※パロ、8が17歳、10が5歳。10親子のお隣さんに引っ越してきた8親子。






























一年前、海が比較的綺麗なこの小さな島に俺達親子は引っ越してきた。姉も自立し、家庭を持った今では、家の中は父と俺だけという何ともむさいこの暮らし。フリージャーナリストの肩書きを持つ父はいつだって忙しそうで、遊んでもらった記憶なぞあまりない。母も俺が小さな頃に既に他界している。だからか何なのか、ともかくよく解らないが父のいつもの独断で都会から急に島国へと引っ越した。元々そんなに友達と呼べる人間が周りに居ない俺にとっては、全く何の問題もなかったので、引っ越すと云われた時に素直に頷いた。
ビサイド島というらしいこの島の気候は、南国に位置するだけあって暑かった。以前住んでいたバラムはあまり暑すぎず寒すぎずという土地だったので、いきなりのこの暑さに耐え切れるか、不安になった。それから、唐突に広大な海が視界に入ると、じわりと目元が滲んだ。何だかよく解らないが、無性に泣きたい気分だった。姉とは仲が良かったが、父とはそんなに仲が良い訳じゃない。むしろ、母が亡くなる直前、父は仕事が忙しくて母の危篤の時も傍に居なかった。家族を想っていない訳じゃないんだよ、と姉に諭されたこともあるくらい、俺は父をどこかで軽蔑していた。
いつだって、孤独だった。それゆえに、この広く澄んだ海を見てると、どうにも胸がいっぱいになってくる。ぐす、と鼻を啜ると、さく、と後ろから誰かの足音がした。視線をやれば、小さな足だった。辿っていけば、ぴょんぴょんと髪の毛をあちこちに跳ねさせた金色に、青空色の瞳を有した少年が、バケツとシャベルを持ってこちらを見つめていた。
「…げんきだせっす!」
子供に慰められるくらい、今の俺は酷い顔だったのか。そう思うと、余計に落ち込んだ。



少年はティーダという名前で、元気が有り余っているくらいとにかく騒がしい子供だった。元々この性格だ、子供は苦手だった。しかもあろうことか俺の家のお隣さんというやつだった。引っ越して挨拶に行った初日、ティーダの父親のジェクトさんと俺の父は直ぐに意気投合したのかずっと飲み続けていた。静かな日常から騒がしい日常へと切り替わっていくことが不満じゃない訳じゃない。こっちのことなんかお構いなしに定期的に飲み会を開いては飲み続ける父親達を見て更に自分の中で感情が冷めていくのが解ったが、不満を言った所で事態が変わる訳でもない。だから、黙ってそれを飲み込んで、俺はさっさと自分の部屋に避難していた。そんな時、決まってティーダが俺の後を着いて来る。だが子供の相手なんかするつもりもない俺は、ティーダのことを放って置いた。そのうち父親の元へ戻るだろう、と。ところがずっと俺の部屋に居て、何をするんでもなく、俺の邪魔にならないように、ベッドの隅に膝を抱えて丸まって居るのだ。喚くことも泣くこともしない。普段騒がしい姿を目にすることが多いだけに、180度違う態度をする子供の姿を見て俺は内心驚いた。
「…父親のこと、」
「…?」
「嫌い、なのか…?」
思えば、ティーダがジェクトさんの後を着いて歩く姿をそんなに見たことがない。お隣さんとはいえ赤の他人、まして親子関係に口を挟むのはどうかと思ったが、純粋に聞いてみた。ティーダは一瞬大きな丸い瞳を潤ませると、直ぐに視線を膝に戻して、小さく呟いた。
「うん」
――――きらいっす。
その姿に、何となく自分を重ねながら、そうか、と俺も呟いた。そうして何となしに頭を撫でてやると、いっちょ前に「こどもあつかいするなっ!」と強い口調でいわれた。けれども手を跳ね退ける気配はなかったので、俺はしばらく柔らかい金糸を堪能していた。


* * * *


一年経てば、それなりにいろいろ慣れてくるというもの。買い物の行き方や食材の種類や気候、父も相変わらず家を空けることが多いから、ほぼ一人暮らしのような感じで、それなりに適当に過ごすようになっていた。この島の人々は皆おおらかで、学校も比較的直ぐに馴染めた。ある日、嵐が近づいてくるからそれぞれ気をつけるようにと、わが家にある古いテレビはノイズ混じりにニュースをそう読み上げる。やがて夜になるにつれて窓がガタガタと音を立て、風が強くなってきたそんな中、父から電話を貰い、気だるげに受け取った瞬間、一瞬時が止まった気がした。



