誰のための、幸せを祈る…? 季節は冬。ここエッジにも、雪は降る。自分が育ったニブルに比べれば積雪量はそうでもないが、だが風は冷たい。もう冬か、と呑気に感じて、何となく、苦笑。 季節が巡るのがあっという間だと感じるのは、それだけ日々が充実している証拠なのだろう。仕事も順調、私生活も順調、ついでにこの街の復興も、順調(と言っても、WROは、実質まだまだ苦労している点はあるのだろうが)。 まあ比較的、ここ最近は何事もなく、穏やかに日々を過ごせている気がする。 もうすぐクリスマス。だからか、最近の配達は誰かから誰かへの贈り物や、花束のたぐいが多い。 今日の配達を終えてフェンリルを車庫に入れ、髪の毛についた雪を軽く払って裏口から家の中へと入る。今日は全体の量としては少なかったので比較的早い時間に終わった。 その証拠に、まだ陽は落ちてはいない。室内はガランとしていて、でも誰かが居たのであろう、マグカップがシンクの中に水を入れた状態で置いてあり、ストーブがつけてあったのかほのかに空気が暖かかった。 (誰も居ないのか…?) そう思って愛車のキーを自分のズボンのポケットにしまいこみ、適当に家の中を散策する。すると裏庭の方から声が聞こえた。 そっとドアを開けると、そこには今日は仕事休みなのか、ザックスとマリンとデンゼルが、裏庭で何かの作業をしていた。 「ねえザックス、その花は何て言うの?」 「これはノースポール。マーガレットにちょっと似てて、マリンにぴったりな可愛い花だぞ」 「まだ、咲かないの?」 「もうすぐかなー。咲く時期は、中ごろになってからって、何かに書いてあったから」 「あ、クラウド、おかえり!」 会話を邪魔するのも悪いと思い黙って三人の微笑ましい様子を見ていたら、デンゼルがいち早くこちらに気付き、寄ってきてくれた。ただいま、と頭を撫でてやりながら、同様にマリンとザックスにもただいま、と告げる。 「何だよ、帰ってきてたんなら声かけろって」 「何だか、邪魔するのも悪いと思ってな」 「家族なんだから遠慮すんなよ、なあデンゼル?」 「ザックスは少し遠慮した方が良いんじゃないの?」 「なにおう!?」 そのやりとりにマリンがくすくす笑い、風邪を引くといけないから、と作業も切り上げて子供たちと一緒に室内へと入っていった。 ザックスはというと、すぐ切り上げるからとだけ言い残し、俺もそれに頷いた。 * * * * 「何をしてたんだ?」 室内に戻ってきたザックスの手には、何かが小さな花瓶に入れられていた。 「ん?12月ってさ、咲く花が少ないだろ?だから、裏庭で育てた大切な花をリビングを始め家の中に飾ることで、もっと華やかにしてやろうと思ってさ」 「なるほどな」 エアリスの教会で咲いた花の種を持ち帰り、この家の裏庭で小さな箱庭を作り出したのがそもそもの始まり。以来子供たちはもちろん、俺たち大人たちの日課ともいえる裏庭の花の手入れ。こうして開花すればきちんと家の中に飾ったり(あとは雰囲気に合わせた花なんかを夜のバーでも飾っていたりする)、孤児院や店先に寄付したりもしている。 ミッドガルでも花は高価なものだった。ここエッジでも、それは変わりない。けれども、昔に比べれば、花の需要というのは、高くなっているように思える。 「ねえ、その花は何て言うんだ?」 気になったのか、デンゼルがザックスに尋ねる。ザックスは窓際に花瓶を置きながら、笑みながら答えた。 「レシュノルティア・バローバ」 「れしゅ…?むずかしい名前だね」 マリンが怪訝な顔をしてそうコメントする。それにカラカラと笑いながら、ザックスが続けた。 「またの名前を、初恋草って言うんだってさ」 青み掛かった紫色の、蝶のような小ぶりの花だった。ザックスの話では寒さに強く、手入れもしやすいためこの花の種をわざわざ取り寄せたらしい。俺が知らない間に、いつの間にそんなことをしていたんだ、この男は。 相変わらずのマメさに少し呆れながらも、子供たちにとっては雑学王であるザックスの存在は良い刺激になっているらしく、最近デンゼルも何だかんだでザックスを頼っている傾向にあるから良いことだ、と眺めながら、俺は先ほど自分で淹れたミルクティーを一口飲んだ。 「ただいまー、って、あ、クラウド、もう仕事終わったんだ?」 「お帰りティファ。今日は量が少なかったから、夜手伝おうか?」 「ホント?有難う。でも大丈夫?今忙しい時期だから、疲れてるんじゃないの?」 「そうだぜ、お前ただでさえ黙ってムリするタイプなんだから、早めに終わった日くらい休んでろっての」 ペシン、とザックスに後頭部を軽く叩かれ、それを押さえながらでも、と視線で訴えると。 「気持ちだけで十分よ、有難うクラウド。ザックス、手伝ってもらっても良い?」 「りょーかーい」 と、何だかんだで二人に絆されてしまった。 この二人は、俺に甘いと思うのは気のせいだろうか。 * * * * 「あー、終わった終わったー」 「お疲れサマ」 「ん、クラウドもな」 仕事も終わり、風呂から上がったザックスがベッドで寝転んで本を読んでいた俺にキスをしてくる。それを受け止めながら、読んでいた本をサイドテーブルの上に置いた。 するとザックスが、窓際に何かを置いた。 あかいあかい、大きな花。 「それは?」 「ポインセチア。さっきお店のお客さんから貰ったんだ」 「へぇ。そういえば、毎年この時期になると、この花をよく見かけるな」 「まあ、クリスマスの時期には定番のものだからな。ちなみにこれ、花に見えるけど大きな苞葉っていう葉に色がついてるから花に見えるんだ」 「へえ、見事だな」 「だよな」 「いや、そうじゃなくて」 「え?」 ザックスが髪の毛をガシガシとタオルで拭いている手を止め、俺の顔を見てくる。 「その花もそうだけど、ザックスは相変わらず何でも知ってるんだなと、そう思って」 「そりゃ…エアリスの影響だろうな」 「へぇ?」 花が大好きだった彼女は、ザックスが以前会いに行ってた頃はどんな話をしていたのだろう。俺が出会った時も、道端に咲いていた花一つですら愛でていた記憶があるくらい、彼女は無類の花好きだったと記憶している。 ザックスが俺の隣に腰掛けながら、窓際に置いたポインセチアを見つめながら言葉を続ける。 「ちなみにこの花の花言葉は、大切な人の幸せを祈る、って言うんだ」 「大切な人の幸せを、祈る…」 ザックスが言った言葉を反芻しながら、俺は隣に居る藍色の瞳を見つめる。吸い込まれそうな、きれいなきれいな瞳のイロ。 「すてきな、花言葉だな」 「だよな。俺もそう思う」 抱きしめられて、首筋に顔を埋められれば、半乾きのザックスの髪の毛やむき出しの肌からは、シャンプーと石鹸の香りが混じって俺の鼻孔をくすぐった。首筋にキスをされて、俺も応えるようにザックスの髪の毛に指を絡め、もう片方の手を背中に回す。暖まったからだの熱が直に伝わってきて、漂う甘いかおりに、クラクラしそうになる。 ザックスが、俺の名前を呼ぶ。俺は目を閉じて、その声に酔いしれる。もう、言葉なんか、要らなかった。 * * * * 今日はいちだんと冷え込んでいて、着込んでいるにも関わらず服と服の隙間から入ってくる風が沁みた。雪は容赦なく降ってくるし、走る場所によっては雨に変わるほど、天気は荒れている。 (次の配達先は…もう2軒先か…) フェンリルに跨り軽く走らせると、ここは山間部だからか、2軒先といっても相当な距離がある。5分ほど走らせた所でフェンリルを停め、荷物を持って玄関先でチャイムを鳴らした。 「…はい?」 「ストライフデリバリーサービスの者です。こちらを、お届けにあがりました」 そう言って手渡したのは、昨日ザックスが早速うんちくを語ってくれたポインセチアの花束だった。 出てきたのは頑固そうな老人の男性で、俺の顔とその荷物とを交互に見て、眉間の皺を深めた。 「…要らん」 「は?」 「だから、そんな物は要らないし、頼んだ覚えもない」 「いや、そうは言われても、現にあなた宛てに届いてる物なんだが…」 「じゃから、ワシはそんな物を頼んだ覚えなどないと言ってるだろう!」 もう帰ってくれ、と言わんばかりの態度で老人は乱暴にバタンとドアを閉めてしまった。チャイムを鳴らしても呼びかけても、返事はナシ。年に一回か二回、あるかないかの出来事に、俺も溜息を隠せない。しかも雪深い山の中。届いた物を当人が受取拒否をするなんて、どういうことだ?と頭の中でグルグル考えていても、どうしようもない問題な訳で。 とりあえずまだこの区域には配達を待っている人が居るから、先にそちらの分をこなすことにして、押し潰さないように優しく、花束を上の方へと荷物袋の中に戻した。 とりあえず一周して数時間後。もう一度、先ほどの老人の家の前へと戻ってきた訳なんだが。どうした、ものか。 「…困ったな」 吐いた溜息は白い。ついでに手袋をしていても指先が悴んで冷たいというか、痛い。冬場の配達はこれだから嫌だと思いながらも、これがソルジャーのからだじゃなかったら、とっくにギブアップしているところだ。 老人は、先ほど同様に、全く出てくれない。花束だって、花も生物だから時間が経てば枯れてしまう。送り主を見ると、どうやら老人の身内からの贈り物らしかった。