※パロ、8が大統領の息子で10がその執事さん。世界観は8中心、ラグナパパが戦災孤児だった10を拾ってきたらしいです。友情出演=7。



毎日が退屈だ。
いつからこう思うようになったのか判らないほど、自分自身の世界はこうも無彩色でつまらないものかと毎日は淡々と、けれども確実に時間は過ぎていく。

そんな中、向日葵の花を、見つけたんだ。


















「スコール!」
「…………」
勉強している手をぴたりと止めて、俺は顔を上げた。ノックもなしに部屋に入ってきたのは、同い年で、俺の専属の執事をやっているティーダという青年だった。俺よりも浅黒い健康的な肌色に、金の髪。青空色の瞳は真っ直ぐに俺を見ながら、紅茶と菓子を載せたワゴンを持ってきた。
「そろそろ休憩にしようと思って、菓子とお茶を持ってきたっス!」
「ああ、ありがとう」
にか、と衒うことなく浮かべた笑みを何故か直視できなくて、いつも俯きがちに返事をしてしまう。何だかその笑顔が、毎日のことなのに照れ臭く感じてしまうのだ。勉強のために広げたノートやテキスト、参考資料の分厚い本をしまって、俺は机の脇に寄せる。ティーダの淹れた紅茶の香りが、菓子の甘い匂いに乗って鼻腔をくすぐった。甘い物は元来苦手だ。だがティーダにそれを伝えると翌日からあまり甘くない菓子を用意してくれるほど、気が利く人間だった。今では紅茶の葉の好みや、どれくらい甘い物が苦手だとか、全部把握しているほどだ。
「どうぞ」
「ああ」
執事の癖に、敬語は一切ない。執事長がそう躾けようとした所、何故か俺の前に出るとそれらが全部砕けてしまうのを見てからは溜息を吐きつつも取りやめたらしい。今日の菓子は、アールグレイの茶葉で作られた紅茶のスコーンと小さく切り取られたアップルパイだった。
「いつもいつも、勉強ばっかりで疲れないっスか?」
「疲れるに決まってる。好きで勉強しているワケじゃないからな」
「ふーん……」
紅茶のポットをワゴンの上に置くと、俺の隣まで回って、テキストや参考資料の本をぱらぱらと捲って読み始める。だがすぐさま眉間に皺を寄せてぱたりと閉じ、深い溜息を吐いた。
「…俺には全然わっかんねぇ…」
(当たり前だ、判られてたまるか)
一介の執事に、しかも戦災孤児に判られては俺自身の今までの努力が水の泡に帰すというもの、ティーダの頭の弱さに内心ほくそ笑みながらも、紅茶を飲んだ。
「スコールはさ、」
「?」
「その、やっぱ将来はラグナ様の跡を継ぐ…んスよね?」
「…そうだな、」
ラグナというのは、俺の父親だ。父が、ティーダを拾ってきたのだ。


