笑えって!






























「スコールって、」

それは唐突な一言だった。
旅の途中、テントをたてて休む時に。
焚き火を囲みながら皆で夕食をとっていた時のこと。
隣に座っていたティーダが、突然スコールに云った。

「綺麗な顔してるっスよね」
「………は?」
「クラウドもクラウドで綺麗な顔してるっスけど、2人って何か似てるっスよね!」
「おい、」
「確かになあ。クラウドなんてほんとに女顔だしな!」
「バッツ、今すぐあの世に逝きたいか…?」
「ゴメンナサイクラウドさん、その剣しまってくれ、俺が悪かった…」

ティーダの発言に対し、微かながらに頷いていく一同に、思わずスコールは溜め息を吐いた。
いつもそうだが、ティーダはほんとうに突拍子もないことばかり云うから、対応に困る。
相手をしないこともあるが、それでも気にしないのかしつこく粘ってくる根性はある意味尊敬に値する。

「でも、」

小声で、ティナが云う。

「せっかくお父さんとお母さんから授かった大事ないのちで、からだで、それを誉められることってすごいことだし、素敵なことだと思うわ」

ふわりと笑えば、ジタンやオニオンが鼻の下を伸ばしながらそれに頷いた。
だがそれもそうだ、とスコールも思う。
スープを呑みながら、相変わらず隣からの視線を感じる。横目で見れば、ティーダは穴を開ける勢いでスコールをじっと見つめていた。

「スコールは、食べ方も綺麗っスね。どこかでマナーでも習ったんスか?」
「一応これでも軍人だからな、それなりの礼儀作法は学んだ」
「…ほんと、俺と同い年には思えねぇなあ」

ぼそ、と呟かれたその顔に一瞬陰が落ちていて、スコールはその表情に疑問を抱く。
珍しく訊いてみたい気持ちになって訊いてみようかとパンを飲み込むと、気付けばティーダはバッツやフリオニールの方へ話し掛けにいっていた。
タイミングを逃し、残り一口のスープを全て飲み干して浮き上がった疑問は忘れることにした。













夜も遅く。バッツのいびきが酷くてなかなか寝付けない為、ジャケットを羽織りテントの外へと出る。
ひゅう、と冷たい風が吹きすさび、スコールはさく、と砂漠の砂を踏みしめながら歩き始めた。
月の砂漠と呼ばれる此処は、セシルの世界の情景に近いらしい。砂漠ということもあり、夜はやはり冷える。ジャケットを羽織って正解だったが、この澄んだ冷たさでは余計に目が冴える気がした。
ふと、ぼす、とゴムか何かが弾かれるような音が聞こえた。
小さな砂丘を一つ挟んで向こう側に、人影がちらりと見えた。
動きが速くて捉えにくいが、ティーダであることは解った。
目にも止まらぬ速さで空高くボールを蹴り、ジャンプしてまた地面に向かって打つ。
そしてまた空高く向こうへと勢いよく蹴り飛ばし、を繰り返している。
いつだったか、ティーダの世界ではブリッツボールと呼ばれる国技が存在するそうだが、それのエースだったと彼は楽しそうに語っていた。
最後の戦いは近い。全員がクリスタルを手にした今、この旅はもうすぐ終止符を迎えるのだろう。

(それ故の緊張、か…)

自分のような軍人教育を施された訳ではない一般市民の彼が、戦いにおいてああいった緊張感を伴うのはひどく自然なことと冷静に思う。
だがこうして自分自身も高揚して寝れないのではないか、そう思えばティーダのことも云えないと自身を鼻で笑った。

「あ、スコール!」

スポーツ選手だけあって視力がいいのか、遠い位置に居るのにぶんぶんと手を振られた。
まるで犬だ。
直感でそう思った。

「スコールも、寝れないんスか?」
「ああ、バッツのいびきが酷くてな」
「ああー、バッツのいびきはほんとうるさいからなあ。フリオニールのも相当だったけど」
「…いつだったか、お前のいびきも相当酷かった気もするな」
「え、マジで!?」

以後気をつけるっス、と項垂れながら、ティーダが答える。
それに一つ息を吐いて、目の前にあったひよこのような頭をわしゃ、と撫でてやれば、ティーダが嬉しそうに笑った。

「…何だ?」
「や、スコールは優しいなあと思って」
「…………」
「人がせっかく好意を示してるのに何スかその顔は」

如何せん今まで人との関わり合いを極力避けてきた故に、ああいった言葉で返されるとどうしていいか戸惑ってしまう。
ティーダはいつもそうだ。真っ直ぐ過ぎて、時々眩し過ぎる。
ふー、と大きく伸びをしながら、ティーダが地面に腰掛ける。
それにならって、スコールも隣に座った。

「何かさ、スコールって俺の知り合いに似てるんだよな」
「そうなのか?」
「うん。スコールと同じで、いっつも仏頂面してて、厳しいことしか云ってくれないし、怖かったけど」
(悪かったな仏頂面で…)
「でも、スコールと同じで、優しい人だった」

