「…私に何か用か?」


























気配を消したつもりなのだろうが、まったく消えていない。むしろばればれなことに気付いていないのだろうか、浅黒い肌に金の髪を有した青年が、次元城の木陰で休んでいる私の側へと近寄ってきた。神々の戦いとやらに巻き込まれ、この世界に喚ばれたという10人の戦士たち。その中にイレギュラー的に喚ばれたのが私。今はイミテーションとの衝突もなく、コスモスの居る秩序の聖域とやらに向かう途中で、昼の休憩中といったところか(正直時間の感覚も食欲の感覚も曖昧なのだが)。この青年も喚ばれたうちの一人で、名をティーダと云ったか…。
ティーダは笑顔を浮かべたまま、私に話しかける。
「姐さん、あっちでみんなと一緒に昼飯食おうっス!フリオニールとジタンが当番だから、味は保障するっスよ」
名前を言われても正直顔が一致していないのでどう返答したらいいか困ったものなのだが、ティーダは私の回答なぞ無視するかのように腕を力強く掴んでくる。その無神経さに思わず苛立ち、ばっ、と振り払った。
「…私に構うな。皆と一緒に食べていればいい」
「でも…」
それ以上は何も言わず、私は腕を組みもう一度木の幹に寄り掛かり目を閉じた。何か言いたそうな気配を感じたがそこまで親しい間柄でもない。それにこの青年はどことなく苦手だった。元居た世界の、あいつを思い出して。
ティーダが仲間のいる向こう側へ戻って行くのを見遣ってから、無意識にほっと息を吐いた。馴れ合うつもりはない。どうせ目的を果たせばすぐに皆元の世界に還るのだ。へたに感情を抱かない方が良い、そう思い空を見上げた。
(…空……)
コクーンという下界から確立された世界。繭のような狭い世界は無機物に囲まれていて、あまり生きた心地はしなかった。それでも下界というのはコクーンで暮らす私や人々にとっては恐怖の対象でしかなくて、それでも良いから縋るようにファルシに何もかもを委ね、ファルシも人も互いに依存し合い、寄生しながら生きてきた。
何とも虚しいものだな、と自嘲めいた笑みを浮かべて、胸元にそっと手を宛てがる。この世界に来てから、刻印の進行は止まっていた。さすがに異世界に飛ばされては下界のファルシの力も干渉されないようだった(まぁシ骸にならないのは有り難い限りだが)。しかし逆をいえばいつ元の世界に戻れるかも解らない。賑やかに過ごす(一応)仲間たちをちらりと見ると、向こうから走って来る奴が一人。ティーダだった。しかも食料を抱えて、阿呆な面をして、また懲りずに私の元へとやって来る。
「飯持ってきたっス!だから、一緒に食おうぜ姐さん!」
「…………」
正直追い返すのも億劫だったので、私は諦めて息を吐いた。隣にティーダが腰掛ける。持ってきたのは野菜を煮込んだスープと、どこで調達し作ったのかは解らないが焼きたてのパン、そして鶏肉らしきものを軽く焦げ目をつけて焼いたシンプルなものだった。それらの匂いを吸い込めば一応器官は反応するらしい、ようやく小腹が空いたという感覚に陥り、ティーダが持ってきたパンをかじって食べる。ティーダは美味そうに肉にかじりついている。こんな所まであいつにそっくりで、ティーダに罪はないが何となく叩きたくなった。
「うめぇー!やっぱりフリオニールとジタンの作る飯は最高だー!」
「…その二人以外が作るご飯はそんなに酷いのか?」
あまりにそんなことを言うものだから少しばかり気になってきいてみれば、ティーダはうーんと眉を寄せながら苦々しく答える。
「スコールとセシルは、まぁ普通かな…。あ、あとオニオンとティナもまあまあ…酷いのはクラウドとウォーリアと俺っスかね」
とにかくクラウドのは食えたモンじゃないっス、と告げるティーダの意見に、間違いなく私もその中に入るなと思った。自慢じゃないが私の料理の不器用さも妹のお墨付きだ、二度と料理をするなとまで言われてしまった。そうか、と素っ気なく答えると、ティーダはずいと身を乗り出して、そういう姐さんはどうなんスか?と嬉々としながらきいてきた。ふっと自嘲めいた笑みを浮かべながら、私は遠くを見ながら答える。
「残念ながらその不器用な中に入るな」
「ああー…そうなんスか…いや、でも何かそれがまたイイ!」
「?」
何が良いものか。ティーダが勝手に恍惚としている様を放って置いて野菜スープにパンを浸して食べる。塩見がきいてて食欲が満たされる感覚。ずっと戦い続きだったから、こんな時間も久しぶりだ。
「姐さんも、コスモスに喚ばれてこっちの世界に来たんスよね?」
「ああ」
それにしてもよく喋る奴だ。落ち着きがない所も似ている。
「還ったら、まずどうするんスか?」
「…そんなの、お前には関係ないだろう?」
「だって仲間のこと知りたいって思うのは普通だろ?俺はもっと、姐さんのことが知りたくて…」
「迷惑だ、これ以上入ってくるな!」
気づけば、怒鳴っていた。はっとした時には遅く、青空色の瞳はみるみるうちに萎んでいって。ティーダが食べ物を抱えてゆっくり立ち上がる。泣きそうな笑みを浮かべながら、
「ごめんっス。そうっスよね、姐さん、俺みたいなうるさそうな奴嫌いなタイプっスよね?無神経に話しかけて申し訳なかったっス!じゃあ、あっち戻るから何かあったら姐さんも来てくれよな!」
ざっ、と風のように走って行く。その姿を見守って、また木の幹に寄り掛かった。はぁ、と溜息。無意識にいらいらしていたものが一気に出てしまった。ティーダには悪いことをした。同時に思い出される、あいつの顔、声。

『義姉さん!』

私から最愛の妹を奪ったのが許せなかった。妹も皆も守ると軽口を叩いて結局誰も守れなかったあいつが憎かった。けれどもどんなに絶望的な状況でも諦めない、真っすぐな目と意思が眩しくて、敵わない、と思った。ティーダは、良くも悪くもそんなあいつと酷似している。だから余計にいらついて、干渉されるのが嫌で、拒絶した。
傷ついた顔をしていた。あいつに対してはさしてそんなことは思わないが、あいつとあの青年は違う。ひどく罪悪感に駆られた。犬耳と尻尾がうなだれたようにも見えた。干渉されたくないから関わらないようにしてきたのに、あちらから一方的に干渉してくるものだからやはり僅かな情が湧いてしまった。面倒だから、嫌だったのに。
でも結局は、私はああいうタイプに弱いのかもしれない。スープに浸したパンをもう一口食べる。
「…確かに、うまいな」
妹の料理には負けるが、その味になかなか近いものはある。
後で、一言謝りに行こう。持ってきてくれたパンとスープと肉と、それに僅かばかりの感謝をこめて、私はもう一口、パンをかじった。


















掴まれた掌は熱くて、真っすぐに見つめてきた瞳は煌めいていた。仲間、と私なぞにそう呼んでくれた青年に対し、少しは応えてやっても良いのかもしれない。
遥かこの空の向こうにあるであろう元の世界の青空を見て、私はそう思った。












ライトさん+ティダ。続編でこの二人の絡みに期待!






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