君が隣に居ることは、 なーんつって、と笑いながら青空を仰いだ。 シャベルを肩に担いで、瓦礫の上に腰掛けてぼんやりとしていると、浮かんでくるのは恋人の姿。休憩そろそろ終わるからなー、と遠くで声がする。もうそんな時間か、と思いながらもう一度空を見れば、視界には真っ青な青空が広がっていた。 ザックスも何でも屋の一員ではあるが、あくまでメインで働いているのはクラウドである。モンスターの大量退治だとか、誰かの護衛だとか、大荷物を運ぶ時等、後はクラウドが仕事中で留守の際ザックスしか居ない急な場合はザックスが請け負っている。 夜はセブンスヘブンの手伝い、昼は空いている時間が多い為、有り余った体力を生かす為バイトみたいなものをちょこちょこやっていた(これでも体力は減ったと思うのだが基礎体力はクラウドより上だと自負している)。今はバーの常連客である親父の手伝いで建物の解体を手伝っている。 こんなに晴れたのも久しぶりかもしれない。 綺麗な青から視線を逸らしたくなくて、もうすぐ休憩時間が終わるというのに瓦礫の上から動こうとせず、土の匂いを染み込ませた腕で頬の汚れをぐいと落とす。今日も家に帰ったらまず風呂だなぁと考えていると、突然ポケットの中の携帯が鳴った。 表示も見ずに通話ボタンを押すと、可愛らしい声がスピーカー越しに聞こえてくる。 「もしもーし、どしたマリン?」 『ザックス、あのね、おじさんが遊びに来てるの。今すぐ帰ってきて』 「…おじさん?」 バレットのことは父ちゃんと呼んでいた為、そのおじさんと呼んでいる人物とは異なると瞬時に悟る。となると宇宙が大好きな熱血親父のシドかはたまたWROのリーブのことか。一瞬誰のことか解らず思いあぐねているとマリンがあの人だよ、と続けて紡ぐ。 『ヴィンセントおじさん!』 「…あぁ」 なるほどなー、と見た目は若いのに中身は年齢がいっている赤マントの男を思い出して、ザックスは青空を仰ぎながら頷いた。 「ただいまー」 「お帰りザックス!」 「…済まない、急に邪魔をして」 帰ってくると、カウンターの席にヴィンセントとマリンが並んで座り、談話していたようだ。ぴょんとマリンが椅子から降りて、帰ってきた土埃まみれのザックスに抱きついてくるのを受け止めながら、ザックスはヴィンセントに笑いかける。 「珍しいな、アンタが人里まで出てくるなんて」 「…実は、此処に寄ったのはついでだ」 低い声で淡々と紡ぎながらヴィンセントは静かに俯いた。ついで?と首を傾げるザックスに、ヴィンセントはこくりと小さく頷く。ポケットに手を入れて手にした物は、携帯電話だった。 「…これが、壊れた」 「壊れた?」 「…ふと森の中で居眠りをしていて起きたら、ある日うんとすんともいわなくなった」 「…それは壊れたっていうよりも、ただの電池切れじゃねぇの?」 呆れながらそう言えば、ヴィンセントは至って真面目な顔で 「…電池切れ?」 と首を傾げる。 そうだった、中身は50代のおっさんだった、と一人ごちると後でマリンに携帯ショップまで案内させようと密かに溜め息を吐いた。 「…まぁ私としてはこいつが静かな方が、何かと落ち着くがな」 「どうして?」 興味が沸いたのかマリンが大きな目をくりくりさせながらヴィンセントに尋ねれば 「…あいつから毎日電話が掛かってこなくて済む」 と一言。 「あいつ?」 「多分、ユフィのことじゃねぇか?」 「あ、忍者のお姉ちゃん!」 「…毎日うるさくてかなわない」 口調からすると相当な頻度で掛かってくるのだろう。自由奔放という言葉がぴったりな忍者娘を思い返し、ザックスはけらけらと笑いながらカウンターへ移動する。 