特別で、大事なんだ。 配達を終えて帰宅すると、店を早々に閉めてティファとマリンが嬉々としながら荷造りをしている姿を見て一体どうしたと聞いてみた。 「ユフィから連絡もらってね、久しぶりに女同士で飲まないかって」 「なるほどな…」 ちら、とデンゼルを見るとソファに座りテレビを見ていた。どうやら女性二人が出かけることに対して特に何も思わないようで、その横顔はやけに落ち着いていた。それに気付いたティファが、こっそり俺に耳打ちする。 「誘ったんだけどね、何かこっちに遠慮してるみたい。だからクラウド、デンゼルの面倒見てあげてね」 軽く頷くと、ティファは安心したように笑い荷造りの続きを始めた。マリンと共に服はどうしようかとあれこれ悩んでいるようだ。女は大変だな、と軽く呆れながら自室へと戻ると、ザックスが既にベッドに寝転がり本を読んでいた。風呂上がりなのか髪型がぺたりとしている。ここ最近すれ違いになることが多かったから、互いが起きている時間に逢うのは久しぶりだなとぼんやりと思った。 「お帰り」 「ただいま」 服を脱いでルームウェアにさっさと着替えると、ザックスもまたティファたちの明日からの予定を教えてくれた。どうやら三泊四日ウータイに滞在するらしい。 「俺とりあえず明日からは店の方だけ仕事するようにするから、クラウドは通常通り配達行って来いよ」 「いや、でも昼間デンゼルの面倒見るように頼まれているし…」 「大丈夫だって!俺が代わりに見ておくからさ」 「しかし…」 デンゼルは賢い子だ。未だに俺達家族に遠慮している節がある。まだ家族を亡くして一年ちょっとしか経っていないのを思えば無理もない話だが、あの子の遠慮がちな態度はこちらとしても胸が痛んだ。しかもデンゼルは俺やマリンやティファにはだいぶ打ち解けているとは思うが、何故かザックスには少し冷たい所がある。原因はいまひとつ解らないが、それが不安でもあるので昼間はデリバリーの方はしばらく休業してデンゼルとゆっくりするのも良いかと思ったが、ザックスは気にするなという。どうしたものかと悩んでいると、ふいに頭を撫でられた。そしてぐい、と無理矢理ベッドの上に押し倒される。 「それよりもさ、」 ザックスの声色が変わった。人が考え中だというのに、少しは待てないのか、この駄犬は。 「しばらくぶりだし、久しぶりにどうだ?」 どうだ、じゃなくてしたい、なんだろ?解ってるよ、アンタの考えてることくらい。俺も何だかんだで久しぶりだったから、デンゼルのことはさておいて、あっという間に俺の思考はザックスで埋め尽くされた。 * * * * 朝。目覚ましのアラームが鳴っている気がする。手を伸ばすが届かず、俺はのそりと起き上がった。止めて時間を見れば、8時を少し過ぎた所だった。正直まだ眠い。だが確か今日の配達で午前必着のものがあったから今起きないと間に合わない。仕様がないので軋む身体に鞭打って起き上がり、シャワールームに向かう途中でキッチンカウンターにいたザックスと、それを手伝うデンゼルを見かけた。 「おはよ、クラウド」 「おはよう!今日クラウド仕事あるんだろ?俺ちゃんとザックスとお留守番してるから、仕事行ってきなよ!」 「え?あ、あぁ…」 やけにデンゼルが笑顔だ。一体何なんだろう。何か嫌な予感がしないでもないが、俺はとりあえず眠気を覚ます為にシャワールームに向かった。 * * * * ※Z視点 いつも手伝っているうちの常連でもあるおやっさんの工事現場の仕事はしばらく休ませてもらうことにした。ここ最近働き詰めだったから、平日にまとまった休みをとるのも久しぶりだなぁと思いつつ、仕事に出て行ったクラウドも無事に見送り、今はデンゼルと皿洗いの最中だ。指示をださなくともこいつはてきぱきと動いてくれる。普段マリンとティファの手伝いをしているだけのことはあるなぁと感心しているとあっという間に皿洗いは終わった。 「今度は洗濯でもするか」 「ん」 素直に頷き俺の後をついて回るデンゼルは、正直今すぐ抱きしめたいくらい可愛いと思った。俺自身子供ができたら親バカになる自信はある。今がまさにそんな感じだった。思わずデンゼルに振り向き両手を広げて待っていると、何馬鹿みたいなことをしてるの?と冷たくあしらわれた。親の思い子知らずってやつかな…一瞬ブリザガでも食らった気分だった。 とりあえずそんなこんなで家事は午前中の間に終わり、お昼の時間。リクエストを聞いたらカレーが食べたいということだったので、手際よく作り、天気も良いし外で食べることにした。最近この家には裏庭というものができた。エアリスの教会にあった花を一部持ち帰り、他にも種を植え育った花たちがいくつかある、小さな箱庭。