願わくば――――



































さく、さく、と荒野の土を踏み締めながら、夜風を感じつつただ歩く。目的地は定めていなかったが、自然と足を運ぶのは決まってあそこしかない。最後に、彼と別れた、決別の地。彼と最後に交わした、約束の丘。温い夜風を浴びながら、歩く。さく、さく、という音から、ざく、ざく、という重い音に変わって、砂が靴底にめり込み、リズムを僅かに変えていく。
ざく、ざく。
ぴたりと止まったそこは、ミッドガルの跡地がよく見える。人の築き上げた文化というのは、ある種滑稽なものにも見えるものだと、そこから一望できる景色を嘲笑いながら、目元を無意識に細めた。人の驕りや傲慢さが重なって重なって、星の怒りに触れた当然の報いだとも思う。けれど、今の考えは経験したからこそ、この星を巡る闘いをしてきたからこそ、云える言葉。きっと一般市民の大半の人達は、何故自分達がこんな目に遭わなきゃいけないんだと、そう思っているのがほとんどだろう。人は、失ってからじゃなきゃ、ほんとうに大切なものが何か、解らない。俺も、そのうちの一人なのだけれど。
「……っ」
声にもならない息を吐いて、温い風を正面から受ける。この季節は、暑さが滲んでどうにも苦手だ。寒冷地の育ちというのもあって、夏は思考回路がすぐ溶けてしまいそうになる。此処は高い所に位置しているからか、星がよく見える。煌めく星達を見て、花のように笑う彼女は、あんなに遠く、高い彼の地から見守ってくれているのだろうか。そう思うと、少しだけ心が和らぐ気がした。
ふと、ポケットにしまっていた携帯の着信が鳴り響く。誰だ、こんな時間に。ぴくりと眉を寄せながら、でも敢えて無視を決め込んだ。24時間営業ではないし、今は夜も更けた時間帯だ。出る義理はない。赤毛のタークスのあいつか、それとも娘馬鹿な弾丸男か、はたまた騒がしい忍者娘か。いずれにせよ騒がしい連中ばかりだ。けれども奴らなりの気遣いということも、判っている。人付き合いが未だに慣れていない俺にとっては、あちらからコンタクトをとってくれることは有り難い。
ただ、何もすることなくぼーっと夜景を眺める。それに特に意味はない。何となくそうしたいから、そうしているだけ。また、携帯の着信が鳴った。今度はやけに長い。面倒になって、ディスプレイのナンバーを見ずに通話を押して耳に当てる。
『やっと出やがったな』
聞き慣れた声が、受話器の向こうから聞こえる。毎日顔を合わせている相手だ。それから、毎日じゃないけれどそれなりに身体を重ねている相手でもある。以前は、欲しくても叶わなかった存在。それが今では、こうして気軽に電話をして会話を出来るほど、こいつと俺の距離は縮まったのだと、思う。
相手は、押し黙った俺を察したかのように、くすりと笑っていた。その光景が脳裏に浮かんで、俺も思わず眉間の皺を緩めた。
『何してた?』
「…ミッドガルを、見てた」
『…お前、あそこ好きだな』
別に、好きとか嫌いとかそういうんじゃない。好きか嫌いかでいったら、好きじゃない。でも、此処は俺にとって生涯特別な場所。だから、かもしれない。
「何でかは解らない…けど、自然と、足が勝手に此処に来るんだ」
『ふぅん…』
ざり、と背後から砂を踏む音が聞こえる。受話器の向こうの相手は納得したのかしないのか、曖昧に返事をしながらそっか、と一言呟いた。
『でも、解るかも』
相手は、続ける。
『俺も、自然と此処に足を運んじまうんだよな』
ざり。音は近い。ふぅわり、と何か別の匂いが風に乗ってやってくる。知っている、この匂いを。香水とか、煙草を吸ってなくたって、解る。世界でたった一人、俺が焦がれてやまない相手の香りは、俺の脳みそがしっかりと記憶しているから。
「きっとさ、俺とお前が考えてること、一緒だぜ?」
すぐ傍から、耳元から聞こえてきたしっとりとした低い声に、暖かい逞しい腕に、後ろから包まれる。その瞬間、手の中の携帯を落としそうになる。甘い疼きが腰の辺りを駆け巡って、俺の脳みそをとかしていく。
「どう、一緒なんだ…?」
からかうように聞いて、携帯の通話を終了させた。ザックスも携帯をポケットにしまいこんで、俺を抱き寄せる腕に力を込める。また耳元で、吐息が零れて。
「別れと、再会の場所。此処は、俺達にとって消せない傷そのものだ」
ちゅ、と掠めるようなキスを受けて、俺は目を閉じる。甘い、甘い口づけ。それだけで、蕩けてしまう。些細だと思えるものこそ、それがほんとうの幸せなんだと、いつか誰かに云われたことがあるけれど。ザックスと再会してから過ごす時間はどれも幸せ過ぎて、でもその半面罪の意識に捕われて、泣きそうに、なる。今も、また。
「お前のさ、」
「?」
顎を軽く掴まれ、そっと頬を撫でられた。その仕種に内心鼓動を高鳴らせながらも、彼の言葉を待ち、上目に見つめる。
「そういう時の顔、たまらなく愛しいって思う」
曰く、泣きそうな、でも、嬉しそうな顔をしているらしい。だが、生憎自分で自分の顔は見れないから、解らない。またキスをされて、今度は額に、瞼に、鼻の先に。


