ジェクトさんが消息不明になってから、あれから幾年の月日が流れていた。小さかったティーダはすくすくと成長し、俺よりはまだまだ小さいがすらりとした手足に焼けた浅黒い肌は健康的で、大きな丸い目元は少しだけ大人っぽくなった。俺はというと、父親との確執は相変わらずなまま、学校を卒業し、そのあとはビサイドの自衛隊に所属していた。そこに入った理由はいたってシンプルだ。早く俺自身、父親の世話にならずとも一人前になって何でも自分の手でやれるようになりたかったから。父親と今更仲直りしたい訳でもない。だからあれ以来、俺から話を振ることもほとんどない。どこかでこれじゃダメだということも解っている。けれどもそれ以上どうしたらいいのかも解らなくて、結局そのまま。もうあれから11年も経つというのに、全然変わることも変わろうともしないガキな自分に溜息しか出なかった。俺は28、ティーダは16。月日というのは存外あっという間なのだなと、今日も平和な浜辺を歩き散歩がてら見回りながら、そんなことを考えた。


* * * *


ティーダとも、微妙な関係がずっと続いていた。あの日以来、嫌われてもおかしくない態度を取った俺に対し、妙に後をくっついて歩いてくるのだ。嵐の中一人浜辺に居たティーダは、膝を抱えて波打際に座っていた。ジェクトさんが消失した浜辺だった。いくら父親のことを嫌っていたとしても、まだ5歳だ。小さなティーダには父親が蒸発したことなど理解できる筈もなく、それから一ヶ月間ずっとその浜辺に通っていた。夕方、夕陽が傾く時間には家に帰ってきて、しかし我が儘をほとんど言うことなく、従順で喜怒哀楽をはっきりさせる子供だった。けれども泣く姿は、人前では絶対に見せなかった。島中の人がジェクトさんの消失を悲しむ中、ティーダは一人笑って耐えていた。その姿を時々見て、やはり俺はどう声をかけて良いのか解らなかった。こちらとしては父親に勝手にティーダの面倒を押し付けられたのだ。良い迷惑だと、最初は思っていた。だから素っ気ない態度しか出せなかった。
けれども、ある日ティーダは浜辺には行かなくなった。決まった時間に決まった場所で堪えて必ず夕方には家へ帰ってくるサイクルがぴたりと止まった。何故やめたのか聞いてみた。
「だって、もうまってもかえってこないんだなって、おもったから」
子供の癖に生意気な、と素直に思った。だが、確かにその通りだった。警察の捜索も完全に打ち切られ大した証拠や確証がないまま終わった事項に対し、ティーダは子供ながらに客観的によく見て、理解したのだろう。その言葉にいろいろな想いがこもっているのだろうことはよく解った、だが、何となく冷めた態度に腹が立ったのも事実で。そうか、と俺はただ頷いた。ティーダは、ぐす、と僅かに鼻を啜りながら泣くのを堪えていた。ちらりと見遣れば拳を真っ白になるまで強く握り、自身の服の裾を掴んでいた。普通なら偉いな、と褒めるべき所なのかもしれない。けれども、褒めてなぞやるものか、と俺もなにかに対抗するように強くそう思った。


* * * *


それでもティーダは俺に懐いた。俺としては適当にあしらっているだけのつもりで接していたのだが、ティーダは何か違うものを感じているのだろうか、あまりお互い深くは干渉しないので解らないが、自衛隊の寮で暮らしていた時期は家に帰れば、ティーダはまるで尻尾をはちきれんばかりに振る犬のように喜びをあらわにし、俺の帰宅を出迎えてくれた。俺自身、未だにティーダへの扱いをどうして良いものか悩みあぐねているのも事実。今は自宅から隊に通っているためまた寝食共にしているが、年々ティーダは大人しい子供から騒がしい少年になった。それほど俺に対して心を開いてくれた証なのだろうか、元来ティーダはこういう賑やかな性質なのだろうと、一方的に話される内容を右から左に流しながらそう思う。
今日は非番でティーダも学校もブリッツの練習も休みらしく、どこかに遊びに行かないかとひどくせがまれた。
「なぁースコールー、たまにはどっか遊びに連れてってくれっスー」
「…一人でどこか遊びに行ってこい。俺は生憎忙しい」
「ソファで寛いで雑誌を読むのが?」
「ああ、暇という休日を過ごすのが忙しい」
きぱりとティーダに見向きもせずそう言ってやると、ティーダは更に仏頂面をして俺の首の後ろから抱き着いてきた。最初は、思わずびっくりして勢いのまま背負い投げをした。俺はまずいと思ったが、ティーダは大きな目をきょとん、とさせたがもういっかい!と強くせがんできた。背中を強打した癖に痛みはそっちのけで投げられたことが楽しかったらしい。今はもう慣れた所為でさすがにそんなことはしないが、以前よりも身長がぐんと伸びたので勿論体重もかさむ。重いと感じながらもいちいち構っていられないので無視を決め込んだ。ティーダはむー、と呻きながら俺の肩に顎を乗せる。無視を決め込んで構う気が俺にはないと判っても離れる気はないらしい。ぺらりと次のページをめくった所で、なぁ、とティーダはまた話しかけてきた。
「スコールは、何で自衛隊入ったんスか?」
「…それを聞いてどうする?」
「今後の参考にしようと思って」
(何の参考だ…)
はぁ、と溜息を吐きながら俺は雑誌を閉じた。ティーダがやっと離れる。そして俺が構う気になったと理解した途端隣に腰掛けてきた。
「…そうだな、誰の手も借りないで、自分だけの力で生きる為、といえば良いか…?」
「自分、一人…?」
ティーダが、俺の言葉を復唱する。そうだ、と俺はそれに対し低く同意し、また雑誌を開く。ぽつりと、ティーダが呟いた。
「自分一人…、ていうのは、寂しくないんスか…?」
「…寂しい?」
真っすぐ、ティーダが青空色の瞳をこちらへと向けてくる。それはどこか悲しそうな色を含んでいた。そういう目をティーダがするのは、ひどく久しぶりに感じた。あまりティーダをちゃんと見てこなかったからか、それともティーダ自身そういった感情は極力出さないようにしていたからか。いずれにせよ泣きそうな目をされたのは久しぶりで、また俺は逡巡する。いい加減慣れれば良いのに、こういったことは一向に慣れない。最早面倒だ、という気持ちが先行して、寂しいという感情に対し答える気にもなれなくて、雑誌をテーブルに投げるように放ると、そのまま答えずティーダの横を通り過ぎて、俺は家を後にした。今日はまたずいぶんと日差しが強い。南の島の四季はほとんど変わることがないから、昔生まれた土地でしばらく過ごしていたそこが妙に懐かしく思えた。ティーダほどではないが、さすがに少し肌が昔に比べたら黒くなった気がする。俺自身この土地に馴染んできていても、ティーダと馴染むにはまだまだ時間がかかりそうだと、辟易した。



