何だってこんな面倒な奴を好きになったのか、












「でさ、俺はこのウォレットチェーンをクラウドにあげよっかなーって思ってる
んスけど、スコールは何あげるんだ?」
(…無理にあげなきゃいけないものなのか?)
8月初旬。夏休みの宿題を教えてくれむしろ見せてくれ!と有無も言わさず乗り込んできたティーダが一時間もせずに飽きて出してきた話題は、近々開催される予定のクラウドの誕生パーティにて彼に何をあげるか、ということだった。そもそもスコールは参加すると一言も言っていないが勝手に参加するにティーダがマルをつけていたらしい。迷惑だとあらわにして一人ムッとしていたが、主催者であるバッツとフリオニールはみんなでやった方が楽しいと何だかんだでほだされ(その裏には単に派手に遊びたいだけじゃないのかとも思えてならない)、スコールも強制的に参加することになった。そんな過程があり当然ならがプレゼントなぞ全然考えていなかった。第一ティーダが見せてきた雑誌に載っているウォレットチェーンは値段を見れば学生には少し値が張る品物だ。日々バイトと部活に忙しくそして常々「金ねぇー」と喚くティーダにそんな余裕どこにあるというのだろう。
「スコールも、何かあげなきゃ駄目っスよ。せっかくの誕生日なんだから」
そう言われても、ティーダほどスコールはクラウドと親交が深い訳じゃない。どちらかといえば属性が似ていて苦手だった。クラウドがシルバーアクセの類が好きだというのも今のティーダの話を聞いて初めて知ったし、在学中だった頃もそんなに接点はなかった。クラウドに引っ付いていたティーダの後ろ姿を、少し離れた所から見ていただけだ。トン、とシャーペンの芯を紙面に突き刺して、スコールはそっと溜息を吐く。そもそも今のこの年になるまで友達付き合いなぞまともにしたことなかったから、誰かの誕生日を祝うということ自体に違和感があった。自分の誕生日にすら固執しない質だから、誰かの誕生日を祝うということも何だか面倒に思えてならない。そもそも考えてみたら仕事が忙しい両親に誕生日を祝ってもらった記憶すら曖昧なのだ。それゆえに気が重い。だがティーダは、そんなスコールの心中なぞ当然理解している筈もなく、今度買い物に付き合ってくれと、頼み込んでくる。
「…一人で買いに行けば良いだろ?」
「だってせっかくなら、こうした方が良いっていう意見聞きたいし、それに、ス
コールとあんまり買い物とかしたことないから、一緒に行ってみたいんスよ」
あっけらかんと、笑顔を咲かせながら真っ直ぐに言ってくるティーダの言葉に、
思わず詰まる。断りきれるわけもなく、仕様がなく溜息を吐きながらも縦に頷くと、やったー!と両手でバンザイをしながらティーダは喜んだ。
(たかだか買い物に行くだけなのに…)
こんな地味な人間と一緒に居て何がそんなに楽しいのだろう。
そう思わずにはいられない。そんなティーダが理解できなくて苦しむが、その為にもさっさと宿題を終わらせなきゃな、とせっせと取り組む姿が少しだけ健気に見えて、結局こうやって他人に絆されるんだと諦めがちに息を吐いてスコールも宿題を手伝ってやった。



