10親子in異説。ブリッツのコートがあったら、な話。








































これは、夢だ。
















自身にそう言い聞かせた。だってそうじゃなかったら、異世界の筈の此処がスピラだって思ってしまうから。目の前には、大きな水の球体。これは間違いなくブリッツのコートだ。心なしか周りの風景もいつしかスピラで旅をした時に立ち寄った所と似ている気がする。俺は思わず引き寄せられるように球体へと近付いた。そっと水に触れれば、甘い痺れが指先から俺の全身へと伝っていく。
この世界に来てから、ずっと想っていたことがあった。水を見ると、何だか胸の奥が締め付けられて、でも身体はうずうずして。思わず意志とは関係なしにそこに飛び込みたくなるような、抑えられない衝動に駆られて。ブリッツのコートだ、って思ったのだって、本能がそう想ったから。ブリッツって単語とそれに俺が深く関わってたのはこの世界に来てから朧げながらも覚えていたけれど、でもこの水に触れてはっきりと解った。俺は元の世界で、『エース』だったんだ。
親父を越えたくて、必死につかみ取った俺の地位。でも、まだあいつには敵わない。この世界でもそれは同じで、球体を睨みつけてから、ざば、と思うより先に身体が水の中へと入った。久しぶりだ、と俺の身体と心が、奥底から歓喜に奮えた。水の中なのに暖かい、と感じるのは気のせいだろうか。俺の前世は魚だったのかと思うほど、普通に空気に触れて過ごすよりも心地が良かった。しばらくゆったり泳いでいると、向こう側に人影が見えた。こんな所に居る奴なんて思い当たるのは一人しか居ない。案の定、親父だった。あっちも久しぶりだったからなのか、いつもよりもにやつきながら俺を遠くから見ていた。気づけば、ボールがコートの中央にある。一瞬呆気に取られたが、親父を見た。血は争えない、とはこういう時のことを言うんだっけか、親父もボールを見た後に、俺を見て笑った。挑発するように、わざわざ指を立てくいくい、という仕種も交えて唇の端を吊り上げる。威厳だけは立派な親父の雰囲気が一瞬にして変わるのが解った。ぞく、と背筋が粟立つ。考えてみたら、俺がずっと目標にしてた奴とブリッツで戦えるなんて、本当に夢のような話だった。
俺が先攻で良いらしい、後方まで移動した親父が構え、俺はボールを手にして正面を見据えた。何だか、ワクワクした。興奮し過ぎて、ボールを手にしている指先が震えている。きっ、と親父を睨みつけて、一気に泳ぐ。親父が腰を落として両腕を広げた。俺は勢いを落とさず、避けることもせず正面から体当たりをするように親父の胸元目掛けて肩から入る。ごぼぉ、と互いの息が泡と共に出ていく。親父が俺を受け止め、水中とは思えないほど速く、重い蹴りを俺の腹へとぶちこんだ。何て重い蹴りだ、と心の中で悪態を吐きながら手から離れてしまったボールを取ろうと翻せば、親父もボールを目指して泳ぐ。寸での所でボールを奪われ、親父は余裕の表情を浮かべながら俺を一瞥した。その目がまたむかついて、猛スピードで親父を追い掛ける。視界には親父しか映っていない。ぐる、と親父の目の前まで回り込み、親父がシュートを取る態勢を取るがそれに引っ掛からずに、俺は一歩後退した。今のはフェイクだ。親父が一瞬目を見開き、また細めて笑った。親父らしかぬ姑息な手段だ。いつからアンタのプレーを見てると思ってるんだよ。小さい頃から、ずっとだぞ(まぁ
それは今思い出したんだけどさ)。すぅ、と親父が目を細める。来る。そう思うのと同時に親父が動く。速い。数あるチームでも精鋭だけが募るザナルカンドエイブスのスピードNo.1と云われた俺よりも、親父の動きは速く感じた。ぞく、とまた背筋を電流が駆けていく。腰を落として向かってくる親父を迎え入れる。負けられない、負けたくない。でも、もう勝つとか負けるとかどうでもよかったのかもしれない。
「うおおおああああ!!」
どっちの叫びか解らなかった。互いに獣みたいに吠えて、ぶつかった。がつん、と大きな衝撃が襲ってくる。そして向こうに吹っ飛ぶ親父を見て、ざまぁみろと思ったのと同時に、俺も場外へと吹き飛ばされたと気付くのだった。





















(嗚呼、愉しい)

























