昔ほど、そんなにはしゃがなくなったけれど。 「じゃあ、此処にサインを…」 クライアントに荷物を届け、伝票にサインを貰いその場を後にしようとすると、クライアントである老人は首を傾げながら、俺に尋ねる。 「兄さんまだ若いのに、年末年始は仕事かい?」 きょとりと丸くなったヘーゼルの瞳に何となく愛嬌を感じて、苦笑しながらも肯定する。若いのに大変だね、頑張っておくれ、と応援された言葉を胸にしまい、フェンリルの元へと戻る。配達はあと3件。いずれもこのニブルエリアの近くだ。ひゅう、と吹きすさぶ風が肌に痛く、凍みる。もう季節は冬だ。 (年末年始か、昔は今よりもっとはしゃいでいたかな…) 神羅に幾年か拘束され、廃人になった後みんなとの旅を経て記憶は戻ったものの、曖昧な記憶はたくさんある。だが、一般兵だった頃は今より毎日が新鮮で、年末年始の忙しいこの時期ですら、楽しみで。 「仕事をさっさと終わらせるか…」 感傷に浸るのを止めて、俺は再度フェンリルに跨がりエンジンをかけた。 * * * * 最後の一件の配達を終えると、ポケットにしまっていた携帯が鳴った。着信は、ティファからだ。 「もしもし?」 『あ、クラウド?』 「どうした?」 『今日、大晦日でしょ?せっかくだからみんなで初日の出見に行こうかって、ザックスと話をしてたんだけど、仕事何時くらいに上がれそう?』 一旦携帯を放し、右上に表示されている小さな文字を見てみると時間は既に夕方の18時を回っていた。 「…今からそっちに戻るとなると、結構時間がかかる。最悪俺抜きで進めていてくれ」 ニブルエリアからエッジまではかなり距離がある。半日とまではいかないが、それくらいはかかるだろう。事実を述べたまでだが、ティファはそんな俺の答えにいつもの溜息を吐いて、素直に頷いた。 『でもなるべく早く戻ってね。子供たちも楽しみにしてるんだから』 「解った」 それじゃあ、という言葉を最後に通話を終え携帯を再度ポケットへとしまった。ひゅう、と吹く風に僅かに身震いがして、ゴーグルをかけ直し、俺はエッジに戻るべくフェンリルのエンジンを再度ふかした。 * * * * 約3時間ほどフェンリルを走らせた辺りで、一度休憩をするべく、適当な木陰に寄せてフェンリルを停めた。腕を回せばずっと同じ姿勢でハンドルを握っていた手がぱきりと鳴った。森が覆い繁り、僅かに湿っぽい。この辺りは恐らくザックスの故郷か、とまた感傷に浸りながら、地面へと腰を下ろす。ふと携帯がまた鳴って、着信の相手も見ずに通話を押した。 「もしも…」 『やああぁぁっと出たー!もうークラウドってばさっきから何回もこのアタシが電話かけてんのに何で電話出ないのさー!?』 何の為の携帯だー!と耳から少し遠ざけながら向こうから一方的にまくし立ててくる怒声に、俺は自然と眉間にしわを刻んだ。言わずもがな、ユフィだった。 「済まない、エッジに戻るのに夢中で電話が鳴ったことすら気づかなかった…」 『そうそう、それなんだけどさァ、アンタ今どこに居るの?』 「…多分、ゴンガガの辺りじゃないか?」 『解った!じゃあそこから絶対動くなよ!?じゃあね!』 ブツッ、と最後の最後まで一方的に言われて切られ、一体何なんだと思いながらも通話を終了した。確かに履歴を確認してみたらユフィからの着信が何度もあった。半分だけ申し訳なかったなと思い、ポケットに携帯をしまおうとした瞬間、今度はメールが届いた。 相手は、ザックスから。開いてみれば、それはますます意味が解らなかった。 『今、迎えに行くから』 ユフィといいザックスといい、一体どんな意味を込めてこんなことを言っているのか、よく解らないが首を傾げ画面を見つめていると、向こうの空から何かが近づいてくる、大きな音がしてきた。