* * * *


此処はエスタという大国で、長い間他国から侵攻されることもこちらから侵攻することもなかった、ずっと沈黙を保っていた国だ。だがそれも10年前に開国され、今では他国との親交も深まり、貿易も行っている。ただ、軍事国家であるガルバディアを除いては。
ティーダは、そのガルバディアの内戦が起こった際に父に拾われ、家へとやってきた。当時視察と国家間会議を兼ねてガルバディアへ趣いていた父はガルバディアの反大統領組織が起こした内戦に巻き込まれ、その最中でティーダを見つけたのだという。家へやってきた時は警戒心も強く、心身ともに弱っていた状態だった。年の頃合はお前と一緒だ、そう父に言われ、幼いながらに同情の眼差しを向けていたのを覚えている。だが何よりも、その金色の髪の毛に強く惹かれた。次に、目を開けた時に見せた青空色の瞳だった。うちの執事長もティーダと同じ金髪碧眼だが、ちょっと違う。あれは何だか、人工的に作られた色のような気がして、ティーダのはまるで天然の宝石のようだと思った。
他のメイドや執事たちがティーダの寝ている部屋に行き来しているのを何回か見た後、誰も居ないのを見計らって部屋へと入った。
何となく、どきどきした。近付けば、当たり前だがティーダは寝ていた。少し浅黒い肌は自分よりも健康的で、そういった人があまり居ないものだから何だか新鮮だった(そういえば父の側近の人もこんな風に肌が黒かった)。そっと、その金色の髪に触れてみる。思ったよりも柔らかくて、まるで鳥の雛のような髪の毛だと思った。
すると、瞼がわずかに震える。慌てて手を離して固唾を呑んでみていると、やがて青空色の瞳が覗く。綺麗だなと、思った。だが、ティーダは俺の姿を見るなり、ふいと顔を逸らした。
『だれだ、あんた』
強い口調だった。けれどもその口調から、強がっているんだなと、すぐに判った。
『スコール。スコール・レウァール』
一応名前だけ名乗るものの、ちら、とこちらを見たきり今度は身体ごと背を向けられた。正直これ以上どう対応して良いのかも判らなくて、部屋を出ようとした時。微かな泣き声が聞こえた。それを聞かないフリをして、俺はその場から立ち去った。
その夜。執事長には内緒でキッチンにあったお菓子を両手にたくさん抱えて、ティーダの部屋へと持っていった。執事やメイド達の間で、ティーダが全然ご飯を食べない、というのを聞いたからだ。
こっそりと部屋に忍び込めば、ティーダはベッドの上で丸くなっていた。きゅるる、と腹の鳴き声が聞こえて笑いそうになるが、堪えた。
『ティーダ』
『?』
『腹、空いてるんだろう?』
食べ物を持ってきた、と示せば、ティーダは一瞬とまどったのか視線を彷徨わせた後、腕に抱えていたバナナをまず一本手にとった。次にクッキー、チョコレート、パイ、と次々に食べていく。その最中、涙をぼろぼろ零しながら食べるのをやめた。どうしたんだろう、まだ傷が深いのだろうか、と内心心配しながら様子を窺っていると、どん、とティーダが俺に体当たりをかましてきた。どしん、と俺は床に後頭部を打ちつけ、痛くて一瞬目がくらむ。さすがに腹が立ってティーダを怒ってやろうと思ったが、ティーダは俺の胸の中で思いっきり泣き声を堪えながらも泣いていた。
(…そんなに泣きたいなら泣けば良いのに)
何となくそう思ったが、口に出そうとして辞めた。したいようにさせておけばいい。後頭部が未だにじんじんする。少しこぶになったかな、と考えながらも、ティーダの髪の毛をそっと撫でてあげた。ぎゅう、と思い切り服を掴まれる。嗚呼、そうか、とそこで思った。
父はエスタの大統領、いわばこの国のトップだ。母は病弱だったため俺を産んで直ぐに亡くなってしまった。男手一つで育ててはくれているが、それでもやはり仕事の量は膨大で、構ってもらったことは、あまり記憶にない。執事長が、半分俺の育ての親。将来はこの国を継がなければならない。だからずっと毎日勉強ばかりだし、俺と同い年の奴なんて、この屋敷にはもちろん居ない。
ティーダは、俺と似てるんだ。俺も、泣きたいことがたくさんある。勉強するのは嫌いじゃないけど、みんなの期待を背負って勉強するのは、正直好きじゃない。泣きたいけど、泣きつきたい相手もいない。執事長は、そんな俺に勘付いているのか時々羽目を外して遊んでくれたりするけれど。
(泣かないで…)
ぎゅ、とティーダの身体を抱き締めた。自分よりも華奢で、小柄だった。ガルバディアは貧富の差が激しかったと聞く。これからは、ティーダが好きな菓子を毎日運んであげよう。幼い俺には、慰める術はそんなことしか思い浮かばなかった。


* * * *


それが今では、運ぶ所か俺が運んで貰ってる。あの一件があって以来、ティーダは俺に懐いてくれるようになった。そして執事長に自ら志願して、俺の専属の執事をしてくれている。あれから10年。今では俺よりもしっかりした身体付きになって、いつまでも中に引きこもっていると軟弱になる!と逆に俺を外に誘うようになっていた。
目を開け、気だるい身体を起こすと、カーテンの隙間から朝陽が覗いていた。起き上がり、窓の下に見える手入れされた庭の景色を見ながら、昨日のティーダを思い出した。
『やっぱ将来はラグナ様の跡を継ぐんスよね?』
もう、俺もティーダも17。確かに、継承するにはそろそろ頃合の歳だろう。今まで父の跡を継ぐために苦しみながらも勉学に励んできた。もちろん、それ以外のことも。ティーダに言われると、何だか心が苦しかった。それにその時のティーダの顔は普段と違い何となく曇っていて、見ているこちらが苦しいと思った。
何故、今更になってあんなことを――――
こんこん、と突如ノックの音。
「失礼致します」
入ってきたのは、ティーダとは少し違う金髪碧眼の男、執事長のクラウドだった。
「おはよう御座います。お父上から、朝食の前に話があると、言付かっております」
「…父が?」
一体改まって何の話だ?疑問に思いそれを口にすると、無表情にクラウドは続ける。
「何の話かは私も存じ上げておりませんが…とにかく、急ぎご準備のほどお願い致します」
深々と礼をした後、俺は着ていたものを脱ぎ捨てると、服を持って来い、とクラウドに命令をした後、大きく溜息を吐いた。一瞥した外の向こうは、重苦しい曇り空だった。