――――さいごに、くちびるに。


順に口づけられた箇所は清められたかのように神聖な儀式のように感じて、その相手がザックスならば、もはや身体なんて要らないとさえ思うほど。今更ながら、俺はザックスを求めているんだと、思い知る。決別と再会のこの丘で、口づけを交わし合う。何者にも邪魔されない、此処で、俺達は、交じり合う。
吐息すら零すことなく深くなるそれに、身体は素直に反応していく。髪の毛に絡められた節くれだつ指の力強さにくらくらして、適度に引き締まった厚い胸板に縋り付いた。は、と息をしてまた噛み付き合う。膝ががくがくと、震えてくる。嗚呼、止めないでくれ。息が止まっても良い、いっそ全て奪って、骨の髄まで喰らってほしい。彼の首に回した腕に力を込めて、激しく貪る舌に必死に応える。また、くすりと笑われた。いつだって、俺は彼からの施しに慣れない。きっと、慣れることなんかないんじゃないだろうか。
「なぁ、」
ぎゅ、と。また抱きしめられる。耳元に聞こえる心地の良い声に、必死に意識を傾けた。
「何年経ってもさ、願うし、想うよ。ずっと、ずっと、お前と傍に、居れますようにって」
ぎゅ。また、力がこもる。嗚呼、そうだな。俺も、同じだよ。此処に足を運ぶのだって、きっとやっぱり、俺は――――まだどこかで赦されたいって、想っているから。



























