「いよっしゃーーーーー!!!」


































教室がわっ、と湧いた。それは担任が最後に一言、夏を楽しめ、と言い終えたのと同時だった。
本格的な夏の幕開けだ、とか、夏が俺を呼んでいる、とか、すいか割にバイトに女だひゃっほー、とか。様々な邪な想いが飛び交う中、クラス中が最早一足早いお祭り騒ぎ状態。今日は前期の終業式。明日からは夏休みに突入するため、クラスメイトのテンションは尋常ではない。
スコールはその中、何をそんなに騒ぐ必要があるのかと、一人眉間に皺を寄せた。そして突然にがば、と首に腕が回される。もう驚くこともなくなった。ティーダだ。
「スコール!!嬉しくないんスか!?夏休みっスよ、夏・休・み!!」
「…寧ろこれしきのことで喜んでいるお前の思考回路が理解出来ない」
首に腕を回すのはまだ良い方だ。突然背後からタックルの如く抱きつかれるのは心臓に悪い。今でもそれすら慣れてしまったので全くもって無問題だが。兎にも角にもいちいちオーバーアクションなティーダに対し慣れた様子で淡々と応えていると、つれないっスねー、とスコールの顔を覗きこんでティーダは笑顔全開で言った。そんなに夏休みが嬉しいのか、と呆れが先行してまた溜息を吐いていると。
「何かアレだね〜委員長とティーダくん、ほんと仲良いね。ラブラブってカンジ?」
何気なく、近くに座っていた女子生徒がぽつりとそんなことを漏らせば。
「ラッ…!?は、アハ、アハハハ!俺とスコールの仲っスからね!!勿論っスよ!!!」
と、僅かに顔を赤らめながらぎこちなく答えた。以前喧嘩して仲直りして以来、その際に遠まわしに告白まがいなことをティーダに告げたのだがどうにもこうにもそれが尾を引いているらしい。女子生徒は勿論そんなティーダの心境を知るはずもないので「?」と疑問符を浮かべながらもティーダに応えるように笑っている。
そんなルームメイト兼片思いの君に、スコールはまた溜息を吐いた。
(…意識しすぎだ、馬鹿)
かといってスコールも意識していない訳ではないが、ポーカーフェイスは得意だ。だからばれる心配はない。
ガタリと立ち上がり、生徒会室にも少し用があるので鞄を片手にはしゃぐティーダを置いていくかのように教室の出口まですたすた歩く。
「あ、ちょ、スコール!!」
その後をイヌのように慌てて追いかけるティーダと、それを無視してさっさと歩くクラス委員長の後姿を見て、クラスメイトの幾人かが呟いた。
「あの二人ってさー、」
「うん」
「ほんといつか付き合うんじゃね?」
「じゃあ俺付き合う方に1000ギル!」
「私もー!」
「ばっか、それじゃ賭けになんねぇよ」
当人たちよりも、クラスメイトの方がよほど鋭かった。

