「おはよう、スコール」
「おはよう御座います」
「ま、そこに座れ」
言われるままに席に着くと、そこにはティーダとクラウドの二人が待機していた。
父は、長い髪を片耳にかけながら、人好きの笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「お前ももう、17だ。そろそろ、この国のことをお前自身にいろいろと考えてもらいたいと思っている」
「はい」
「そこで、だ」
父がいったん言葉を区切る。何だか歯切れが悪い。何となく、話は見えた。眉間に、思わず皺が寄る。
「内戦が激しく、他国との親交をあまり交えなかったガルバディアも、10年経った今ではだいぶ落ち着いた。他国に比べればガルバディアとの親交はまだまだ前途多難ではあるが、それでも今軌道に乗っていると、俺は見ている」
「…つまり?」
また、皺が増える。回りくどいのは嫌いだ。目でそう訴えれば、父もいつもより目を厳しく光らせ、眉根を寄せて重く告げた。
「ガルバディアの誇る軍トップのカーウェイ殿の一人娘と、お前に見合いをしてもらいたい」
「…政略結婚、という訳か?」
背凭れに背を預け、低くそう告げると、父もあっさりとそうだ、と頷いた。
「先方は乗り気だ。それにカーウェイ殿はガルバディアに於いて立派な人物で人柄も良い、皆に慕われている。その娘も、なかなか器量のある子だと聞いている。これはお前達個人だけの問題ではなく、国と国とが改めて手を携えるためのことでもある。…一週間後に、また返事を聞かせて欲しい」
「………判りました」
(嘘だ…そんなもの、判りたくもない)
心の中で嘲笑ってやる。運ばれた朝食がまずかったのは、最早言うまでもない。


* * * *


こんこん、とまたノックの音。入ってきたのは、ティーダ。今日は何もかもやる気が起きなくて、入っていた習い事は全部無理やりキャンセルした(クラウドが大きく溜息を吐いていたがそんなこと知ったことではない)。ティーダは寝転がっている俺へと近付くと、なあ、と声をかけてきた。
「ごめん」
「…何で、そこでお前が謝るんだ?」
意味が判らなくて思わずそう返せば、だって、とティーダは小さく続けた。
「俺、知ってたんだ。スコールに、お見合いの話がきてるってこと」
「………」
「執事長がラグナ様と話していたの、こっそり…聞いて…それで…」
「それを知ったとして、お前はどうしたかったんだ?」
項垂れながらもなお、ティーダに訊ねる。思わず毒を吐いてしまった。こんなのただの八つ当たりだって、判っているのに。
ティーダは俺のベッドへと腰掛け、俺の服の裾を弱々しく引っ張る。
「判んねっス…俺だってどうしたいのか。でも、スコールが誰かと結婚するんだって思うと…何か、何ていうか…」


心の中に穴が空いたみたいで、寂しいっス。


そう呟かれた言葉は、今までにないくらい真剣なものだった。ティーダの方にちゃんと向き直れば、青空色の瞳は僅かにうつむけられていた。今にも泣きそうな、そんな顔。
「ティーダ…」
泣いてるのか?そう問えば、ティーダは慌てたように、乱暴に手の甲で目元を拭った。
「あ、あはは…何スかね、これ…ッ。ごめ…、そんなつもりじゃッ…!」
言い訳してくるティーダが煩わしくて、思わず衝動的に抱き締めていた。直接触れ合う体温に、俺の鼓動が一瞬激しくなる。久しぶりに触れるティーダの髪の毛は相変わらず柔らかくて、全然変わってないんだな、とそう思った。
「ス、スコ、スコール…?」
「黙ってろ」
「はい…」
命令すれば素直に従うティーダ。ずっと10年前のあの日からずっと俺の世話を自らしてくれたティーダ。初めてできた、同い年の俺の友達。

(友達?)

はっ、とまた内心嘲笑った。違う、友達なんかじゃない。友達には、普通こんなことはしない。
なあ、勘違いだと云うのなら、今の内に俺を嗤ってくれ。駄目だ、とか無理だ、とか、俺を拒絶してくれ。
「…スコールにこうしてもらうの、10年ぶりっスね」
ぽつりと囁かれた言葉が、じんわりと胸の内に染みていく。嗚呼そうだ、10年ぶりに、こうして互いの体温を確かめ合っている。あの時のティーダの堪えてた泣き声も、ぎゅっと皺ができるくらい強くつかまれた掌の力強さも、今でも覚えている。
俺と似ていると思ったあの感情は、俺の中でずっと燻っていた。自分がこの屋敷に居る限り、自分の身体の一部のようにずっと傍に居てくれるものだと思っていた。それは不変で、永遠なのだとも、夢みたいに思い描いていた。
「なあ、ティーダ」
名を呼べば、ぴくりとティーダの身体が強張った。ぐ、と肩を掴み、正面から顔を覗き込む。ティーダの青空色の瞳は、未だに赤く潤んでいた。思わず、肩を握る手に汗がじくりと滲む。けれども、もう我慢できなかった。
「俺は、お前が…」




いざという時に、がつくんだ



(気のせいなんかじゃない、向日葵は、俺の為に一輪咲いていれば、それで良い)