そして糊付けされていない封筒が一つ、花束に添えられていた。 普段の俺なら、プライバシーの侵害なんて絶対にしない。顧客の個人情報は守る主義だ。だが、今のこの状況を打破するには、何かこの封筒の中にヒントが隠されているような気がして、開けて、見てみた。 中身は手紙だった。おそらく、この老人の息子だろう。中身を読んで、納得する。老人が何であんなに意固地になってこれを受け取らないのかも。だが、昨日教えてもらったザックスの花言葉。あれを思い出すと、この花束を受け取らない老人が何ともかわいそうに思えて。 俺は意を決して、もう一度チャイムを押した。 「すみません、ストライフデリバリーサービスの者です」 だがやはり、反応はない。だが、それでも俺は言葉を紡いだ。 「どうか、この花束を受け取ってもらえませんか。…あなたの息子さんが、あなたを思って贈ったものなんです。どうか、受け取ってやって、ください」 しん、と静まりかえった冬の空気。ここまで呼びかけて反応がないと、本当に空しさしか募らない。そろそろ諦めた方が早いのだろうか、そう過ぎった瞬間。カチリ、とドアの鍵が開いた音がした。そうして、隙間から顔を見せる老人。 「…何故、貴様が息子のことを知っている?」 その質問に、俺は首を横に振った。 「俺は、あなたのこともあなたの息子さんのことも何も知りません。ただ、この手紙と花束からは、あなたへの想いがよく伝わってきました。あなたたちの間に何があったか、俺は介入する気は全くありません。でも、これだけは、知っておいてほしいんです」 「…何じゃ?」 「このポインセチアの花言葉は、大切な人の幸せを祈る、っていう意味なんです」 そっと、花束を差し出す。すると老人は微かに目を見開いて、俺が差し出した花束をそっと受け取ってくれた。糊付けされていない封の開いた封筒を開けて、その場で手紙を読む。 そしてそっと、涙を流して見せた。 「そうか…孫が、できたのか…」 ぽつりと、老人はそう呟いた。後ろめたいながらも読んだ手紙から察するに、息子さんはこの老人に勘当され出て行ったらしい。そしてその時かけおちして一緒になった女性との間に子供ができ、今まで反抗ばかりして申し訳なかった謝罪の気持ちと、離れていても、父親である老人の幸せを祈っている、という想いをこめて、花束を贈った、ということなのだろう。 ぐす、と手の甲で涙を拭うその姿に、俺も静かに頷いた。ありがとう、と老人の言った声が、帰りの道を走っている中、ずっと耳に焼き付いていた。 * * * * 「昨日教えてもらったアレ、早速使わせてもらった」 「へ?」 間抜けた声だな、とザックスのあほ面を見ながら、俺は本を見たまま内心クスリと笑む。 今日も仕事を無事終えて、今は一日の中で一番楽しみな自由時間。 相変わらず風呂上りは半裸の恰好が定番の子犬が、また俺の隣に腰掛けてきた。 「昨日教えたのって、ポインセチアの花言葉のことか?」 「ああ」 「ふぅん?何でまた?」 「…今日、仕事でちょっと、な」 「何かあったのか?」 「企業秘密」 「ちぇ、何だよそれ」 ぷっ、と笑いながら、ごろりとザックスが寝転がる。 大切な人の幸せを祈る。質素だが、身に染みる言葉だな、と反芻しながらつくづく思う。 「クラウドにとって、幸せを祈る相手って、誰だ?」 「…人の心の中を読むなよ」 「だって俺、クラウドのこと何でも判っちゃうから」 「言ってろ、バカ犬」 「で、誰?」 「…言わなくとも知ってる癖に」 「言葉で聞きたいんだよ」 そう言って、座っている俺の腰回りにまとわりついてくる。半乾きの髪の毛を撫でてやりながら、俺はふと笑った。 「ザックス、」 「ん?」 「一緒に居てくれて、ありがとう」 「…おう」 きっと、結婚というのはこういう感じのことを言うのかもしれない。 俺とザックスは同じ男同士だけど、俺はザックスがザックスだから好きになった。 一緒になって、これから永い時間を伴に過ごして。 どちらかが先に亡くなって、それでも、大切な人の幸せを祈って。 静かに、生を遂げる。 そんな幸せをくれたのは、間違いなくこの男と、今、俺を思ってくれる家族とも呼べる存在のおかげで。 あの老人のことが、脳裏を過ぎる。 いつか、時間をかけてでも、あの老人と息子夫婦が、会えますように。 互いの想いが、届きますように。 そして、静かに生を遂げることが、できますように。 この祈りが、すれ違いながらも、想い合っている人たちに。 どうか、どうか、 …届きますように。 静かな夜明け (そんな夜明けが、いつか来ることを願って…) |