ティーダの声も、表情もいつもとは違う。
隣でその告白を聞きながら、そう思った。

「声もさ、どことなく似てるんだよな。だから、最初スコールに会った時に、その人に会ったのかと思って、正直びっくりした」
「…そうか」
「うん」

だから、何だというのだろう。
スコールの奥底で、冷めた何かが迸る。
慣れない環境下の中で、突然戦いの為に喚び出された人間同士が集まって、身を寄せ合う。時間が経てば経つほど寂しさを募らせ、その穴を埋めるように人は絆を結んでいく。だが自分にとって、それは面倒なことだった。
今までが、そうだった。
仲間といっても所詮は赤の他人同士。いつかは傷つけ合ったり、離別したり、面倒くさいことの雁字搦め。
元の世界にいる仲間たちのことは勿論信用も信頼もしている。
だが此処にいる戦士たちはそれぞれ各々の世界があり、各々の仲間が居る。
ただそれだけだと、思うようにしていた。
その方が、近いうちに訪れる別れに、すぐに気持ちに決着をつけられるから。
自分を守る為の自己防衛。何とも性根の曲がった自己防衛だと、内心ほくそ笑んだ。
それ故に、ティーダの存在が眩しいのだ。
今まで接したことのないタイプだった。
だから、対応に困る。避けようとしても、犬のように追いかけてくる。
気付けば懐かれていた、というのがオチで、時々さきほどのように頭を無意識に撫でてしまうのだった。
ティーダは薄く笑っている。だがその横顔は、どことなく寂しそうだった。

「俺はさ、みんなのこと好きだ。仲間っていうのもあるけど、でも一人の人間としてみんなのことが好きだ。だから笑っててほしいんだ。一緒に居るこの時間くらいは、みんなと一緒に笑い合っていたい」
「…………」

それは、どこか遠く、叶うことのない願いのようにも聞こえた。
普段何も考えていないような自分と同い年の青年は、こんな顔もするのかと。
相変わらず冷静な頭で、そう、思った。

「俺、きっと、元の世界戻っても、そんなに長く居れないから。だから、ちゃんと、一分一秒を心に刻んでおきたいっつーかさ、あー、何か俺らしくないこと云ってるよな。ごめん、スコール」
「良いんじゃないか?」
「え?」
「仲間とは、そういうものだろう?」

いつだったか。云われたことがある気がする。
溜め込んでいないで、周りにきちんと吐き出せと。
そう思っていることを周りに吐き出すことだって、周りにとっては嬉しいものなのだと。

「何か、スコールに云われると説得力があるっスよね」

ほんと同い年とは思えないっス、とティーダは尚も笑う。

「スコールもさ、笑えばいいのに」
「仏頂面は元々だからな」
「さっきの俺の一言根に持ってたんスか?案外可愛いっスねスコールも」
「帰る」
「あー!今のなし!!代わりにいいもん見せるから、ちょっと待ってほしいっス!!」
(いいもの…?)

首を傾げながら、スコールはティーダの行動をじっと見守る。
立ち上がったティーダはボールを片手に、人差し指の上でくるくると器用にまわし始める。

「俺がブリッツのエースだったってことは前に云ったことがあったっスよね?今日は特別にエースである俺の得意技を披露するっス!」
(別にそんなもの見たいだなんて誰も頼んじゃいないんだが…)

内心げっそりしながら、彼お得意の空気を読まないアビリティが発動されてしまったらしいことに盛大に溜め息を吐いた。
その溜め息を華麗にスルーして、ティーダはボールをバウンドさせる。
柔らかい砂地の上でも、ボールは高らかに空高くへ舞った。
思いっきり、地面を蹴って跳躍する。身体を何回転もさせ、下半身をうまく捻りながら遥か向こう側まで、空中に浮いたボールを足首に命中させ、勢いを増して蹴られたボールはあっという間に見えなくなった。
跳躍力、スピード、フォーム、それはどれをとっても、完璧と思えるシュートだった。
さすがのスコールも、このシュートには唖然とした。
そしてボールが消えた方向を睨みつけるように、凛とした目で遥か向こう側を見つめていた。
月明かりがティーダの横顔を照らす。
その顔は、いつもの彼ではなく、立派な、一人の戦士の顔だった。

「どうっスか!?見てくれたっスか!?」
「ああ、凄いな」
「やった!!スコールに誉められた!!」

ガッツポーズをし、喜ぶ彼に対しスコールはまたも首を傾げる。

(俺に誉められて、何でそんなに嬉しそうなんだ?)

立ち上がり、服に付着した砂を払いながら、また大きく伸びをしていたひよこ頭が目の前に映る。
そろそろ戻るかなー、などと気怠げにぼやく彼の声はいつもと同じで。
先ほどまでの鋭さは、一体どこにいったのかと、問い質したくなるくらい、落差が激しくて。

(解らない…)

ティーダという人間が解らない。少なくとも今まで接してきたどの人間とも違うから。
だから、対応に困る。解らないが故に疑問を抱けば、心の内が霧がかかったようにモヤモヤする。
だが、それでも、自然と、笑みが零れてくるのは。

(変な奴だ…)

きっと、奥底では自分もティーダを認めているから、で。

「あ!」
「っ!?」

ティーダの声に、思わずハッとする。
ティーダが喜びと驚きに満ち溢れた表情で、こちらを指差し見つめていた。

「今、スコール笑ったっスよね!?」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないっス!!絶対笑ったっス!!」
「目薬でもさしておいた方が良いんじゃないか?さっさと戻るぞ」

ティーダの返事も待たず、すたすたと先を歩き始めた。
未だに、人と関わり合うことは慣れない。
けれども、ここからが始まりでも、遅くはない、と。
何故か自然と、そう思った。
閉ざすだけでなく、時には解き放つことも必要なのだと、何だか楽天的なこの青年に教えられたような気もして癪な気分でもあるが、だがどこか心地いい。
追いかけてくるティーダの髪の毛を、また撫でる。
嬉しそうに笑うその顔は、皆を和ませる力がある。
自分にはないもの。それも、羨ましいと思う。
そうして人と人との絆が深まり、繋がっていく。
その笑顔こそ、自分が守るべきものなのだと。










ふと胸元にかかるライオンのヘッドに手を当てながら、そんなことを、柄にもなく思った。














ハジマリが近づいて、

(また終わりはくるけれど、繋がるそれは、切れることはないから)



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