『憧れていたんだ、その真っ直ぐな想いと、強い眼差しに』 そう云った時の彼の瞳は、悲しいような寂しいような、複雑な色が混じりながらも綺麗だと思う色だった。 「今日はこの辺りで休憩にしよう」 リーダーであるウォルの一言に皆も頷き、それぞれ分かれて作業に入る。バッツはテントを組み立てる面子の中に入っていたのでティーダやスコール、クラウド等と共に声を掛け合いながら骨組みをしていた。 元居た世界でも一人旅がほとんどだった故に、バッツにとってはこれくらいお手の物だった。バッツの指示で三人はテキパキと動き、そのお蔭でテントはあっという間に出来上がった。 「俺とスコールは食べ物と水の調達手伝ってくるっスね!」 「了解、じゃあこっちは辺りに敵が残って居ないか見回りに行ってくるよ」 半ばスコールを引きずるように走って行ったティーダを穏やかな笑顔で見守りながら、バッツはふとクラウドの横顔を見つめた。 「クラウド、暇なら一緒に見回り行こうぜ?」 「ああ」 静かに頷いたクラウドを一瞥しつつ、バッツは出発、と元気良く先頭を切った。 この世界には自然という自然がほとんどない。たまには動物と戯れて癒されたいなぁと思うものの、世界の滅亡が迫っているのを防がねばいけない身としてはスコールやウォル等に気合いが足りないと怒られるかもとまたも呑気に考えた。 ざり、と砂の地面を踏みしめる。視界には暗闇の空が広がっていて、バッツとクラウドを大きな月がよく照らしていた。 気付けば遠くまで来たが、敵の気配はないようだ。 ちら、ともう一度クラウドを一瞥する。此処まで来るのに互いに無言であったが、別に悪い気はしなかった。クラウド自身寡黙なことを知っていたから、バッツも無理に話しかけるようなことはしなかった、ただそれだけだ。 「クラウド、敵の気配もないみたいだし、戻ろうぜ」 「そうだな、…随分、遠くまで歩いてきたんだな」 クラウドが向こうに見える小さな灯りを見ながら、呟く。あーあ、とバッツも同意するようにぼやいた。 「こんな時にチョコボでも居ればあっという間なんだけどな」 「…アンタの世界にもチョコボは居るのか」 「ああ、居るよ。俺の相棒も立派なチョコボだぜ。あの大きな瞳とふっかふかな毛並みがすごい可愛らしいんだよな〜」 「アンタの無類のチョコボ好きだという噂は本当だったんだな」 「誰がそんなこと言ってたんだ?」 「ジタンから聞いた」 あの小猿め、いつのまに、とバッツは眉を顰める。まぁ別にそこまで困る内容の噂ではないが、今度何か仕返しをしてやろうと考えていると、ふと視線を感じた。 「どうした?」 クラウドは立ち止まって、熱っぽくこちらをじっと見ていた。あまりに真剣なその視線に、バッツは一瞬どきりとする。 「アンタは、」 「?」 「良いな、アンタは…」 自由な風のようで、羨ましいよ。 小さく呟かれた言葉は、まるで叶えられない願いのようにも聞こえた。何となくクラウドの顔が泣きそうなそれに見えて、近寄って、自分と同じかそれよりも些か低い頭をぽん、と撫でた。 抵抗はないが、やめてくれ、と力無く笑われた。 「羨ましいのは、俺の方だけどな」 バッツも、そんなクラウドに小声で返せば、月に照らされた綺麗な顔が上げられた。苦笑しながら、癖のある金糸を撫で梳くように、バッツは続ける。 「だってさ、クラウドは本っっっ当に、」 「?」 「イケメンで狡い」 「……………は?」 クラウドの顔に罅が入った。あ、今のはちょっとイケメンが台無しかもしれない、と笑いながらもバッツは撫でる手を止めなかった。 「だってそれだけで女の子にモテるし、男の俺から見ても良いなって思うぜ?」 「…アンタ、一遍星に還ってみるか?」 真面目な、そして睨みつけるような眸で射抜かれて、バッツは冗談だって、と笑った。バッツの手が煩わしくなったのか手を乱暴に振り払うと、さっさと皆が居るテントの方に戻ろうと大股で歩き出す。 思いの外子供っぽいその態にまた笑いがこみ上げてきて、その後ろ姿を追いかけた。 「まあ待てって。クラウドも案外ムキになりやすいんだな。