* * * *


パーティ当日。とある小さなカフェを貸しきっての、バッツが考えたらしい演出とフリオ
ニールが作った小さな花束がいろんな所に飾られ散りばめられた華やかさは、普段無表情なクラウドの顔を破顔させた。
「おめでとうクラウド!これからも宜しくな」
「これは俺とバッツからだ、受け取ってくれ」
「…すまない、ありがとう二人とも」
二人がプレゼントを渡している後ろで、ティーダは一人そわそわしている。その様子が
待てをくらっている犬のように見えて、スコールは内心呆れていた。じっと待てないのか、と突っ込むものの、とにかくその顔は渡した後どういった反応をしてくれるか今か今かといわんばかりだった。クラウドがこちらに振り向き、ティーダがそれと同時にダッシュする。
「おめでとうっスクラウド!これ、俺からのプレゼントっス!!」
「あ、ありがとうティーダ…」
嗚呼、やはりクラウドすら苦笑している。ティーダのクラウドへの懐きっぷりは相当だ。
何であんなに懐いているのか、よく解らない。そしてそんな二人を見ていると、自然と胸のうちがもやもやとしてくる。けれどもそれが何故もやもやしてくるのかも、自身ではよく解らなかった。
(…何で、あんなに楽しそうなんだ)
誕生日なんて、ろくな思い出がない自分にとって、単に煩わしいものだけだ。
まして他人の誕生日なんて、興味がなかった。どうしてそんなに一生懸命になれるのか、スコールには理解できない。何だか4人でワイワイしている姿が、別世界に居る人間のように映って、視界がぐにゃりと歪む。
「…コール、」
大体、人の人生なんて、死に行く為のものだろう。人が年を重ねるということは、それだけ死に行くことへ一歩近付くということだ。
それを素直に喜ぶことなど、自分には出来ない。
それだけ自分が歪んでいると言われればそれまでだ。だが生憎、親から愛情をたっぷり注がれて育ってきた記憶なぞ、スコールにはない。
ティーダのように考える者も居れば、自分のように考える奴だって居る筈だ。所詮人は十人十色なのだ。それを無理に押し付けるのも押し付けられるのも、御免だ。
「スコール!」
「っ!」
ティーダに呼ばれ、ハッとした。クラウドもフリオニールもバッツも、スコールをじっと見つめている。どうやら考え事に耽っていたらしい。
「大丈夫っスか?具合でも悪いのか?」
心配した様子で、ティーダが覗き込んでくる。
「…大丈夫だ、問題ない」
「しかし、顔色が少し悪いぞ?体調が悪いなら、無理をしない方が…」
フリオニールも、心底心配した様子で声をかけてきた。だが、何となくその態度が癪で、ただスコールは大丈夫だ、と繰り返した。とりあえず、自分がぼーっとしていた所為で、場の空気を悪くしてしまっていたらしい。
クラウドの前までツカツカと移動すると、ずい、と手にしていた袋をクラウドへと突き出した。
「…誕生日、おめでとう」
心にもない言葉で、我ながら吐き気がした。クラウドは受け取りながら、ありがとう、と世辞のように返した。きっと似た質を持つクラウドのことだ、もしかしたらスコールの考えていたことが判ったのかもしれない。
蒼碧の瞳はスコールの青灰をそっと射抜き、無言で頷いていた。それに何だか急に罪悪感に襲われて、くるりとそのまま出口に向かって踵を返す。
「お、おい、スコール!?」
「何処行くんだよ〜ケーキとご馳走これからだぞー?」
バッツの間延びした声と、フリオニールの焦る声を背に、スコールは唇を噛んだ。
「…やっぱり体調が悪いみたいだ、先に帰る」
「スコール!!」
ティーダの泣きそうな声を振り切るように、バタンとドアを閉めて、その場から逃げるようにダッシュした。






























(最悪だ…)
会場だったカフェからしばらく走って、走って。その内、雨が降ってきて。小雨と言えど、濡れれば冷たくて。何処に行こうか、なんて思考がろくに働かないまま、気付けば帰路についていた。
人がわんさか乗っている電車の中に滑るように入って、たまたま空いた席に疲れたように座って。雨に濡れた服や鞄や土のいろんなにおいが混じったそれと人の熱気に思わずむっとして。
さっきの場の空気を崩してしまったことにまた後悔をして。自分は、こういう所は幼稚なんだなと、鼻で笑いたくなって。
(ほんとうに、さいあくだ…)
手を組んで額をくっつけ、項垂れる。まだ家に着くには4駅も離れている。耽るには十分な時間だ。クラウドには申し訳ないことをした。せっかく、自分以外の面子はクラウドを楽しませようと前々から準備を頑張っていたであろうに。
ティーダもその内の一人だったのに、顔が合わせづらいなと、そう思った。カタンカタン、と電車が揺れる。ちらりと視線をめぐらせて、向こう側の手すりを掴んでいるサラリーマンの男性を見た。左手には結婚指輪をしている。
既に子供は居るのだろうか、そこまでは解らないが、けれども一生懸命誰かにメールを返している。ポケットにしまったと思ったら、すぐさままたメールが届いたようで、携帯を開き画面を見た途端にその男性は穏やかに笑った。
きっと家庭を重んじている男性なのだろう。その家族は、幸せなのだろうなと、ぼんやりとそう思った。
気付けば、降車しなければいけない駅に到着し、降りて自分の家へと向かう。雨はやはり小雨のままで、この天気を見ているだけで気分が沈むようだった。
アパートに着いてベッドに身を投げ出す。湿ったTシャツの感触は気持ち悪かったが、それでも着替えるのは億劫だった。ティーダに後でメールでも送ろう。
あと、バッツと、フリオニールと、クラウドにも。素直に、ごめん、と。言わなければ。自然と瞼が重くなってきて、スコールは意識を手放した。



