「うおーい、」


























朝。昨日短期のバイトを終えて無事にミディールから戻ってきた。戻ってきた途端に、俺は早速今日から部活。正直、身体的というよりメンタル的にきついんだけど、そんなこといって選手に試合の選手になれねーのもいやだし、何よりじっとしているよりは楽な気がして、とにかく今すぐにでも身体を動かしたくて仕様がなかった。俺自身南国の生まれだから、ミディールの暑さ自体あんまり影響はなかった。今は朝の6時30分。着替えとジャージをスポーツバックに詰めて、冷蔵庫の中から愛用のスポドリを取って顔に当てながら、俺はスコールのベットを覗き込む。
(うわ…睫毛長…)
まじまじと見つめるのは失礼だと解って居ても、部活に行く前にスコールの寝顔を覗いてみた。基本、俺はどんなに夜遅くとも朝は早起きだ。部活にあわせての生活を送っているからそういう習慣がついちまったんだろうけれど、スコールはその逆で、俺と違って朝が少し弱い。かといって遅刻をするほど朝が弱いわけじゃないんだけど、バイトの時もそうだったが起きると5分くらいはぼーっとしている。今こうして寝顔を覗けるのは俺の特権。寝ていると、俺と同い年なんだなあ、と思う要素がいくつかある。
意外と、寝顔は幼いのだ。あどけないというか、空気を吸うための半開きになった唇は何か間抜けている。普段しまっているスコールからは想像できない。
「おーい、スコールー朝っスよー、起きろー」
と云っても起きないのを解ってやっているから起きるはずもないのだが。ぷに、と頬をつついてやると、これまた意外と弾力があって柔らかかった。何度かつついていると、煩わしくなったのかスコールが寝返りをうって壁の方を向いてしまった。もう一度顔を覗きこむ。
綺麗な顔だな、と思った。バイト中も、ちょっと怪しいかな、と思った時は一回あった。風呂場でばったり会ってしまって、俺がこけて助けてくれた時だ。あの時のスコールの眸は、喧嘩したあの時と少し似ていて、ちょっとだけ、怖かった。でも、あの時ほどの恐怖はなくて、むしろ胸がドキドキして、あの後逃げるようにクラウドの部屋に駆け込んだ。クラウドの胸に抱きついて頭を撫でられて、何があったんだ?とクラウドは訊いてくれたが何もない、と首を横に振るのが精一杯だった。苦笑していたクラウドは、きっと訊かなくても解っていたに違いない。その後仕事を終えたザックスも来たから、俺は邪魔しちゃ悪いと思って部屋に戻った。それで、ガラフ爺さんの、あんなことがあって…。
「あ、やべ!」
耽っている場合じゃない。早く部活に行かないと叱られる!



* * * *



「なあティーダ、今日帰りにゲーセン寄ってかね?」
「んー?」
メンバーの一人が、俺に声をかけてくる。ゲーセンなあ。いつもだったら即答してた所だけど、生憎今はそんな気分にはなれない。どうっすかなあ、と迷っていると、向こうからグラウンドを整備していたメンバーの一人が俺の名前を呼びながら駆け寄ってきた。
「おーいティーダ、お前に用があるって陸上部の女子から言付かっているぞ」
「陸上部の女子?」
「ずいぶん可愛い子だったなあ、お前に気があるんじゃないか?」
からかうようににかりと笑ったメンバーの頭を小突いて、お前等にはそんなの関係ないだろ、と返しながら、言われた場所に走って行ってみた。そこに居たのは、意外な人物だった。この間保健室まで連れて行った、女の子だった。
「あの、」
「俺に、何か用っスか?」
「えっと、その、この間の、」
「ん?」
可憐な子だなあ、と思う。ぱっちり二重の大きな目。青と緑のオッドアイなんて、変わってるな。女の子は、顔をわずかに赤らめながら、必死に言葉を紡ごうとする。
「この間は、保健室までわざわざ連れて行ってもらって、ありがとうございました!」
ぺこ、ときれいなお辞儀をされた。加えて律儀な子だ。俺は苦笑しながら、いいっていいって、と頭を上げるように言う。見上げてくるオッドアイに、どきりとした。
「それで、その、何かお礼がしたくてっ…」
「や、あれくらいのことでいいって。寧ろ陸上部の方まで派手に蹴飛ばした俺が悪かったんだし…」
「それでも!」
女の子は、俺に一歩踏み出す。おお、見た目の割に結構積極的っスね。
「それでも、お礼、させてください!お願いします!」
また頭を下げられた。うーん、ここまでされて断ったら、男が廃る、よな?



