(眠い……)





























チュンチュン、と雀の鳴く声が聞こえた。目をしぱしぱとさせながら気怠い身体を何とか起こす。ティーダは朝練があるのか既に居なかったのがとても有難かった。あの衝撃の告白から早3日。告白された直後部屋に戻ってシャワーを浴びても、ティーダの顔をまともに見れず、ろくに会話もできぬままベッドに入った。そしてここ最近、バッツからの告白があまりに衝撃過ぎてろくに睡眠がとれず、ティーダの顔もあまりまともに見れていなかった。



『俺、スコールのこと好きみたいだ』




(何が好きみたいだ、だ)
他人事のように言って、発言の責任力はないのか、とおもいっきり汚い言葉で罵ってやりたい衝動に駆られる。何かと思い出すのはこの言葉。嗚呼だめだ、何だか、
(頭が痛い…)
睡眠不足の所為でツキン、と頭痛が直接響く。朝ごはんを食べる気にもなれなくて、とりあえずもう少しだけ寝ていようと思い、携帯のアラームを20分後にセットし直し、もう一度ベッドに潜る。
「…………」
目を閉じるが、寝れない。これは無駄な足掻きだと早々に判断し、仕方なく起きて身支度することにした。カーテンを開ければ、今日も爽やかに晴れている。衣替えの季節にも入ったので、そういえば今日から長袖か、と思いながら、一応昨夜準備していおいた長袖の白シャツに腕を通した。
袖を通したものの、涼しくなってきているのに今日はやけに暑いと思った。




* * * *



3時限目あたりを受けた辺りでいよいよ頭痛が酷くなってきて、我慢の限界に至り、保健室に向かった。心配そうに、ティーダが後をついてきてくれた。
「あれ、ヴィンセント先生居ないっスね」
ティーダが呟き、つられて室内を見ればあの黒髪の担当医は居なかった。仕様がないので名前とクラスをノートにさっさと記入して、空いているベッドを借りる。ティーダがカーテンを閉めてくれて、俺は小さく礼を言った。
「なあスコール、何か、あった…?」
遠慮がちに、ティーダがそう訊いた。俺は内心ドキリとしたがその素振りを見せず、無言でベッドのシーツに包まる。
傍に腰掛けたティーダからそっと溜息を吐くのが聞こえた。そうして立ち上がって、じゃあまた迎えに来るから、ゆっくり休んでろよ。そう言い残し、保健室を後にしていった。
(すまない…)
心の整理がつかなくて、今はうまく言葉にできなかった。十分行動で傷つけてしまっているのだろうが、言葉にしてしまったら更に余計にティーダを傷つけてしまいそうで怖くて。そこまで思い、考えるのを止めた。
余計に頭痛が酷くなるのを今は避けるべきだ。とにかく寝よう、そうしよう。
目を閉じ、意識を手放すことに集中させると、思いのほかそれは呆気なくできた。