木製の丸テーブルにメインのカレーと、デザート代わりに先日お客さんからもらったホワイトとビターチョコレートを綺麗に添えて、デンゼルと一緒にそれらを食す。俺の作ったカレーが気に入ったのか、たまに笑顔がちらほらと見えた。 「ザックス、」 「ん?」 「ザックスも昔、クラウドと同じ所で働いてたんでしょ?一緒に旅は、しなかったの?」 「んー、そうだな。旅は一緒にしたけど、その時の記憶がクラウドにあるかどうかは本人に聞かないと解らないな。けど同じ所では働いてたぞ」 「クラウドから、ザックスは俺よりもずっと強いって、聞いた」 あいつらしいなぁ、そう思いながら俺はデンゼルの頭をくしゃりと撫でる。 「俺よりもクラウドの方がずっと強いよ。俺なんかよりもずっと、ずっとな…」 「うん、俺も、いつかクラウドみたいになりたいんだ」 僅かに頬を染めたデンゼルが嬉しそうに語るその姿は、過去の自分と少し重なった。英雄になりたくて夢を追いかけてたあの頃が、ひどく懐かしい。陽射しを浴びて煌めくデンゼルの瞳を見て俺はそう思った。 「ザックス、食べ終わったら剣教えてよ。俺もクラウドやマリンやティファを守りたいんだ!」 「ああ、いいぞ。ただ、その中に俺は入ってないのか?」 「だって、ザックスは俺が守るって、クラウドが言ってたよ?」 「!」 ああ、全く。あのチョコボはにくいことをしてくれる。 「そういえば、いつかクラウドが言ってた、クラウドが好きだった人って誰のことなんだろう?」 「何だそれ?」 「寝る前に、時々クラウドが旅をしてきた時の話を聞くんだけど…」 * * * * ※C視点 「お前、エアリスに惚れてたろ?」 ぶっ、と帰ってきてから飲んでいたカクテルを思わず噴いて、むせた。バーカウンターの席で、店も営業を終えたザックスがエプロン姿そのままで俺の隣に並んでいた。そこで言われた一言に思わず固まる。一体誰からその情報が漏れたのだろう。しどろもどろしていると、ザックスはにやりと笑って 「デンゼルが教えてくれた」 と誇らしげに告げた。そういえば以前エアリスかティファか崖から落ちそうになってエアリスを助けたら後から散々ティファに愚痴を言われたというエピソードをデンゼルに話した気がする。ザックスはどうやらその時の話を持ち出してきたらしい。 「…だったら何なんだ?」 虚勢を張って、そう返してやる。だがザックスは優しい笑みを浮かべて、ぽん、と俺の肩に手を置いた。 「お前も男なんだな、と思ってな」 「人を何だと…」 「いや、つか真面目な話、正反対な癖に俺達似てるんだなと思ってさ」 ザックスもまた作ったカクテルを一口飲みながら、グラスをゆらりと揺らす。その目は、真剣で、慈しむような慈愛に満ちた眼差しだった。 エアリス。俺が初めて心から愛した女性。特別なひと。けれどもそれは、 「…アンタに、似ていたから」 そう、思ってる。今でも、エアリスが好きだと残るこの気持ちは、きっと彼女がザックスに似ていたから。 少し目を丸くしたザックスは、やっぱりすぐに笑みを浮かべて、そっか、と小さく返した。 「もしエアリスも生きてたら、お前は俺とあいつとどっちを取るんだ?」 「は…?」 からかいのような、けれども真剣な質問だというのはすぐに解った。真っすぐな藍の眼が、そう語りかけている。だから俺も思案する。けれどもそれは、何ともはっきり言えない答えだった。 「解らない…二人とも、俺にとってなくてはならない存在だから…。だから、どっちかなんて…」 「そっか」 ぐい、とザックスがカクテルを飲み干す。 「俺も、選べないかも」 「え?」 意外、だった。てっきり、エアリスが生きていればエアリスの方を選ぶだろうと、そう思っていたから。 「クラウドと同じだよ。二人ともなくてはならない存在、だから、選べない」 に、とザックスの笑みに、俺は泣きそうになる。そう言ってもらえのも、エアリスに抱くこの感情を受け入れてもらえたのも。何だか安堵してしまって、その胸に抱き着きたくなった。 これは浮気性というのだろうか。それでもやっぱり、俺はザックスを選ぶんだと思う。そもそもエアリスを好きになったきっかけはザックスに似ていたから。彼女の笑顔が彼と被って見えたから。 俺に人を愛することを教えてくれたザックスと、俺に踏み出す勇気を教えてくれたエアリス。 二人が居なかったら、今の俺は此処には居ない。 俺達やっぱりどこか似てるのかもな、だからエアリスはエアリスで、クラウドのことを好きになったんだと思う。 そう語るザックスの声はいつになく静かで、綺麗だなと酒に飲まれた頭でそう思った。 それでもザックスだけが特別なんだ、うまくそう言えたかは解らないが言ってやった時のザックスの顔は泣きそうで、愛しいなと、そう思った。 君だけがspecial (君あってこその、ぼくだから) |