* * * *


どれくらい寝ただろう。ゆるゆると浮上する意識を集中させて、ゆっくり、ゆっくり、目を開ける。そこには見慣れた、金髪があった。
「目、醒めたっスか?」
心なしか仏頂面をしたティーダの顔を見て、スコールは一瞬混乱する。何故ここに、という思いが駆け巡り、がばりと身を起こした。
「お前、パーティは…?」
「終わったっスよ。けれど誰かさんが場の雰囲気をぶち壊してくれたお陰で予定よりもだいぶ早い時間でお開きになったっスけどね」
「…すまない」
ティーダの言葉に、ぐうの音も出ない。俯き、どうしたものかと思案していると、ティーダは言葉の続きを静かに紡いだ。
「ほんと、台無しだっつの…」
「………」
「スコールさ、自分のことに疎すぎ。クラウドも鈍いけど、スコールはそれ以上に鈍いっスよね」
何の話か見えなくて、思わず疑問符が頭を掠める。口調は刺々しいが、しかしそこまで怒っているような気配は先より和らいでいる。
今はどちらかといえば、拗ねているように見えて。
「…とりあえず、これ見て」
そう言われ差し出されたのはティーダの携帯のムービー。何だと思い再生ボタンを押すと、そこにはハッピーバースデイとデコレーションされたワンホールケーキをクラウドがカメラに向かって見えるように持ち、サイドにバッツとフリオニールが満面の笑顔で立っている。
『スコール、誕生日おめでとう!』
『おめでとうー!!』
『おめでとう』
『ほんとはさ、クラウドの誕生日祝い終わった後にスコールのことも祝うつもりだったんだ』
『そうそう、サプライズしようと思ってたのに帰っちゃうんだもんなー、ほんと残念だぜ』
『とりあえずまた日を改めてお祝いしたいから、その時は覚悟しておけ』
三人からのメッセージに、思わず唇を噛み締める。ティーダが携帯を取り上げると、やはりまだ拗ねたような顔でスコールを見つめていた。
「…今月の23日、スコールの誕生日だろ?」
自身でも、すっかり忘れていた。自分の誕生日なぞ、どうでもいいとずっと思っていたから。それに、自分の誕生日がいつかだなんて、露呈した記憶もない。
一体どこから漏れたものなのか、謎で仕様がなかったが、今はそれ所ではなかった。あんなに自分の誕生日を祝ってもらったのは、生まれて初めてで、情けない話だが少し混乱していた。
「誕生日、おめでとう」
「…あ、りがとう…」
僅かに顔を赤らめながら、ティーダはスコールから視線を逸らす。スコールもそんなティーダにどうして良いか解らず、視線を合わせられないで居た。
「手、」
「手?」
「右手、見るっス」
「?」
言われた通り右手を見れば、しゃら、と綺麗な音が鳴る。自分でそれを付けた記憶はない。右手首には、スコール好みなシルバーのシンプルなブレスレットが付けられていた。
そしてずい、と差し出してきたティーダの右手首にも、同じものが付いている。
「…スコールもシルバー好きだって、一緒に居て知ってたから。お揃いとかもしかしたら嫌かなって思ったけど、でも、どうせなら一緒のものが良くて、」
ティーダの顔が真っ赤だ。そして胸の内に広がっていく微かな温かさの中に擽ったい何かがこみ上げてきて。思わず、ティーダを抱き締めている自分が居て。
「ス、スコール…?」
動揺している。それはそうだ、何だって自分も同性相手にこんなことをするのか解らないのだから。でも、目の前に居るその人を抱き締めたくて、閉じ込めたくて、まさか自分の誕生日のことをそこまでティーダが考えていてくれてるだなんて、思いも、しなくて。
ティーダと自分は価値観がまるで違う。自分のように誕生日を煩わしく思っているのと反対に、ティーダはそういった日を何よりも大事に、そして重んじている。
例えば休みの日だってわざわざ人ごみの中に出て何が楽しいんだと自分なら思うが、ティーダはみんなとわいわいやるのが楽しいのだと、人を引きずり回しては笑顔でそう言うのだ。
だからきっと、そういうことなんだろう。クラウドとティーダが話している所を見ている時に感じたもやもやは、自分が、気付いていなかっただけで。
価値観が正反対だからこそ、魅かれ合うものがあって。








(何だってこんな面倒な奴を好きになったのか、)



















自分でもよく解らないけれど、










「ティーダ、」
「?」
「…ありがとう」
「う、うっス…」
ぎゅ、と腕の中の温もりを更に強く抱き締める。
誕生日なんて、煩わしいだけのものだと思ってた。
自分を祝ってくれる人なんて居ないと思ってた。
けれども、その笑顔で祝ってくれたのは、きっと世界に一人、ティーダが一番最初の人で。











この被害妄想の殻から踏み出す勇気をくれたのは、紛れもなく、君。