綺麗に手を洗ってから冷蔵庫からオレンジとグレープフルーツを取り出し、適度な大きさに切ってミキサーに混ぜて汁を絞り出す。それを氷を入れたグラスに注いで三人分作ると、マリンとヴィンセントの前に置いてやった。 ピルルル、とふと二階から電話の電子音。それに気付いたザックスがマリンに 「悪いマリン、電話頼んで良いか?」 と言えばマリンは笑顔で頷いて二階への階段を登って行った。 「…そういえば、クラウドの姿が見当たらないようだが?」 「ああ、アイツは今ミディールまで配達中だよ」 「…お前は一緒に行かないのか?」 「俺は予備員みたいなもんだから、基本的にはクラウドがメインさ」 だから俺は代わりに此処に居るんだ、と言いながら作ったジュースを一口飲んだ。柑橘系特有な酸っぱさが染みるが新鮮なフルーツ故に美味しい。 「…変わらないな」 「そうか?」 「…ああ。クラウドもお前も、此処は変わらない。何がそうさせているのだろう…お前がクラウドを想う気持ち…クラウドがお前を想う気持ち、それらが、綺麗な侭でいるからだろうか」 「…どう、なんだろうな」 自分では、やはりこういうのはよく解らない。変わったとか変わらないとか、そういうのは実際目で見ないと解りにくいものだから。 「…私は、お前たちが少し羨ましい」 「え?」 ふと遠い目をしながら、紅い目を細めて遥か昔を思い出すように。その紅の中に羨望という感情が微かに入り混じる。ザックス手製のジュースを一口飲みながら、ヴィンセントは続けた。 「…もう私にはお前たちのような綺麗なものはとっくの昔に失くしてしまった。後戻りしたくとももう遅すぎる。だから届く距離に居て、互いに手を繋ぎ未来を見据えられるお前たちを少し羨ましく思う」 それが私の罪であり罰であるから、仕様がないことではあるのだがな、と。静かにそう語る口調はどこか寂しげだが、ザックスを見つめる紅はまるで夕陽のように優しい色だとザックスは思った。 昔一度、ザックスは彼を見たことがある。初めて新羅屋敷の地下に行った際にたまたま見つけたのだ。棺桶に眠る彼の姿を。まさかその彼がクラウドと共に旅をし、こうして話をする仲になろうとはあの時予想だにしていなかったが。 ふと、パタパタと小さな足音。マリンが二階から戻ってきたようだ。 「ザックス、電話クラウドからだったよ!」 「ああ、そっか。何だって?」 「今日の夜にはこっちに帰って来れるって!」 「…邪魔をしたな。私はそろそろ帰るとしよう」 「え、もう帰っちゃうの?」 残念そうに、マリンが言えば、ヴィンセントは細い目元を穏やかに笑ってみせながら 「…私がこのまま居続けたら店の客に死神と勘違いされそうだからな」 と一言言い、背を向けてマントを靡かせて行った。 「おじちゃんの目、紅くて綺麗だよね。夕陽のように、優しい色…」 マリンは時々、エアリスと似たようなことを言う。今の発言にも少々驚いて、ザックスはマリンの横顔を見ながら暫し目を瞬かせていた。 夜も更け、寝返りをうてば、誰かに髪の毛を撫でられている感触に意識を浮上させた。 ぱしりと掴めば、ひやりとした白い指先がぼんやりと映る。嗚呼、こんな時間に微睡むなんて珍しいなと苦笑しながら掴んだ侭でいると、白魚のような手がするりと抜けて逃げられた。だがザックスの洗い立ての髪の毛を撫で梳かれて、また眠気がやってくる。 「…クラウド?」 小さく名を呼べば、ああ、とテノールの声が鼓膜に響いた。心地良い。ザックスの好きな声。 「ただいま。珍しいな、アンタが先に寝てるなんて」 今日の仕事きつかったのか?と揶揄うような声色にくすりと笑みながら、そうかも、と同意する。 