* * * *




『あの、スコール君のことが好きです。付き合ってくださいっ…』
またか、と思った。中学に上がる頃には身長もめきめきと伸び、見た目の所為か女子生徒から告白をさせることが多くなった。
この女子は、確か他のクラスの子だ。ぼんやりとそんなことを思い、溜息を一つ。
『済まない、その気持ちには応えられない』
淡々と返してやれば、女子生徒は目に涙をたくさん浮かべて顔を上げた。
そしておそらく傷ついているであろう女子生徒に追い打ちをかけるように、続けてこう言った。
『俺は、アンタなんか知らない』
『…ッ、ご、ごめんな…さ…っ』
女子生徒は、踵を返して走って行った。そしてそれにまた、溜息を吐いた。
(何だっていうんだ…)
だって、本当のことじゃないか。あの女子生徒だって、俺のことを知らない。お互い知らない者同士だし、知っていたとしても、ただの一方的な感情の押しつけのようにしか思えない。俺にとって恋愛なんて、ただ煩わしいだけのものに過ぎなかった。
(疲れる…)
今年に入って、もう何人目だろう。俺なんかのどこが良いんだ。いい加減厄介だし面倒だから、やめてほしい。
俺にとって人付き合いなんて、所詮そんなものだった。さっさとクラスに戻って、鞄を取って帰ろう。そう考えながらクラスに戻ると、クラスメイトが二人居た。俺が入学当初から付きまとっている、ゼルとサイファーという奴らだった。
『お、スコール!今帰りか?一緒に帰ろうぜ』
『何だお前その面。さてはまた女子生徒振ったのか?ハッ、色気づいた兄ちゃんは毎日大変だな』
『………何で、よりによってお前らが此処に残ってるんだ』
『スコールのこと待ってたに決まってんじゃねぇか!今日は一緒に寄り道して帰ろうぜ!トモダチだろ?俺たち』
『俺は、このチキン野郎に言われて仕様がなく、だ』
『…結構だ。一人で帰る」
幼い頃から人付き合いというのが今一つ苦手だった俺には、コイツ等の存在は本当に迷惑だった。いや、正確に言えば小学生の頃、あの黒髪の彼女のことを庇って以来、と言うべきか。人の好奇の目に晒されるのことに極端におびえるようになったのだ。自分でも情けない話だと思うが、苦手なものは苦手だ。
そう思い始めると止まらなくて、だから今でも心に壁を作って、あまり人と接触しないようにしている。
だが、この二人はそんな俺の事情を知る筈もなく、俺に兎に角纏わりついてくる。
サイファーは、とにかく俺の顔を見れば嫌味の一つや二つや三つ、スラスラと言ってのけてくる。そんなくだらないことに労力を使うならほかのことにもっと使えよと、いつも心の中で突っ込んでいることをコイツはきっと知らない。
もう一人のゼルは、よく言えば純真で真っ直ぐ、悪く言えば単純馬鹿。だが、ムードメーカー的存在で、いつもサイファーが俺に一方的に絡んでくるのを仲裁してくれる。
サイファーもゼルのことを疎ましく思うことがあるのかあからさまに怪訝な表情をすることがあるが、それでも一緒に居るということはきっとゼルの人柄が良いからだろう。
友好関係が広いゼルは、クラスでも人気がある。そんな奴が何故サイファーのような素行の悪い奴とつるみ、俺にこんなにも話しかけてくるのか。
全く以て――――
(理解できない…)
何だかんだで、俺もコイツ等に引きずられるように付き合っている。嫌だと言って俺は確かに家に帰る為の道を歩いて向かっていた筈だ。なのに何故、
『ていうかスコール、さっき告白されたんだろ?何て言われたんだ?同じクラスの子か?』
(………知るか。何でそんなこと言わなくちゃいけないんだ)
『無駄だゼル。コイツに何言ったって返ってきやしねぇよ。コイツ友達がろくに居ねぇからな』
(…それはアンタも同じだろ)
何故、ファーストフードの店に居て、オレンジジュースなんか飲んでるんだ、俺は。
『スコールはさ、何でそんなに人との関わりを避けようとするんだよ?勿体ない』
ゼルが言いながら注文していたポテトをつまむ。運動部に所属しているからかよく食べる奴だ。こっちは見ているだけで胸やけしそうだというのに。
それに、何が勿体ないのか全く以て意味が解らない。
――――勿体ない?どうして?俺が?
『…意味が解らない』
『お、やっと喋った』
『………何で、いつも俺に付き纏うんだ?』
『何でって、クラスメートだし、俺たちトモダチだから』
『俺はそんなつもりねぇけどな』
『サイファーも!そんなこと言うなって。スコールだってなかなかシャイで話さない奴だけど、本当は良い奴なんだからさ』
『……癖に、』
『え?』
『…俺のことを何も知らない癖に、解ったような口をきくな』
しまった。
思わず、本音が出てしまった。一瞬空気が固まる。ゼルのいつもの笑顔が完全に固まり、頬杖をついて聞いていたサイファーは、一瞬の間の後唇を歪ませ、笑っていた。
ふうー、とゼルが溜息を吐く。それに何となしに怯えている俺。嗚呼、だから嫌なんだ。人とと関わるのは、こういう所が本当に面倒だから。何も言わずにこのまま立ち去ってさっさと帰ろうと鞄に手をかけた時、ゼルがまた口を開く。
『あー、びっくりした』
『解ったかチキン野郎。俺の予想通りだろ』
『だな、サイファーって意外と人を見る目あるんだな』
『意外とは余計だチキン野郎』
『お前、そのチキンって呼び名いい加減やめろよな』
…何が、びっくりしたんだ?
話に一人ついていけなくて間抜けな顔をしていたらしい俺をあざ笑うかのように、サイファーは俺を鼻で笑った。そしてフォローするかのように、ゼルが言葉を続ける。
『いやさ、ようやくスコールの本音が聞けたなと思って。で、その言葉がちょっときつかったから、それがびっくりしたって話だよ』
『…俺の、本音?』
『要するにお前、単に自分が傷つくの怖いから人との接触避けてんだろ?』
『…っ!』
何故だろう、ゼルでなくサイファーに見抜かれていたという事実が異様に悔しい。
『お前、どれだけ自分中心なんだよ。しかも女々しい。お前が同じ男だと思うと俺は呆れしか出てこねぇ』
『…うるさい、そんなことアンタ達には関係ない』
『でも、それがトモダチだろ?』
ゼルが間を空けることなく、間髪入れずに強く言い放つ。それが妙に、胸に刺さった。
『スコールの過去に何があったかんて知らない。だって、まだお互い何も知らないんだ。スコールが心を開いてくれないと、知りようもないんだ。お前に告白してきた女の子達みたいにお前が俺達を振ることは簡単なことだよ。でもさ、まずはちょっとで良いから心開いてくれよ。お互いを知っていこうぜ?それでどうしても気に食わなかったら、遠慮なく言ってくれよ。それが、トモダチ、だろ?』
『…………』
ゼルの言葉が、少しだけ俺の心の奥底に浸透していくのを感じた。あの頃から作っていた心の壁に、僅かにヒビが入った気がした。
『俺も、サイファーも、スコールのことなんか知らない』
『…………っ』
『アンタなんか、っていうのがお前の常套句なんだろ?』
コイツ等、人のそういう所をこそこそ見てたのか?
『見てなくともお前の言いそうなことくらい解るっつの。バカにすんじゃねぇ』
『だから、スコール』
二人の目が、俺をじっと見る。
『これから、知っていこうぜ。よろしく』
ゼルが笑い、サイファーが呆れたような目でこちらを見てくる。
そんな性質が全く逆の二人の気持ちを、初めて嬉しいと感じた。その気持ちに初めて人前で、泣きそうに、なった。




* * * *




「あ、目ぇ覚めたか?」
「………ティーダ?」
どうやら相当深く眠っていたらしく、意識が浮上したものの身体はひどく気怠かった。そうして目が覚めて第一に視界に入ってきたのは、先ほど教室に戻ったばかりのティーダの姿。もう、授業終わったのか…?
「大丈夫か?もう授業全部、6時限目まで終わっちゃったっスよ?」
「は…!?」
その言葉に驚愕を隠せず、思わずがばりと身を起こす。保健室内の壁掛け時計を見れば、確かに時刻は夕刻を指していた。
思わずがく、と身体から力が抜ける。何てことだ…俺としたことが…。
「クラスの皆が心配してたっスよ?スコール夜遅くまで文化祭の準備のことで学校に残ってるから、疲れ溜まってるんじゃないかって。ジタンもさっきちょこっと居たんだけど、後のことはやっておくからよろしく伝えてくれって…おーいスコール?聞いてるっスか?」
「え、あ、ああ…済まない…」
ティーダの話を半分聞きつつ、実は先ほど視た夢の内容を反芻していた。おぼろげだが、懐かしい顔ぶれだった気がする。昔、バッツみたいに一方的によく女子生徒から言われたんだった。その度にどうしていたっけ。ばっさりと、次から次へと切り捨てていたのか。そう考えたら、俺は随分ひどいことをしてきたんだなと、今になって反省する。
「ヴィンセント先生からは俺から言っておくから、スコール今日はもう先に帰った方が良いっスよ」
「あ…、」
ティーダが立ち上がろうとしたその瞬間、俺は条件反射的にティーダの手を掴んでいた。ティーダもそんな俺が珍しかったのか、え?と振り向く。
「ど…したっスか…?」
「いや…」
何でも、と小さく呟く。でも何だか、ティーダの手を離したくなかった。何となくだが、ティーダの温もりを感じたかった。けれども、今の俺にはそんな資格ないんじゃないだろうか。余計なことが頭の中をぐるぐると巡り、空気が止まってしまった。どうアクションを起こしていいのか解らず動けないでいると。
「…っ」
ティーダの方から、俺をぎゅ、と抱きしめてくる。ふわりと香るティーダの匂いに、思わず目を見開き、理解するのが一瞬遅れた。
ばっ、と今度はティーダから素早く身を離す。顔は、真っ赤だった。
「…ごめんっス、何か、すごくスコールのこと抱きしめたくなって…ッ」
「い、いや…」
寧ろ、嬉しい。何だか想いが伝わったみたいで、言葉にせずともちゃんと汲み取ってくれたティーダの想いが、とてつもなく嬉しかった。
今なら、人を好きになった今なら、昔よりうまく言えるだろうか。あんな風に知ろうともせずに人を傷つけるようなやり方、もうしないだろうか。
ティーダが、何となく固まっている。俺からの反応を待っているのだろう。掴んでいた手を、再度ぎゅ、と握れば、相手からも微かに握り返してきた。
熱い。相当、緊張しているのか。学校で、しかも夕方の保健室でそんなことをしてしまった後悔が渦巻いているのか、先から下を見たまま黙ったままのティーダの頭を、俺は立ち上がりそっと撫でた。
「ティーダ、有難う」
「ぅ…え…?」
礼を述べれば、ティーダは訳が解らないのか、何が?という顔をしている。その間抜けな顔がおかしくて、俺は思わずふっと笑う。
「済まないが、今日は先に帰る」
「あ、ああ、うん。ちゃんと休めよ?まだあんまり、顔色良くないっスから…」
「もう大丈夫だ。心配かけて済まなかった」
「なら、良いんスけど…」
ティーダが持ってきてくれた鞄を受け取り肩にかけると再度礼を言って保健室をあとにした。それにしても、ティーダの効果は想像以上に凄い。だってもう、いろいろと吹き飛んでいた。疲れだとかそれまで巡っていた考えだとか、全部纏まって吹っ切れていた。いろいろそれまで考えていた自分が非常に馬鹿らしく思えてならなかった。



『俺は、アンタなんか知らない』



過去、自分が女子生徒に言ってきた言葉の数々を反芻して、我ながら本当にひどいことを言っていたものだ、と改めて反省する。もし自分がティーダに言われたら、それこそ本当に立ち直れないのでは、と思った。
あの頃は、こんなにも人を好きになることが切なくて苦しいことだなんて知らなかったし、知ろうともしなかった。ゼルとサイファーが俺に話しかけてこなければ、今の自分が居なかったのも事実だ(まあそれでも、高校に入り環境が変わってしまった所為でまた心の壁を作って必要以上に人と接触しないようにしたのも事実ではあるのだが)。
学校を出ると、微かな風が俺の頬を撫でる。そして同時に、ポケットにしまっていた携帯電話を取り出す。掛ける相手は、もう決まっている。
迷うことなく通話ボタンを押して数コール後、相手は電話に出てくれた。
夕闇に染まりかけている空を見ながら、俺ははっきりと告げる。
「今日の夜、会いたいんだが…」
ティーダの温もりを思い出し、俺は空いているもう片方の手をぎゅ、と握りこぶしを作った。




























(飛び越え、踏み出す勇気)




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