ざわざわと中心街はひどく賑わっていた。あの後生徒会室で用事を済まし、ティーダは部活にそのまま行き、その後特に用事もなかったスコールは一度寮に戻り私服に着替えてから久しぶりに街中まで来ていた。今日から休みという他校も多いのだろう、同じような年代の男女をよく見かける。それにしたって暑い。久しぶりの中心街は、やはりいつだって人通りが多い。
普段はこの人通りの多さと熱気にやられて引きこもりがちだが、明日から長期の休みということもあり、少し開放的な気分にもなっていたのかもしれない。普段そんなに物にも執着しない性質なので、親からの仕送りもほとんど手をつけていない。たまには自分の為の買い物も良いかもしれない、そう思いショッピングモールに入り好みのショップに足を運んでみるものの。
店員が、貼り付けたような笑顔で話しかけてくる態がとても煩わしかった。よく見れば今はセール期間らしく、いろんな所で客寄せを行っている。店員としてもそれが仕事なのだ、仕様がないとは思う。だが近寄って欲しくないオーラを全開にしていても尚「こちらお勧め商品ですよー」と言ってくる笑顔にいやでも腹が立ったが、反対に他人事のように接客の鏡だな、と皮肉を零した。
それが重なって結局ろくに服もアクセも見れず、何も買っていないのにどっと疲れが押し寄せてきて、アーケードの脇にある反れた小道に設置してあるベンチに座って休む。一人の買い物というのも久しぶりで、こんなに虚しいものだっただろうかとふと思った。
日差しがきつい。人通りが騒がしい。何だかそれだけで、夏だ、と思った。
もうこのまま何も買わずに帰ろうか、そう思いふと顔を上げた。上げた先には、こぢんまりとした小さなシルバーアクセのショップがあった。こんな所にこんな店があったというのが意外で、思わず目を瞬かせる。
あまり物には執着しないスコールだが、好きな物はあった。それがシルバーアクセだった。何がきっかけで好きになったかは記憶が定かではないが、雑誌をたまに買って熟読するくらいには好きだった。その店に誘われるように、スコールは迷うことなくドアを開けた。
カランカラン、と小さなドアベルが音を鳴らして訪問者を告げると、いらっしゃい、と奥から朗々とした声が響いた。
シルバーアクセの店にしては割と質素な店だった。モノクロの動物や風景、小物などの大小の写真が壁のそこここに貼ってあった。奥を見れば、レジカウンタの壁にバッファローと思われる白骨が壁に飾ってある。モノトーンで統一された空間は、何となく色に溢れている現世から切り離されたような印象を受けた。
ケースの中に並んでいる物は小振り過ぎず大振り過ぎず。その中にライオンのモノクロ写真が額付きで飾ってあって、近くにはライオンモチーフのヘッドが何種類か置いてあった。そのライオンのヘッドに、ひどく惹かれた。値段をちらりと見る。今まで雑誌の中でしか見たことのないような額がそこには並んでいて、密かに目を見開いた。当然だが高い。勉学が本業の学生には、正直辛い。
躊躇しても到底手が届かない額だと理性では解っている。だが何とかしてでもこのヘッドが欲しい。強くそう思うくらい、スコールはこのデザインに一目惚れしていた。
「何か、気に入った物でもありました?」
「っ!」
いつの間にそこに居たのか、或いはそれだけ夢中になっていたのか、先ほどの朗々とした声が間近に聞こえてスコールは顔を上げた。浅黒い肌、黒い半そでシャツから覗き出た引き締まった腕の筋肉に、黒髪を後ろに鬣のように逆立て、前髪を一房垂らして、蒼い目が印象的な精悍な顔つきの男だった。人懐っこい笑みは、一瞬ティーダと被る。思わず身構えてしまうが、とりあえずは購入するかしないかは別としてこのヘッドに魅かれているのは事実な訳で。
構えるだけ疲れると思い、スコールは直ぐに構えを解いた。このヘッドを見せてほしい、という前に、店員の男はケースの中から取り出し、
「うちのブランドのモチーフにもなっているデザインで、このようにいぶしをいれることも出来ますよ」
と差し出して見せてくれた。直接ライトの下に持ってくると、煌きが増す。男性にも女性にも馴染むデザインと色で、値段としても妥当な値段で、などなど、特に解説を求めていた訳ではないが、店員の男は適度なテンポを保ちつつよく喋っていた。
「お兄さんみたいなカッコイイ人には、これよく似合うと思うけどな」
いつのまにか砕けた口調で、男はにこりと笑った。どうせ営業トークだとは思うが、だが欲しくても金額が問題で、言葉が詰まった。欲しい、という欲求と現実的な金額を天秤で推し量り、思考する。更に躊躇を色濃く示すスコールに、店員の男が話しかけた。
「兄さん、予算はどれくらいだ?」