アンタと再会したあの日、アンタは笑顔で、また逢えたな、って、言ってくれたな。
けれども俺は、嬉しい半面、アンタを見ていると常に罪の意識を感じずにはいられなくて、アンタの所から逃げたんだ。
自分の情けない姿をアンタに曝すのもそれ以上に自分自身が傷つくのも嫌で嫌で仕様がなくて、だからアンタを避けたんだ。
今ならさ、解るよ。アンタがどんな想いで俺を追って、また受け止めてくれたのか。
アンタは、ほんとうに馬鹿だな。
でも、そんなアンタに俺は惚れたんだよ。
そんなアンタに惚れた俺も、相当馬鹿なんだろうな。
なぁ、ザックス。
こうしてまた巡り会えたのは、やっぱり運命なのかな。
アンタが目の前で逝ってしまった時、俺は神様なんて信じないって、本気で思った。
でも、今なら少し信じたいって思う。
こうしてアンタと巡り会えたのは、アンタと俺が繋がっていたからなんだって、そう思うから。
必ず、またどこかで出会うだろうって、神様が俺達を気まぐれに助けてくれたから。
それとも、俺がアンタの言い付け通りに存在していたから、その音を目印に見つけられたのかな。
理由は、何だって良いんだ。
ただそこにアンタという存在が居て、在ってさえくれたら。
俺は、他に何も望まない。
地位とか、名誉とか、それこそ、英雄だなんて肩書きは、要らない。
何億何千とこの星に暮らす人達に、俺のこの想いは、どれくらいの人に解ってもらえるのか、なんて。
唐突に途方もないことを考えた。
きっとこんな風に、ただ隣に居てくれる存在を愛しいと想える人は、そんなに居ないと、聞いたことがある。
そんな相手に出会える人は、少ないんだと。
だったら、俺はとてつもなく幸せ者なんだな。
ザックスとエアリスから貰ったこの命を、今はもう無駄にしようだなんて思わない。
繋げていきたい。
この想いも、命も。
未来永劫、この星を守っていくであろう、次の世代へ。
































「…そういやさ、大事なこと言い忘れてた」
「?」
ふと、真剣な藍の双眸が俺を射抜く。何だと思い首を傾げると、ザックスは男らしい笑みを浮かべながら、そっと頬を撫でた。
「誕生日おめでとう、クラウド」
「え…?」
「今日、お前の誕生日だろ?あと、数時間で終わっちまうけど、今日中にちゃんと言っておきたくて」
自分の誕生日なんて、すっかり忘れていた。
「あともうちょいしたらさ、帰ろうぜ?ティファもデンゼルもマリンも、お前の誕生日祝う準備して待ってる」
思い返せば、彼女達は朝からやけにそわそわしていた気がする。なるべく今日は早めに戻ってくれと云われたのを、ザックスに言われて初めて思い出した。
「でも、もうちょいこのまま」
ぎゅ、と後ろから抱きしめられ、首筋に顔を埋める彼は大きな犬のようで。たまに見せる甘えたな態に、俺は穏やかに笑った。
思わず昔を思い出した。自分の誕生日を祝ってくれたザックスと、彼の英雄も、一緒に祝ってくれたっけ。あの頃は緊張しっ放しで、あまり記憶にはないが、でも、ザックスが自分なんかの為に用意してくれた料理やプレゼントが、ほんとうに嬉しかったのは覚えてる。何年経っても、この男のこういう所は変わらないらしい。俺を喜ばせることが上手い。というか、ザックスの才能の一つなんだろうな。また、じわりと愛しさが込み上げる。いつだって求めてる。いつだって焦がれてる。
毎日顔を合わせていたって、その想いは溢れるばかり。
少し、というか、もう少し、俺は贅沢者になっても良いのだろうか。いつか花のように笑う彼女は、誰に赦されたいんだと、俺を鼻で笑った。彼にも、同じ反応をされるかもしれない。
「ザックス、」
「ん?」
「…ごめん」
「何でクラウドが謝るんだよ」
嗚呼、やっぱり。彼は、困ったように笑う。その反応に安堵しながら、俺は続ける。
「ありがとう、…愛してる」



























誰ももう咎めたりなんかしないし、誰ももう怒ってないんだよ。
そんな風に、彼女に云われた気がした。


























相変わらず交わす口づけは甘く痺れて、溶けてしまいそうで。
でもこの些細なものが幸せだと思える日々が、願わくばずっと続いていきますように。
そして俺のこの想いが、いつか誰かに伝わっていきますように。
目を閉じ、瞼の裏に映った彼女はやっぱり花のように笑ってた。
目を開け、目の前に居る彼もまた、浮かべた笑顔は向日葵のようだと、そう思った。




























星に
(だからどうか、みまもっていて)




*HAPPY BIRTHDAY dear Cloud!





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