初めて知ったよ」 「…五月蝿い。アンタに少しでも羨ましいとか思った俺が馬鹿だった」 「でも、俺は本当にクラウドが羨ましいけどな」 「またその話か?そういうのは悪いがもう御免だ」 「だってさ、クラウドが綺麗なのは外見だけじゃないって、皆知ってると思うけどな?」 ぴた、とクラウドの歩みが止まる。バッツが俯いたクラウドの顔を覗きこむように下から見てみると、顔を逸らされた。耳元が赤い。どうやら恥ずかしいらしい。 またそんなクラウドの新たな一面を発見して、バッツはにんまりと笑った。 ぽん、と肩を叩く。 「少し、話でもしようぜ」 「…別に、アンタと話すことなんか」 「まあまあ良いから、ほら、座って」 有無を言わさず、クラウドを無理やり座らせて自分もその隣に腰掛けると、星が綺麗に闇夜の中で輝いていた。 最初は、冷たいな、と思った。 瞳の色は、空のような海の底のような、それでいて森の緑を混ぜたような、角度や光の具合によって煌きを変える色が印象的だった。 外見はまるで女のように綺麗であったので、それを素直に口にしたらしばらく口をきいてくれなかった。 それでも仲間である訳だし、そのわだかまりを何とかときたいと思って彼と積極的に行動をしてみた。メンバーが散り散りになった際に共に戦ったこともある。 その際に改めて解ったことは、彼は人一倍不器用だがその中に芯ある強さを秘めており、仲間思いだということだった。 バッツの世界には、正直クラウドのようなタイプの人間は居なかった。それ故に最初はどう接したら良いのか解らなかったりもしたが、人間なんて十人十色だ。 それでも合えば合うだろうし、合わなかったら最低限のラインを守れば良い。そう思っていた。だが彼の本音は熱いものを秘めているというのが解れば、後は楽だった。 言葉を交わさなくとも想いは通じ合っている。共に秩序の戦士として世界を守る為に闘う。その信念さえあれば言葉なぞ要らない。 スコールが正にそういうタイプであったからこそ、クラウドも似ているのだなと思った。 それでもバッツは、クラウドの心は誰よりも純粋で綺麗だなと思っていた。時々彼が見せる儚い横顔と闘う時の闘志に満ちた顔のギャップを間近で見て感じたからこそ、そう思ったのかもしれない。 もう何日、彼等と共に時間を過ごしたか正確な時間や日数は判らないが、それでも今は信頼できる仲間の一人であることには違いない。 昔のことのように想いを馳せながら、バッツは未だに俯くクラウドの金糸を撫でていた。 「クラウドって、結構根に持つタイプだよな」 「…アンタは人が気にしていることをズバズバ云ってくれるな」 「だって云わなきゃ伝わらないだろ?」 「それは、そうだが…」 「クラウドだって、思ったことがあるならちゃんと云った方がいいぜ?言葉にしなきゃ伝わらないことって、結構たくさんあるからな。それにクラウドとかスコールみたいに、俺は頭が良くないから、言葉にしなくとも解るっていう感覚の方が、理解し難いんだよな。や、解らない訳じゃないんだけど、何となく心の問題というか」 「…アンタの口はマシンガンか」 ぐったりしながら、クラウドが呟いた。べらべらとバッツが一方的に喋るのはいつものことだからか、スコールにも同じような反応をされたことがある。 だがそれでも気にしないのがバッツの良い所でもあり悪い所でもあると、自分でそう思っていた。 「俺もさー、頭良くなりたいっては思うものの、無理に本を読もうとしても駄目なんだよなー。元居た世界で、本だらけのダンジョンがあって、謎を解かなきゃいけなかったんだけど、俺にはさっぱり解らなかったし」 「…アンタのお仲間はさぞかし大変だったろうな」 「何が?」 「…何でも」 「クラウドはさ、何でもうじうじ考え過ぎなんだよ。スコールもそうだけど、もっと自分に自信持てばもっと男前が上がると思うけどな」 「別に、そんなもの上げて何になるんだ。ただでさえ面倒ごとに巻き込まれやすいのに拍車をかけたくない」 「そんなだから駄目なんだって!