電卓を差し出された。それを受け取り数字を表し返す。
「うん、なるほどな」
数字を見て、男は笑いながら頷いた。
「まだ学生さん?」
金額を見てそう判断したのか、男は素直にスコールに尋ねる。
「…ああ」
「いくつ?二十歳くらい?」
「…17だ」
「へえ!兄さん大人っぽいな!俺が17の時なんてもっとアホ面曝してたから、大人っぽい兄さんが羨ましいよ!」
如何せん思ったことを口に出さない所為か、その寡黙な雰囲気が老け顔に見せているらしいことは、スコールの中で少しコンプレックスだった。だが今更この性質は直りそうにもないので、とりあえずその言葉はぐっと飲み込む。
男はそんなスコールの心中なぞ知る筈もなく、また電卓を叩き出して数字を提示した。
「特別に、学生さん割引ってことで、ここまでなら下げてもいいぜ」
提示された値段は、ほぼ半額に近い値段だった。一応持ってきた全財産叩けば買える値段だ。だが、別に表にはSALEという看板も出ていなければ、この男とスコールは初対面だ。仲が良よければ話は別だが、初来店して、初対面で、それでいて学生だからという理由でここまで値引きしてもらう意味と意図がスコールには全く理解出来ない。
何と返したら良いのか解らず、目を瞬かせて固まっていると、男はケラケラと笑った。
「んな顔するなって、店主は俺だしな!俺が良いって言ってんだから、そこは甘えといた方が良いぜ?それにさ、」
俺としては、これ、兄さんみたいに似合う人につけて欲しいな。
酷く穏やかで、優しい声音だった。嗚呼、こういったタイプを、スコールは知っている。脳裏に浮かぶ浅黒い肌で金色の髪、空のような瞳を持つ、ルームメイトで片思いの君。
静かに後押しされ、スコールは拳を握り締める。後から見に来た時、無くなってから後悔するより、今手にした方が良い。スコールの中の理性は珍しく木っ端微塵に砕かれ、本能が勝利のファンファーレをあげた。
「買います」
一言そう言えば、男は満面の笑みを浮かべて、毎度、と言った。
奥のレジカウンタまで移動し、財布に入れてきた全財産の金額を差し出すと、包むから待っててくれ、と言われ適当に店内を見渡す。そこに、ポケットに入れていた携帯が鳴った。ティーダからの、電話だった。
「…もしもし?」
『スコール、今何処に居るっスか?』
「街中のシルバーアクセのショップだ。何かあったのか?」
『クラウドが、夜に家に焼肉するから食べに来ないか?って誘いがあったんスけど、18時くらいにどうかなと思って』
「解った、それで構わない」
『俺、まだ部活があるから少し遅れっかも。だから先にクラウドのアパートに行ってて欲しいっス』
「ちょっと待て、俺はクラウドのアパートが何処にあるか知らないぞ?」
『あー…、確か、ミッドガル本線に乗って8番ポートが降り口だったような…気がするっス…』
「…本人に訊いてみる」
『よろしくっス!じゃあまた後でな!』
言うだけ言って、ティーダとの電話を終える。今度はクラウド本人にアパートの所在地を聞こうとメール画面を開くと、あ、と男が声をあげた。
「もしかして、兄さんてクラウドと知り合い?」
男は驚いたように目を見開き、スコールをじっと見つめた。そうだ、と頷けば、男はまた「ああ!」と大声をあげる。
そして上半身をカウンタの上に乗り出し、スコールの顔を更にまじまじと見つめた。
「兄さんが、スコール・レオンハートか!?」
「…は?」
何故、自分の名前を知っているのか。とりあえず一歩引いて思い切り顔を顰めていると、男は何をどう納得したのか一人うんうんと勝手に頷きながら話を進めている。
そうだった、ティーダと同じ属性ということは、イコール自分の苦手なタイプでもあるという訳で。
「なるほどな、確かにクラウドから聞いてたとおりだ」
先から出るクラウドの名前の頻繁さから、クラウドの知り合いであることには違いないと推測した。だが一向に名乗ろうとしない男に対し、スコールも苛立ちが募る。
だんだんそれに苛立ってきて
「そういうアンタは何なんだ?」
と問えば。
























「ああ、悪い悪い。自己紹介まだだったよな。俺はザックス、ザックス・フェア。クラウドの同居人だ」




































よろしくな、とあっけらかんと云われ、暫しスコールは、固まったまま動けなかった。
































世間て意外といもの
(今正に、それを実感した)



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