ジェクトさんが、亡くなった。正確には、消息不明、らしい。ジェクトさんはブリッツという水中スポーツの選手らしいのだが、いつものように海に泳ぎに行ったまま帰って来ないという通報を受けて、捜索隊も探し回ったらしいのだが、いかんせん嵐が酷く、捜査は日が変わってからということになった。通報をしたのは、ティーダだった。やはり泣くことも喚くこともなく、その口調はどこか淡々としていた、とは通報を受けた捜査員談なのだが。
「ティーダくんを、家で預かることにした」
「…は?」
父が何を言ったのか一瞬理解出来ず、また時が止まりそうになった。相変わらずガタガタと、おんぼろなわが家の窓は派手に音を立てている。父は柄にもなく真剣な顔だった。しかし俺も真剣に父に問い詰める。
「何で家で預かるんだ…?」
「捜査員の人にも聞いたが、他に身寄りがないらしい」
父が溜息を吐きながら、父がこめかみを押さえる。ジェクトさんが突然居なくなったことが堪えているのか、いつもの父よりも幾分か弱気に見えた。
「…ジェクトの奴がさ、笑いながら言ってたんだよ。俺に何かあったら倅の面倒頼むって。まぁ冗談でも俺が死ぬ訳ねーけどなって、言ってた…ばかりなのにな…ッ」
目元をくしゃりと歪ませて、父が鼻を啜る。きっと、ジェクトさんを慕っていた人誰もがそうしたいに違いない。ジェクトさんは、この島ではちょっとした有名人だった。学校の連中も、ジェクトさんを慕っている人達が多かった。…俺も苦手ではあったけど、嫌いではなかった。粗野で口は悪いし直ぐに手も出てくる人だったけれど、どこか暖かい人だった。そんな人がもう居ないんだと思うと、確かに俺の胸の内もしっくりこなかった。父はもう一度鼻を啜り、乱暴に手の甲で目尻の涙を拭いながら俺に言う。
「それから、ティーダくんの面倒お前が見ろよ」
「…は!?」
何で俺が、と言いたかった。こればかりは主張したかった。でも、父はいつもと違い目を鋭くさせながら、あいつの想いを無駄にするな、と低く呟いた。
「それに、ティーダくんはお前に懐いてるみたいだからな。俺が出る幕じゃない」
「…っ」
(何で、いつもそうやって勝手なんだ…!)
声にならない声で呻いて、ぐ、と拳を握る。いつもそうして面倒事を押し付けて、母さんが死にそうな時もぎりぎりになる時まで来なくて。いつもいつも、アンタは仕事ばかりで、俺のこともちゃんと見てくれなくて。思わず、テーブルの上のテレビのリモコンを投げつけた。ガンッ、と派手な音がして電池と蓋がばらばらに転がる。父は目を僅かに見開かせて俺を見た。俺は何も言わず、嵐の中外へとサンダルで飛び出した。


* * * *


家から10分くらいの所に、砂浜がある。嵐は酷くなる一方だと解っていても、何となく海を見たかった。辺りは真っ暗で、風も酷い。とにかく砂浜を目指して走っている途中で疲れて、歩きはじめる。気付けば砂浜に着いて、荒ぶる波打際へと近づいた。ばしゃばしゃと、塩水が足へと当たる。普段真っ青な海と空は、今はこんなにも暗い。真っ暗闇な海は、こんなにも暗いのかと、改めて思い知る。風は更に強くなって、ちゃんと立ってられない。そのまま後ろへと倒れると、どちゃりと背中に泥水と砂が付着した感触がした。汚れようが何だろうが構わなかった。ただそうしたかった。打ち付けてくる雨が痛くて、それにまた目元を歪ませる。むくりと起きれば、向こう側に見慣れた金色が見えた。家をいつの間にか抜け出してきたのだろうか、いつからそこにティーダが居たのか俺には解らないが、髪の毛も洋服も酷い有様だった。面倒だがこれから一緒に暮らすのだから連れて帰らねばならない。気だるげに歩いて近寄っても、ティーダはぼーっと立ち尽くしたまま動かないでいた。雨に張り付いた前髪や服が気持ち悪い。おい、と俺は語気を荒くさせながらもティーダに声を
かける。
「…帰るぞ」
「………」
「こんな所にずっと居るつもりか?死ぬぞ?」
「………」
反応はない。だんだんイライラしてきて、首根っこを掴むと、乱暴に振り払われた。
「かえらないっ」
反抗的な青空色が、俺を睨みつける。またその態度に、俺は苛立ちを募らせた。
「じゃあ父親の後を追いたいのか?なら勝手にしろ。俺はお前なんか知らない」
「…っ、やだ!!」
小さな手が俺に縋るように、今度は服の裾を掴まれた。その小さな手に、吐き気がした。理解出来なくて、本能的に俺もその手を振り払う。子供は大きな目を潤ませて、泣きそうに顔を歪ませる。唇を噛み締めて、わなわなと身体を震わせている様は、いっそ滑稽に思えた。
「いや…いやっす…だって、かえったって、おや…とうさん…がッ…!…ひ…ぅ…ひっ…」
「………」
やがて、子供は大声で泣き出す。そうして、また俺の服の裾を強く掴んだ。俺はだんだん面倒になってきて、子供を抱え上げる。ティーダは小さな身体全身を使ってわんわん鳴いた。とうさん、と、やっぱりきらいだ、と言いながら、とにかく泣き喚いた。初めて、ティーダのそんな姿を見た。そんなティーダを見て、俺も何だか泣きたくなった。これからこいつの面倒見なきゃいけないんだっていう面倒臭さとか、さっき父に対して反抗的な態度をとってしまったこととか、いろいろ。嗚呼、ほんとうに面倒だ。
(泣くなよ…)
泣きたいのは、こっちの方だ。
それでも、縋り付くティーダの手を払いのけることはできなくて、腕の中の重みを感じながら、俺は嵐の中家に帰るまでの道のりをぼんやりと歩いていた。























巻き戻せない
(泣き喚いたところで、現実は変わらない)



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