森の木々がざわめき、草が風に揺れる。見覚えがあった。あれは、シドがたくさんの愛情を注いで作り上げたシエラ号という名の飛空艇だった。 「おおーい!クラウドー!迎えに来たよぉー!」 甲板で手を振っているのは、ユフィ、そしてマリンにデンゼル。隣にはティファの姿もあり、なるほどな、と俺は納得した。 俺はフェンリルを押しながら、飛空艇へと歩いて行った。 * * * * 「クラウド、仕事お疲れ様!」 中へ入るなり、マリンが俺へと抱き着いて来る。何故かそこには、皆が居た。 「お疲れ様。ユフィの提案で、飛空艇で迎えに行こうってなって。びっくりした?」 「ちょっとだけ、な…」 苦笑を浮かべながらティファに答えると、くすりと綺麗に唇を吊り上げて彼女も笑った。マリンはバレットに抱き上げてもらいながら、デンゼルはレッド13リーブの操るケット・シーの毛並みが気に入ったのか、ずっと飽きることなく撫でている。ユフィはそんな子供たちと一緒にはしゃいでいるし、ヴィンセントは相変わらず無口で隅の壁に寄り掛かりながら目を閉じていた。ふと、舵を取るシドの方へと視線をやってからとある人物が居ないことに気付く。それを察したティファが、またくすりと笑った。 「ザックスなら甲板に居るわよ」 「…そうか」 「うん」 何がそんなにおかしいのか、先から笑いを堪えない彼女の態に首を傾げて俺はまた眉間にしわを寄せる。彼女は目を細めて、今度は艶やかに笑った。 「ずーっとあなたのこと見てきたんだもの、考えてることくらい解るわ」 「……そうだな」 「照れた?それともちょっと恥ずかしい?」 「…うるさい」 「ふふっ」 バツが悪くなって後頭部を誤魔化すように掻く。ティファは踵を返しながらシドに「厨房借りるわね」と言い残しその場を去って行った。マリンとデンゼル、そしてユフィがそのあとを着いて行った。きっとティファを手伝いに行ったのだろう(ユフィが素直に手伝いに行ったとは思い難いが)。 さて、と思い直し、風景が一望できるブリッジの窓際へと歩く。バレットは、既に一人宴会モードに入ってるようでビール缶片手にシドと何かを語らっていた。そんな中レッドとケット・シーが、窓の向こうを眺める俺へと近づいてくる。 「どうしましたのんクラウドはん?」 「調子でも悪い?」 「…いや、」 そうじゃない、と小さく被りを振って、俺はまた窓の向こうの夜景を見遣る。今はどこの上を飛んでいるんだろう。眼下にうつる明かりは一つ一つがひどく小さくて、儚い蛍の光のように見えた。 「何だか、こんな風に年の瀬を過ごすのは久しぶりだと思って…」 考えてみたらずっと、仕事漬けだったかもしれない。考えたくなくて、考える暇もないくらい、ずっと夢中にただ前しか見ずに走ってきたから。前しか見ずに、というよりはそれ以外を見たくなくて、といった方が正しいか。一人自嘲を浮かべながら、風に当たってくる、と二匹に言い残し、俺は甲板へと向かった。 * * * * 甲板に上がれば、端っこにはザックスの後ろ姿がすぐにうつった。黒い鬣を靡かせて、ぼーっとしているようで、俺が来たのを解っている癖に、俺に気づかないフリをして。妙にそれが少しだけ癪で、わざと重いブーツの音を響かせて、ザックスの隣に並んだ。 ザックスは、少しだけ俺を見て、また眼下にうつる景色へと戻す。お互いしばらく無言で、やっぱり視界にうつる明かりはどこか儚くて。まるで隣に立つこの男のようだ、なんて思ってしまった。 「昔さ…」 唐突に、ザックスが語り出す。 「神羅に居る頃は、毎日が慌ただしくて、こんな風に年の瀬をゆっくり過ごすなんてこと、片手で数えられるかどうかもわからないくらい、できなかったな…」 「…ああ」 一般兵だった俺ですら忙しかったんだから、ソルジャー1st.