、アンタの父さん、ほんと、凄いよね…」
そう言いながらナナキの頭を撫でてやると、ナナキは嬉しそうにユフィの手へと擦り寄った。オレンジ色の瞳が優しげに、すぅ、と細められる。
「オイラはまだ子供で、誰かを愛したことなんてないからよく解らない。けれど、オイラの一族は寿命が長いから、これから誰かを愛して、子供を作って子孫を残すと思う。だから想像するんだ。セトがしたことを、自分に置き換えて、想像してみるんだ」
辺りが、少しだけ仄暗くなっていく。いつの間にか、コスモキャニオンのエリアに入ったようだ。向こう側にある雲の隙間から、夕陽が少しだけ見える。コスモキャニオンエリアは不思議と一日中夕陽の光に照らされている、幻想的な所だ。いつ来ても、この夕陽を見ると泣きそうになる。穏やかで温かい風が、ユフィとナナキを撫でていく。
ナナキのいつになく真剣な声色と雰囲気に、ユフィも自然と目を細めた。
「きっと父さんは、セトは、自分の身体が石化していく中でいろんなことを考えたんだろうなって。今までのこと、これからのこと、未だ小さかったオイラのこと、残された母さんのこと。いろんなこと考えた中で、きっと後悔もあったかもしれない。オイラがセトのような最後を迎えるんだとすれば、オイラだったら、怖くて怖くて、堪らない。すごく、後悔すると思う。自分の愛する奥さんや子供を残して、たった一人で、寒くて暗い所で、最後を迎えるんだとすれば、すごく、それは寂しいことだから…」
「ナナキ…」
「でもセトは、そんな後悔、したかもしれないけれど、しなかったと思うんだ。みんなを、オイラを、母さんを、愛していたからこそ、あの洞窟の奥でたった一人、孤独に亡くなった。オイラも、セトのような大きくて深い愛情を持って、いつか奥さんになる人を愛していきたい。切なくて、痛いけど、でも愛って、そういうものなのかもしれないなあって、オイラ思う」
「…………」
――――何だ、自分の方が全然子供じゃないか。
思わず、口から出そうになった言葉を、ユフィはぐっと飲み込んだ。悔しいが、隣で語っているナナキが、ずっと普段よりも大人びて見えたからだ。
負けを認めたみたいで悔しくて、情けなくて、ユフィは再度立てている膝の間に顔を埋める。それを見たナナキが、ユフィ?と声をかけた。
「ユフィ、どうしたの?」
「うるさい、何でもないっ」
「…もしかして、泣いてるの?」
「うるさいってばっ。ナナキの癖に、生意気…っ…」
「訳わかんないよ…」
困った顔をしながら、ナナキは突っ伏す。ユフィは鼻をぐず、と少し啜りながら、夕陽を見つめる。すると、ポケットに入れていた携帯の着信が鳴った。
画面を開くと、一件のメールが届いた。ザックスのアドレスで、二人からのメッセージが書かれていた。
野菜と米をいつもありがとう、また遊びに来い。と、簡素なクラウドらしい文章と、また何か悩み事があったらお兄さんが相談に乗ってやる、とふざけたけれども彼らしい優しさが滲み出るザックスからの文章。
返事もせずぱたんと閉じて、無理やりポケットにしまいこむ。あーあ、と思わず出る溜息。隣に座るナナキの毛並を八つ当たりのように乱暴に撫でてやった。
「…やっぱさ、」
「ん?」
「恋愛って、アタシにはよくわかんないや」
「ユフィ、」
「なにさ」
「少し、大人になったね」
「…それ、アンタにだけは言われたくない」
やっぱムカツク、と言いながら、尻尾をぎゅ、と力強く握ってやる。ぎゃん、とナナキが痛みに鳴いた。何をするんだよ、とナナキの抗議を聞きもせず、ユフィは立ち上がって手すりへとうなだれるように寄りかかる。
夕陽を視界に収めながら、何だかヤケ酒でもしたい気分だった(未成年ゆえに本当は飲んではいけないが)。













結局の所、今一つ恋というものがどんなものなのか、自分はまだ解らない。
けれども今の自分にはそれが『必要ない』んだということは、今回の収穫と言えるのかもしれない。
いつかそんな人に、巡り合えるだろうか。
クラウドとザックスのような、あんな関係になれるような人に、いつか会えるだろうか。



『まだまだ、これからの長い人生で、ユフィにもそういう相手がいずれ現れるさ』



そう言われたザックスの言葉を思い出し、先ほど貰ったメールを再度開く。
今日行ったらクラウドにはすれ違って会えなかったから、今度は会える日取をザックスに確認してから奇襲してやろう。そう思いながら、携帯を閉じる。














「今日の夕陽はさ、」
「?」
「目によく染みるわ〜…」
「ユフィ、言ってること親父くさいよ…」
「うっさい」
あの時や今感じているこの痛みは、きっと忘れることはないんだろう。
でもこんな痛みを伴うのなら、やはり恋とは無縁でも良いのかも、と思わずそう考えてしまうユフィなのだった。

















とはどんなものかしら?
(長い人生における、スパイスのようなもの)







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