感じたのは、ただそれだけ。





















* * * *


「おい、クソガキ」
地面に未だ大の字に寝てる俺の視界に、大嫌いな糞親父が入ってきた。片手には、やっぱりブリッツボールを手にしている。
「いつまで寝てやがる、いい加減起きやがれ。それとも何か?このジェクト様の本物のプレーに酔っちまったかぁ?」
「…言ってろよ、バーカ」
相変わらず人を小馬鹿にするのが好きな親父様だ。起き上がろうとすると、親父は寝ている俺の隣に腰掛け、手持ち無沙汰にボールを弄り始める。さぁ、と風が吹いた。無言の俺達の空気の間に流れていく風が、ひどく心地が良い。
「…なぁ、クソガキ」
「…何だよ、糞親父」
「今から言うのは独り言だ。だからいちいち反応なんかしてぴーぴー騒ぐんじゃねぇぞ」
「…は?」
親父の方に顔を向ければ、親父はいつも見せないような笑みを浮かべてみせる。何だその笑顔、何かアンタがそんな表情するの気持ち悪いっての。
「俺ぁな、ずっと夢があったんだ」
「…ブリッツのキングになることが夢なんじゃねぇのかよ」
「良いから黙って聞け。確かにな、俺はブリッツの才能を持っていたが故にザナルカンドで地位も名誉も手に入れた。男女子供老人関係なく、俺を知らない奴は居ないくらい、俺は国民的英雄と云われても過言ではない存在になった。けどな、いつしか足りなくなったのさ。頂点にのぼりつめた所で、俺を倒せる奴は居なくなった。それが俺には、張り合いない生活になっちまった。ブリッツのキングジェクトとしては、皆が俺を認めてくれる。けれども誰も俺を俺としては見てくれない。気付いたらそんな所に来ちまったんだなって、後になって気付いてもそらぁ後の祭りってやつだった」
ごろ、と親父も俺のように寝転がる。多分初めて聞く親父の独白と本音に、俺は素直に耳を傾けていた。
「けどな、そんな俺にもいつしか夢が出来た。それがお前だ、クソガキ」
「…俺?」
「お前がでかくなったら、ブリッツで闘いたい。俺はいつからかそんな風に想うようになった」
今度は、俺が目を見開く。そんなことを考えてるなんて、全然知らなかった。だって無理もない。これも今さっき思い出したけど、親父は突然俺とお袋の前から姿を消したんだから。
「ずっと夢に描いていたことが、今本当に実現したのが俺は無性に嬉しい。まぁ、何だ。俺も大概、素直になれねぇ質だからな。現実だが、これは夢なんだと思いながら聞いといてくれや」
俺は、空を見上げ嬉しそうに語る親父の横顔を見つめる。唇を噛む。目の奥が少し熱くて、鼻の先がツンとした。
俺も、ずっと思い描いていた。どこかで、ずっと。俺が剣を持って戦うのだって、ただ、親父に認めて欲しかったんだ。頑張ったなって、ただ言ってほしかったんだ。なぁ、これは夢なんだよな。だってあの糞親父が、人を小馬鹿にしてばかりの親父が、俺をこんなに素直に認めるなんて。夢以外、有り得ないだろ?
「家族…か」
ぽつりと、親父が続ける。俺は視線を、親父から空へと変えた。
「なるほどな、こうして、血ってのは受け継がれていくんだな…」
――――こういうのも、悪くねぇな。
ぐ、と強く強く唇を噛み締めた。なぁ神様、今だけ信じる神様、或いはコスモスでも良い。今この時だけ、スゲー感謝するよ。声を大にして、有難うって言いたい。これが夢だとしても、俺は心の底から嬉しいよ。
「何だ、結局泣くんだな、お前ぇは」
「うるさいってーの!」
泣き顔を見られたくなくて、ごしごしと顔を乱暴に拭ったあと、ごろりと寝返りを打つ。隣で、親父が起き上がる。ざり、と地面を踏む音。
「お前ぇのさっきのプレー、なかなかに沁みたぜ」
じゃあな、そう言い残し親父はその場から静かに去って行った。気配がなくなってから、俺もむくりと起き上がる。未だ浮かぶブリッツのコート。見つめていると、空間の輪郭があやふやになって、それらは全部幻光虫になって溶けて消えた。ふよふよと漂う光は、やはりどこか懐かしい。手を伸ばせば、幻光虫が俺の掌の中に止まり、やはり消えた。空間は、気付けば皆が居る陣営の近くだった。遠くに、皆の姿が視界に移る。
俺は皆が居る陣営へと、ゆっくりと歩き出した。やはりさっきまでの出来事は夢だったのではないか、そう思ってしまう。でも、胸の奥には未だ炎が燻って燃えている。親父と戦った時の感覚、身体が覚えていて。最後に言った、親父の言葉が、らしくなく頭から離れない。
「…こういうのも悪くない、か」
確かにな、と俺も同意する。いつか醒める夢だとしても、夢の終わりには、きっと光があるんだって、今なら思える。なぁ親父、全部終わったら、俺達元に戻れるかな?戻ることが無理だとしても、やり直すことはできる、よな?






















その時は、絶対アンタをこの手で倒す。
そして、アンタを越えてやる。





















誰かの、歌が聴こえた。
タイトルなんて知らない、でも、やっぱりどこかで聴いたことがある歌。
この世界に来てから戦う敵のイミテーションの中に、知らないけれど知ってる奴が居る。
何だか、そいつの顔が脳裏を霞んだ。
やっぱり何でかは解らないけれど、自然とその歌を口ずさんでいた。
遠くに居る親父も、今頃この歌を唄っているのだろうか。
そんなことを祈るのに微かにくすぐったさを感じながら、俺はもう一度空を仰いだ。





夢のわり
(でもそれは、きっと夢じゃない)



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