なんてもっと暇がなかったに違いない。でも、とザックスは続ける。 「お前が隣に居てくれるようになってからはさ、こういう行事とか節目とかが、すげえ大事に思えるようになってさ。何かそう考えると、あんなことあった後に今こうして一緒に過ごせてんのが、今ひとつ信じられないっつーか、現実味を帯びてないっつーか…」 苦笑しながら、ザックスはそう言った。言葉を聞きながら、俺も昔を思い出す。記憶が曖昧でも、ザックスが俺と一緒に過ごす時間をとても大切にしてくれたのは良い思いでだし、覚えてる。ぐ、と肩を抱き寄せられた。長いこと外に居たのか、ザックスの身体は思いの外冷えていて冷たい。くっついた半身同士が、じんわりと温まるのを感じた。 「お前がさ、この明かりを守ったんだよな…」 「え…?」 すぐ近くにあるザックスの精悍な顔。黒く長い睫毛が陰を帯びていて、少し色っぽいなと思う。 「お前がセフィロスを倒さなかったら、今この景色にうつるすべての明かりは消えてたのかもしれない。そう考えたらさ、何かすげえ愛しくて、飽きないんだよな。今目に映る全部の景色が、」 お前と同じくらい、愛しいって思える。 「…っ、」 この男は、いつもそうだ。不意にこんなことを言ってくれるものだから、その度に心臓を鷲掴みされた気分になる。喉が震えて声が出ない。目に風が沁みて痛い。抱き寄せられた手は、更に力がこめられて。また、その力強さにくらくらした。 「元はといえば、アンタが、俺を救ってくれたから…」 そうじゃなかったら、俺だって今頃生きてなかった。 小さく呟けば、無言で頭を撫でられた。空気から伝ってくる彼の想いに、俺もまた寄り添うように身を擦り寄せる。 「現実なんだよな…」 「………」 「俺もお前も生きて、空気吸って吐いて、幸せだったら笑って、悲しかったら泣いてたりすんだよな…」 「…あぁ…っ」 昔は、馬鹿みたいにはしゃいでたかもしれない。初めての都会暮らしに、憧れて入った神羅に、夢そのものだったザックスの存在に。高価な宝石のようなものが当たり前のように俺の周りに在って、その煌めきにあてられてただただ純粋に幸せだったのだと思う。でも今は、少し違う。ただ隣に居て、存在する、この男が、たまらなく愛しいのだ。 一緒に息を吸って吐いて、笑って泣いて怒って、でもそれだけじゃ物足りなくなって、でも欲張り過ぎても駄目なんだと歯止めをかけて。 かけた所でそれは無駄に終わって、つまる所俺はザックスという存在が隣に在るだけで満足で、でも汚い欲がどんどん溢れて。だからこんな日常がずっと続けば良いと、途方もないことを居もしない神様とやらに祈るんだ。永遠なんて存在しないと解っていながらも、縋るように―――― 「クラウド」 名を呼ばれ、顎を持ち上げられ、唇が重なった。そうして抱きしめられて、珍しく泣きそうなザックスの頭を撫でてやる。擦り寄る体温に、安堵する。仕事で疲れたものが飛んでいきそうなくらい、今この一瞬が酷く幸せだと感じる。 「クラウド…ッ」 消え入りそうな声は空気に溶けて、溶けた空気は風となって俺達の肌を撫でていく。夜の明かりはまだ、消えそうにない。 歳を重ねて一日を過ごすというのは、或いはこういう想いの積み重ねなのだろうか。何にせよ、俺はこの今の幸せをもう放したくない。ずっと、この幸せが続いていきますように。 泣きそうなザックスを受け止めて、もっとちゃんと、彼の隣に並んで、歩いて行けるように。 小さな願いを胸に秘めて、彼の額へと口づけた。顔を上げ微笑む藍色は、やはりどの宝石よりも綺麗だと思った。 ずっと同じ日を夢見よう (もうお互い、ぼろぼろの羽で飛ばなくても良いように) |