「ヴィンセントが、遊びに来たぜ」 「らしいな。マリンから聞いた」 「此処は変わらないなって、言われたよ」 「…そうか」 変わったと言えば変わった。けれども確かに、互いの根底にあるものは変わっていないのなら、ヴィンセントの言うように変わっていないのかもしれない。白い手の甲に優しくキスを送っていると、また手がするりと逃げる。だがそのひやりとした感触がザックスの頬に触れた。そっと傷跡をなぞられる。その仕草は寝起きの身体にはきつい。 「アンタと、キスがしたい」 「…何、可愛いこと言っちゃって。俺の理性試してるのか?」 一瞬クラウドの発言に瞬くも、挑発するように目を細め、笑みを濃くする。 「…試すとか試さないとかそういうんじゃなく、ただ思ったことを口にしただけだ」 ぎし、と。クラウドの右手がザックスの顔の横に、左手が唇をなぞった。こんなことを言いながらも確実に煽ってくる。全く以て質の悪い恋人だ。 「…止められなくなったら、どうするんだ?」 首筋に落ちてくる唇の感触を楽しむように金糸を梳き撫でていると、クラウドの右手がザックスの心臓に当てがわれる。触れられた瞬間に、そこが熱を帯びていく。 「お座りって、止めておく」 蒼碧の瞳が、細められた。その色に、魅せられる。堕ちていく。 「犬だから、人間の言葉は解らないな」 クスクスと笑いながらクラウドの引き締まった腰を抱き寄せ、己の下肢をクラウドに押し付ける。耳朶を舐られ、クラウドの吐息全てを間近に感じて、ザックスは下肢に熱が集まっていくのを感じた。 避けられていた唇をようやく合わせる。元々一つのものだったかのように、確かめながら。角度を変えて、舌を絡めて。 唾液がこぼれようとも構わなかった。兎に角触れたくて、溶けたかった。 「ん…ッふ、」 クラウドの呻き声に、また身体が熱を伴い、歓喜に震える。無理やり押し倒し、今度はザックスがクラウドを押し倒した。クラウドの格好は寝る直前のルームウェアに着替えられていた。それ故白いシャツの隙間から手を忍ばせれば、綺麗な白い肌を堪能することができた。 それに気分を良くさせながら、ザックスはクラウドの胸元に赤い華を咲かせていく。 「…ザックス、」 「ん?」 「覚えて、いるか?」 「?」 「今日は、」 「うん」 「今日は、アンタとまた出逢えた日だ」 時間に直せばほんの二年前。 365日×2=720日。 二年前に、ミッドガルのあの丘で、またこうして、巡り逢えた。 そう、また巡り逢えたのだ。想いと夢と誇りを託した悲しい哀しいあの丘で。 また、ザックスとクラウドは出逢えたのだ。 白磁の肌は、何年経っても変わらない。汚れることを知らないかのように、いつまでも綺麗な侭。それを暴けるのもザックスだけ。 咲かせた赤い華をなぞって、頬に口付ける。 「クラウド、」 「ん…?」 「また一年、宜しくな」 「こちらこそ」 まるで新年の挨拶みたいだ、と笑った蒼碧の瞳の端が、きらりと輝いた。その雫を舐めとるように舌先で拭って、ぎゅ、と抱き締める。腕の中に感じる存在に、息を大きく吸い込んだ。クラウドの匂いも抱き締めた時の感触も、やはり変わらない。 胸の奥に常に閉まっている想いも、不変のものだと互いに思っている。 愛しい。クラウドの存在が、堪らなく愛しい。 愛しすぎて、泣きたくなる。 誰かを想うことは、こんなにも幸せで泣きたくなるのだと教えてくれたのは、隣に居る君のおかげ。 「今度さ、旅行でも行こうぜ。弁当でも作ってさ」 「良いなソレ。アンタの作るサンドイッチ美味いから、期待してる」 だから、毎日でも云いたい。 君が隣に居ることは (酸素を吸って吐く、息をすることと、同じこと) |