無性に、謝りたくなる。























喩えば、こんな風に雨が降ってる時。
無性に、誰かに悪いことをした訳じゃないけれど謝りたくなる時がある。珍しく、秩序の聖域に雨が降っていた。ザアザアと強い雨ではなく、ポツポツと静かな雨。
BGMにはちょうど良い、そう思いながら皆が騒いでる所から一人離れて、自然が少ないこの聖域にある唯一存在する大木の下まで歩いて来れば、そこには先客が居た。
「…スコール?」
名を呟けば、やけに男前だが綺麗な顔立ちが気だるげにこちらを向いた。半ばうなだれたように座る男の顔色は僅かに疲れが見え隠れしていて、いつも涼しい顔をしているのに珍しい、と純粋に思いながら近くに腰掛ける。
「アンタ一人か?」
「…俺以外に誰か見えるのか?」
「いや…」
俺もぶっきらぼうな自信はあるがこの男も相当なものだ。不遜、という言葉が似合う程この男は鉄壁のガードを崩さないのに今はどことなく年相応に拗ねているようにも見えた。
疲れた顔色がそう思わせるのだろうか。先ほどからお互い無言のまま、俺は皆が騒いでいる向こう側を、スコールは何も見えない遥か向こう側をそれぞれ眺めていた。
けほ、と咳をして、少し胸元を押さえて背中を丸めた。
嗚呼、嫌だ。雨の日は自然と、気分が滅入る。かといって青空を見ることも、時々怖くなる。
何を見ても落ち着かないのではないかと自分自身何かの恐怖に駆られながら、剣を握る。その剣すら、時々重く感じる。
何も守れない。何の意志も持てない。
ソルジャーになったのに、あいつに全然追いつけやしない。
そんな思考がだんだん下がっていく中、突然ばさりと何かをかけられた。
「…具合が悪いのなら、無理はするな」
白いファーが鼻に当たってくすぐったいが、それは冷えた剥き出しの肩を温めるには十分過ぎるもので。長い前髪で表情は解らないが、スコールに小さく礼を言って肩をさすった。
「…雨の日は、何となく苦手なんだ」
ぽつり、と。スコールが聞いてなくても構わないと思い、小さな声で呟いた。
「昔、雨の日に大事な人を亡くして、それ以来、雨の日は苦手になった」
「…………」
「そうでなくとも、雨の日は鬱々としやすい。仕事の時も大変だ。足がぬかるんで敵に背後を取られやすいし、視界も悪ければ、周りの声も聞こえない。まったく、」





















雨の日は、悪いこと尽くしだな。





















「…………」
「…………」
お互いに無言だった。まぁさっきも言ったが返事を期待していた訳ではなく俺が云いたいことを云いたかっただけだから、別に構わないのだが。
ちら、とスコールを見れば、彼は胸元に掛かったペンダントを大事そうに掴んでいた。
彼のことだ、本当に聞いてなかったのかもしれない。どことなく自分と性格が似ている所から、興味ないことには一切耳を傾けない質なのだろう。そっとため息を吐けば俺も、とスコールが小さく紡いだ。
「…俺も、雨は苦手だ」
「…え?」
聞いていない訳ではなかったらしい。相変わらず向こうを向いてるから表情は見えないが、声色は冷静だった。
「昔、小さい頃に、姉と慕っていた家族に、置いて行かれたことがあって。帰ってくると、ずっと信じていた。信じながら一日、一日と、日が過ぎていった」
「…それで?」
ちら、と。今度はスコールがこちらを見やる。その蒼灰の目は、少しだけ寂しそうに伏せられていて。
「…それ以来、他人を信じなくなった。期待すればするほど、裏切られた時の傷が大きくなるのなら、最初から信じない方が傷つかずに済む」
「…………」
まるで、幼い頃の俺のようだ。というか、正確にいえばあいつに逢うまでの俺のようだ。
前々から思ってはいたが、やはりスコールと俺は性質が似ているのだなと思った。
けれど、と。スコールは続ける。
「少しだけ、心を開いてくれないかと、俺が居た世界の仲間に、いわれたことがある。言ってくれなければ俺の思っていること、考えていることが解らない、だから少しずつ心を開いて、思っていること、少しずつで良いから言ってほしいと」
「………」
スコールが、すくりと立ち上がる。見上げれば、彼の顔は拗ねた子供のようではなく、立派な戦士の顔をしていて。
一瞬それが、目映くて。
「アンタも俺も、ひとりで背負い過ぎなんだ」
す、と手を差し出される。黒い革グローブに包まれた手のひらは、俺よりも大きい。
スラリと伸びたモデルのような長身に、年下の癖にと小突いてやりたくもなったが。
その言葉に思わず、胸が詰まって。
ぐ、と手のひらを掴み、立ち上がる。
僅かに上の目線の蒼灰を見つめれば、困ったように反らされた。
「…さっきは、つっけんどんにして悪かった」
雨の日はいつも、機嫌が悪くなりやすいんだ。
と、彼は小声でそう言った。その表情がまた年相応に見えて、俺は思わず顔が綻んでいく。ぶっていても、まだまだガキだな。まぁ、あまり人のことは言えないが。
「何だか、初めてまともな会話をアンタと出来た気がする」
「…アンタも俺も、互いに煩わしい奴らに絡まれやすいからな」
「それはティーダやバッツ達のことをいっているのか?」
「あいつ等以外に誰が居るんだ?」
「確かにな…」
(口にチャックでもつけてやりたいくらいだ…)
ぽた、と。
ふと、雨が降る音が止んだ。空を見上げれば、灰色の雲の隙間から青空が覗き出てきた。
あの丘で見た、最後の風景を思い出す。
あの灰色の空の隙間から出てきた真っ青な蒼。
俺自身、一番求めてやまない色。
見たくない、けれども本当はずっと見ていたい、大好きな色。
ごめんなさい、と。
未だに謝りたくなるんだ。
たくさん、云いたいことがあるんだ。
「…クラウド、」
「……っ?」
「そんな泣きそうな顔を、するな」




















アンタには、仲間が居るだろう?
























『ひとりじゃねぇだろ?』
『お前を認めてくれる奴が、ちゃんと居るんだから』
『だから、俺の分まで、お前が生きろ』






















「スコール、」
「?」
「今、少しだけ雨が好きになれた気がする」
ジャケットをスコールに返してやりながら、スコールは首を傾げる。向こうから聞こえる、ティーダとバッツの声。
その声を聞きながら、俺は青空を指差しながらこう言った。



















「雨が降った後の青空は、最高にきれいなんだ」





























アメが泣いたあと、

(あおぞらが、コンニチワ)



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