男なら立ち上がって向かうくらいの勢いの一つや二つ持ってないと…」 「誰もがアンタみたいには成れないっ」 クラウドにしては珍しく、強い口調で云われた。そりゃあそうか、とバッツもふと納得する。けれども今のクラウドの言葉には何か引っかかるものがあって、また顔を覗きこんだ。 何だか、クラウドの顔が泣きそうに見えた。 「アンタのそういう所、……苦手だ」 「…うん、そっか」 苦手だと云われると、さすがの楽天的な性格にも少し傷つく。だがクラウドの言葉はそれだけではなさそうだと気配で感じ取り、とりあえずバッツは口を噤んだ。 「そっちへ行ったかと思うと次の瞬間には反対方向に向かっていて、云っていることもやっていることも滅茶苦茶で破天荒で、まるで大人気ない癖に、それでも時々さっきみたいに、真っ直ぐに、衒うことなくあんな言葉を言ってくるなんて、」 アンタは、自由な風その儘だ。 「俺には無いものをアンタは持っている。そんなアンタを妬ましくも思ってしまう俺自身が、何よりも一番嫌いで、」 アンタと居ると、自分の存在がどんどん汚く見えて仕様がないんだ。 最後は、泣きそうな声でそう云われた。それでも、バッツはそんなクラウドが何となく愛しく思えた。 潔癖であるが故に、汚い部分は曝したくないし、抱えたくないと思っている。そんなアンバランスな部分がクラウドの魅力なのだろうなとバッツは思った。 嫌がられるだろうが、払い除けられるのを覚悟でまたその金糸に手を伸ばして、チョコボを連想させるその髪の毛を撫でた。抵抗はないので、その儘撫で続ける。 「…誰だって、汚い部分は持ちたくないって思うし、完璧で在りたいよな。自分に無いものを相手が持っていたら羨ましかったり妬ましかったり思うのは、人として当然だと思うぜ。俺だって、そう思う時あるし」 ふる、とクラウドは首を横に振る。 「アンタは、良くも悪くも潔いんだ。そんな風に見えない、だから、それが俺は羨ましい…」 俺はそんな風に成りたくても成れないから、と紡ぐクラウドに、バッツは苦笑した。 「んー、きっとさ、クラウドだけじゃない。あ、気休めとかそういう意味で言ってるんじゃないぜ?きっと誰もが、ぶつかる問題だと思うからさ、だから」 良いじゃん、クラウドはクラウドのままで、そのままで。 小さくそう言えば、やはり少しだけ目を潤ませて、クラウドは顔を俯かせた。そうして先にテントに向かって歩き始める。 「…この辺りにイミテーション達は居ないようだし、もう戻ろう」 「ああ、そうだな」 一歩遅れながら、バッツが早歩きするクラウドの後ろを追いかける。ざ、ざ、ざ、と先から無言の空気が流れるまま、テントまであともう少し。 突然、クラウドが立ち止まる。 「…バッツ、」 「んあ?」 「…その、済まない。有難う」 「ああ、気にするなよ。俺達、仲間、だろ?」 弾かれたように、クラウドが顔を上げてバッツを見つめる。また、目が潤んでいた彼の瞳が綺麗だと思った。 そしてふっと、目を逸らして空を見上げる。何かに焦がれるように、それを求めるように。 その視線に確かな熱を感じて、またクラウドの一面を垣間見れた気がして、バッツは僅かに目を瞬かせた。 「やっぱり、俺はアンタが苦手だよ」 そう言い放った彼の微笑みは、最初と比べてずいぶんと柔らかく、――――優しかった。 (ただ、綺麗なだけじゃない…) 儚くも光があり、そこに強さが在る。 脆く崩れそうなそれは見て居て非常に不安定、それでも足掻きながらも前へ突き進もうとする彼の勇気と、意思に。 (お前にも、風の導きを…) 故郷に拭いた風を思い出しながら、バッツはふっと微笑む。 この楽しい時間(と言ったらウォルに何とどやされるか)が、いっそ終わらなければ良いのに。そうとすら思う、この愛しい時間が。 きっと自分が爺さんになっても、思い出すことの出来る奇跡なんだろうな。 早足で歩くクラウドの背を追いかけ、バッツは自然と口元が緩むのを止められなかった。 羨望 (きっとまあ、お互いないもの強請りと言えばそれまでだけど、足して2で割って丁度良いんだと思う) |