夜。夕飯はティーダが作ってくれたらしい焼きそばだった。父親は相変わらず仕事人間なのでほとんど家には帰ってこない日の方が多いから、自ずと料理は覚えた。ティーダは先に食べ終わると、キッチンの流しに食器を置いて動かなかった。その背中は心なしか暗い。
「あの、さ…」
遠慮がちにかけられた声はひどく小さい。昼間、俺を怒らせたと思った罪悪感からなのだろうか。俺は箸を進めながら何だ、と続きを促した。ティーダはちらりとこちらを見遣る。
「そろそろ進路、決めなきゃいけないんだ…」
「ああ」
もうそんな時期か。けれど、ティーダの歳で就職するのは不景気な最近では難しいだろうなと他人事のように思った。
「それでさ、俺も、スコールと同じ所入ろうかな…」
「何…?」
ぴく、とこめかみが疼き、思わず箸を止めた。ティーダを睨むように見れば、また泣きそうな顔で俯いていた。同じ所で寝食共にしている奴(一応家族ではあるが)と職場まで同じなんて冗談じゃない。甘い考えを口にしたティーダに腹が立って、俺は食べるのをやめた。そしてティーダに聞こえるように大きな溜息を吐いた。ティーダは慌てて俺の向かい側に座る。
「俺も、俺も自立したいんだ!スコールの迷惑にならないように、自分一人でちゃんと生きていけるように!!だから…ッ」
「もう十分、迷惑だ」























それは、絶対に言ってはいけない一言だった。























別にティーダは悪くない。寧ろ大人の手を患わせない、聞き分けの良い子供に分類されるだろう。だがあの日から、俺は一方的にティーダの世話係を父親から押し付けられた。そこから、俺はティーダをただの迷惑な子供としか見ていなかった。実際ティーダが今まで俺に今のように我が儘を言ったことがあっただろうか。答えは否、だ。初めてだった。ティーダが俺に我が儘を言うなんて。
悪いのは、大人気ない俺自身。ティーダはこんなにも心を開き、ただ俺に認めてほしかっただけであろうに、俺はティーダのその意思を聞くこともろくにしなかった。
「…そっ…か。ごめん…っス…」
「………っ」
今なら、まだ間に合う。一言言えば良い。ただ、済まなかった、今のは言い過ぎた、と。言葉がうまくでない。空気に溶けて、消えていく。
「一つだけ、教えて欲しいっス」
「…何だ?」
「昼間にスコールが言ってた、一人で生きていく為ってアレ、…家族である俺の力も、必要ない、ってこと?」
「………………」
答えられなかった。事実その通りだったし、伝えた所でまた傷つけるだけだ。だから、どうして良いのかまた解らなくて、言葉が全く出てこなかった。ティーダは儚い笑顔を浮かべながら、うん、と頷いた。
「ごめん、今の話、忘れてほしいっス!」
ほら、早く食べないとさっさと片付けるっスよ!
促され、俺はまた黙々とティーダの作った焼きそばを食べはじめる。正直食欲もなくてきつかったが、けれども残してこれ以上険悪になるのもきつかったので、無理矢理胃にかきいれた。




























心のどこかで解ってはいる。
もっとティーダに対して優しくしてやれば良いこと。
ちゃんと見て、家族として意見を言ってやらなければいけないこと。
けれども俺には、それが出来ない。
普通はそれが出来るのかもしれない、だが俺にはそれが出来ない。
俺は怖いんだ。
他人を見るのも自分が見られるのも。
それが例え誰であれ。
父親でも、ティーダでも。
母を亡くした日、あんなに傷つくならいっそもう誰も愛したくないとすら思った。
裏切られるのが、置いて行かれるのが怖いんだ。
未だにそんな理由で他人と距離を置く自分は何て臆病なんだと、鼻で笑いたくなる時がある。
それでも、俺にはティーダをちゃんと見ることが出来ない。
そんな責任、俺一人何で背負わなければいけないんだ。
また、あの日のように泣きたくなった。
へたれだとか格好悪いだとか好きに言えば良い。
なら、どうしたら他人に対して優しくしてやれるのか教えて欲しい。
自室のベッドで、ティーダの儚い笑顔が脳裏を過ぎる。
胸の奥が痛い。
ジェクトさんが居なくなって11年目の夏の終わり。
この気持ちは、まだ晴れそうもない。




















進めない
(いい加減一歩を踏み出せない俺は、どうしたら良い?)



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -