「本当、久しぶりだなー」




























相変わらず間延びした声を発しながら、けれども目の前の男は嬉しそうに俺に話しかける。
以前夏休みにミディールのペンションのバイトにて世話になった、バッツという男。昨日学校帰りのコンビニで偶然再会した。強盗が乗り込んできてこの男が撃退(多少語弊はあるが、まあ、撃退といっておこう)する所をやはり偶然に目の当りにし、その後はティーダと俺とバッツの三人で夕飯を食べに行ったのだが。
その際に無理やりメルアドを交換させられ、今日の放課後少し会えないかとバッツから連絡をもらい、現在に至る。
駅前の中心街にて賑わう喫茶店の中で、バッツは頬杖をつきながらニコニコと笑っている。
「どうして此処に居るんだ。とでも言いたげだな」
「………」
それはそうだろう。突然過ぎるし、そもそも理由がなきゃ此処に居ないのだろうし。バッツは自分で注文したアイスティーの氷をストローで掻き混ぜながら、ゆっくりと話を続ける。
「あの後さ、いろいろと考えた」
「………」
あの後、というのは、ガラフが亡くなり俺たちバイト要員が去ってからのことだろう。あの時の感情と光景を思い出し、俺の心の内はつきりと痛む。だがバッツの声は心なしか穏やかで、相変わらずの口調だった。
「元々ガラフの介護をするのにさ、俺すごく手探りだったんだ。何せ全部初めてのことだったしな。で、ガラフが亡くなる前々から思ってたことだったんだけど、介護士の資格取ろうと思ってさ。勉強は、前々からちょこちょこやってたんだけど、ガラフの担当医の紹介で、実際に現場をバイトとして少し手伝わせてもらいながら、夜はコンビニのバイトして、資格取るのに勉強中ってわけだ」
「それはまた…随分とハードだな…」
俺なら体力的に保たなそうな内容だ。
「まあ、ガラフひとりの時は1対1だったからまだマシだったけど、今昼に行ってる現場は1対複数だからな。確かに大変だけど、やり甲斐はあるさ。でも、その紹介先がこの辺りって聞いた時はビックリしたぜ。しかもスコールたちが通ってる学校からすぐ近くのコンビニでたまたまバイト募集してるの見つけてさ、此処で働いてればいつかは会えるだろーって思ったら本当に会えたしな。何かの縁でつながってるのかもな、俺たち」
「…変な言い方はよしてくれ」
あの短期間に少し世話になっただけなのに、どうしてこの男はこんなに人懐っこいんだ。煩わしいのはルームメイトだけで間に合ってるから、勘弁してほしい。
「ところでさ、もうちょっとでスコールんとこの学校、文化祭なんだろ?」
「そうだが…」
何の用だ、と視線で訴えれば、それを無視してバッツは尚も笑う。
「遊びに行くから、頑張れよ」
…そんなエールは、あまり欲しくない。




* * * *




文化祭まで、あと2週間弱。生徒会の方も忙しくなってきて、クラスの準備の方もだいぶ形にはなってきたようだった。
うちのクラスは何故かファンタジー喫茶ということになり、各々が思うファンタジーな恰好をして客を出迎える、というスタンスらしい。…そもそも各々が思うファンタジーな恰好なんて、一人ひとり定義が違うんだからいっそ統一した方が楽なのでは、そう突っ込みたかったが、うちのクラスは妙にうるさい連中ばかりだ。一回乗れば、そのままのペースで突っ走る、厄介な奴らばかりだ。そして今まさに、女子チームが衣装制作をすべくクラス全員のスリーサイズを測っている。中には衣装というよりも造形に近い鎧を作る作業もあるようで、誰かがデザインを見ながらいろいろと言い合っていたような。
「じゃあスコールくん、両腕上げてー」
「ああ」
大体この期間は、どこもかしこも忙しそうだ。残暑も少しずつ落ち着いてきて、もうすぐ夏服から冬服へと変わる。校庭や中庭にある、学校を取り巻く緑たちも、夏の萌木色から少しずつ色褪せていく。何だか少し悲しいような、さびしいような。いつもだったらこんな風に季節が変わることに対し感傷的になることもなかったのだが、今年はティーダの影響か、濃い時間が過ごせているお蔭、なのかもしれない。
俺のサイズを測ってくれていた女子生徒にオッケー、もう良いよ、と言われ礼を言うと、俺は足早に生徒会室に向かった。皆が皆、この時間を楽しんでいるんだ、漠然と、そう思った。




* * * *




「そんでさー、突然朝方に電話きたと思ったら相手がファリスでさ、何か怒ってるみたいだったから何そんなに怒ってるんだって聞いたら、俺こっちに来てから全然あっちに残してきたメンツに連絡取るの忘れてたみたいで…」
「…………」
よくもまあ、よく喋る男だ。そして、それに付き合う俺も俺だ。何故か、毎日ではないにせよ、2日・3日にいっぺんはバッツと放課後に会っている(中にはバッツの仕事上がりの時間に合わせて会う時もあるから夜遅い時もあるが)。どうやら俺は、異様にこの男に気に入られているらしい。今もミディールに残してきた女性陣の話で一人鳥の囀りのように話している。
「って、スコールー、聞いてんのかよ?」
「ああ、聞いている」
「嘘吐け、目がこっちを見てない」
ぐりん、と突然両頬を掴まれバッツの方を向けさせられた。思わず唖然としてバッツの目を見ていると、にぃー、とバッツが笑う。本当に、よく笑う男だ。よく笑う故に、意図が読めない。
「スコールはさ、」
「…何だ?」
「将来、何になりたい?」
「は?」
「今高2だろー?進級したらすぐに進路考えなきゃだろー?今の段階で、何になりたいかって夢って、あんのかなーって」
「………」
確かに、文化祭が終わればそろそろ進路調査をする時期にさしかかる。そのプリント作りも、生徒会室の端に置いてあったのは記憶している。突然声のトーンが下がるバッツの様子が少しだけおかしく見えて、俺は頬を掴まれている両手もそのままに、じっとバッツを見つめる。
「俺はさ、具体的にあれになりたいとかこれになりたいとか、小さいころからなかったんだ。でも両親が死んで、ガラフに育ててもらってる時に、早く大人になりたいって思った」
「………」
バッツの両手がずる、と下がる。心なしか力なく笑うバッツのヘーゼルの瞳の奥は、光がない。
「早く立派な大人になって、ガラフを安心させてやりたかった。でも実際に大人になってみて、なーんにも目標持たずにここまで来ちまったんだなーって、今空しさを感じてる」
その感覚は、何となく理解できる気がした。俺も、母親を早くに失い、父親が男手一つで育ててくれた時に、早く大人になりたいと思った。今だって、できれば父の手は借りたくない。小さいころから父親と確執があるからかもしれないが、できるだけ誰の手も借りずに自立したい、と。今でも心の奥底では、そう思っている節がある。
「実際ガラフに、何もしてやれなかった。大切なものを失った今だからこそはっきり前へ進むための目標ができたし、目標ができたことで頑張んなきゃ、とも思う。けど、目の前でこうもあっさり人が死ぬってのが判っちまうと、何かこう…やるせないんだよな…」
「…誰か、亡くなったのか?」
不躾だとは思ったが、そう静かに問えばこくり、と小さくバッツが頷く。
「バイト先で、今日一人亡くなっちまった」
俺がこっちに来てからずっと世話させてもらった人なんだ、と小さく紡いだ。
「介護士の人ってすげえよな。頑張って世話しても、いずれは皆逝ってしまうのを判ってて、接してるんだもんな…」
そう言われてみれば、ああいう職種に勤めてる人間は凄いと思う。俺なら、最初から逃げ出してしまいそうだ。それ以前に、今現在何になりたいかなんて、解りもしない自分が。突然足元が真っ暗闇になって、落ちてしまいそうで、少しだけゾッとした。
でも、バッツの弱音を聞いていて、これだけは思う。
「…ガラフの時だってそうだったが、そのバイト先で亡くなった人もあんたは一生懸命世話したんだろ?」
「そりゃ、もちろん…」
「なら、それで良いんじゃないのか?少なくとも、ガラフはあんたに親身になって世話されたことが嬉しかったから、最後にああいう顔ができたんだと、俺は思う…」
我ながら偉そうなことしか言えなくて申し訳ない。そう思いつつも、今言ったことは事実だった。そのことを思い出して、そのことを彼の誇りにしてほしい、と思った。…俺はいつから、こんなにお節介になったのだろう。
「…そっか……」
バッツが顔を上げる。そうしてパンッ、と両手で自身の頬を叩いた。
「そうだな、スコールの言うとおりだ。ありがとな、ちょっとだけ、落ち込んでたみたいだ」
「…別に」
(礼を言われるほどのことはしていない…)
「それでもさ、そう言ってもらえて、嬉しいんだ。これからも頑張っていこうって思える、新たな一歩っていうかさ!」
人の心を読んだかのように言われて少し驚くと、バッツは首を傾げながらもいつもの笑みを浮かべている。時計を見て、そろそろ時間も時間なので寮に帰らなければと思い席を立つと、送ってくよと言われて、何故か一緒に帰る羽目になった。




* * * *



(よくよく考えてみれば俺は男なんだから送ってもらう必要なんてないのでは…)
「最近空気が少しずつ澄んできた所為か、星がよく見えるな」
隣を歩くバッツは呑気だ。隣を歩くのがティーダだったら良いのに、と思うものの、先ほどの喫茶店代をバッツに奢られその好意は無駄にできず今に至る。
「なあ、スコールってさ、」
「…今度は何だ?」
相変わらず、次から次へと質問が多いやつだ。半ば呆れながら返事をすれば、やはり返ってくるのは間延びした声。
「今、誰か好きな奴とか居るのか?」
「………………は?」
思いっきり、顔を顰めた自信があった。そして、思わず足が止まる。少し先を歩いていたバッツも止まり、俺の方へと振り向く。両手をパーカーのポケットに入れながら、バッツはいつもの調子で続ける。
「だからさ、好きな奴とか付き合ってる奴とか、居るのかって聞いてるんだって」
「…何故そんなことを訊くんだ?」
「好きな人のことをあれやこれやと訊きたくなるのは当然だろー?」
「…バカバカしい」
ついていけない、そう思い足早に去ろうとすると。
「もしかして、ティーダのことが好きとかだったりするのかー?」
「…っ!」
また足が止まる。いや、今のは止まらざるを得ない。そうしてバッツへ振り向けば、やはり意図の読めない笑顔を浮かべていて。
「あれ、勘で言ったんだけど、当たった?」
「どうして、それを…」
「ん?ただの勘だって」
「……だったら、何だっていうんだ」
「んー、そっかー…好きな奴、やっぱ居るんだな」
「…………」
何が言いたいのか、理解したくない。本能的にそう思った。だが、バッツの纏う空気はいつもとは少し違う。先ほど喫茶店で見せた空気とも、タイプが違う。
バッツのヘーゼルの瞳が、穏やかに笑った。





























「俺さ、スコールのこと好きみたいだ」


























(……嗚呼………)
やっぱり、とどこかで思う。でも、何で自分なんかが、と頭の中がぐるぐるする。
「好きな奴が居ても良いから、俺の想いだけ伝えたくてさ。急にごめんな。じゃあ、また連絡する。今日はありがとな、お休み!」
そう言い残し小走りに去っていく後姿を茫然と見つめながら、気づけば寮の目の前まで送ってもらったことに気付く。礼を言い忘れた、いや、今はそんなことはどうでもよくて…。
「スコール?」
「ッ!!?」
びく、とした。後ろから声をかけたきたのは、恋人でありルームメイトのティーダだった。
「何やってんスかこんなとこ突っ立って?早く中に入るっスよ!」
あーもー今日も疲れたー!と伸びをしながら入っていくティーダの後に続く。部屋に着くなり、鞄をベッドの上に落とし、そのままダイブすれば、
「どうしたんスか?何か悩み事っスか?」
ティーダが心配そうな様子で声をかけてくれた。だが、今の俺にはどう反応していいのか解らず、
「いや…何でもない…」
と、返すのが精いっぱいで。
「ふーん?」
訝しんだ様子で頷くティーダの目をごまかすように、先にバスルームへと逃げるように入った。制服のネクタイを緩めて、ふと鏡を見る。
「………はあ」
思わず出たのは、重い溜息だった。


























トモダチだと思っていたのに



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