* * * *



メンバーのからかいを背に、女の子と一緒に街中に繰り出した。
「そういや、名前、何て言うんスか?」
「ユウナといいます」
「ユウナ、ユウナね。俺は…」
「ティーダくん、だよね?」
「あれ?知ってるんだ?」
「うん、この間保健室に運んでもらう時に本当は直接名前聞きたかったんだけど、保健室の先生に教えてもらって…。それに、結構キミ有名なんだよ?」
「俺が?」
「うん」
ふーん。俺ってそんなに有名人なんだ。多分、アレかな。あのクソ親父の息子だからだったりとか、するからかね。顔にはあまり出さないようにしてそうなんスかー、と適当に同意を示しながら、ざわついている街中を二人で掻き分けるように移動する。忘れていたが、今は夏休みの真っ最中だ。平日でも、人が多い。はぐれそうなので、ユウナの手をぱしりと取って、手を繋ぎながらアーケードの通りを歩く。手から伝わってくる体温と、その手の小ささとか柔らかさにドキドキしながら、俺今変な汗かいてないよなとか、変なこと考えた。
ようやく目的地のカフェに着いて、席に着く頃には午後の3時30分を回っていた。昼飯を食べてはいるが食べ盛りってやつでいつでも腹は減っている。店内は可愛らしい内装で、いかにも女の子が好きそうなデザインだった。
「ここのケーキ、見た目も可愛くて美味しいんだ。甘い物、平気だった?」
「ん、基本嫌いな物とかはないっスから大丈夫っスよ」
「良かった…」
ほっとしたように、ユウナが笑う。笑った顔は、周りに花でも咲きそうなくらい明るくて、可愛いなと思った。
「ちなみに、何で俺そんなに有名なんスか?」
「知りたい?」
「知りたい」
からかうように細められたユウナの目。ふふ、と口元に手を当てながら、上品に笑ってみせる仕草はどこかのお嬢さまなのかな、と思わせるもので。
「キミと同じクラスの、スコール・レオンハートくん。彼の後をついて回る犬、っていうので、学年中で有名だよ?」
くすくす、と笑うその内容に、ああ、なるほど、そっちで有名なのか、と内心ほっとした。メニューを見ながら、とりあえず腹が減ったのでアイスティーとデカチョコパフェという大きなサイズのものを頼み、ユウナも注文し終わって俺たちは談笑に花を咲かせた。
ユウナも、俺と同じビサイドの出身らしい。親の転勤の都合でこっちに引っ越してきて、今の高校に通っているとか何とか。うちの学校は完全に寮制だから、父親がいつも電話だメールだ寄越してきて大変だと言っていた。大変だという割には、父親のことを好いているんだろうな、顔は始終笑顔だった。
「にしても、俺と同じ出身地の人がこの学校に他に居るなんて思わなかったっスよ。俺も暫く帰ってねぇなー」
「うん、私もびっくり。世間って、意外と狭いんだね」
「ユウナんとこは、父ちゃんしか居ないのか?」
「うん、お母さんは、私がまだ小さい時に、病気で亡くなったんだ…」
「そっか…。ごめん。変なこと聞いた」
ふるふる、とユウナは首を横に振る。でも、お母さんが居ないのは確かに寂しいけど、お父さんが居てくれるから、寂しくないよ、と今度は強気に笑って見せた。その笑顔はどことなく儚くて、俺は胸が締め付けられる。また、脳内にフラッシュバックするガラフ爺さんの最後と、クルルちゃんの泣き顔。思い出して、俺は無意識に顔を俯かせた。
「俺と同じだな」
「え?」
「俺んとこもさ、母さん小さい時に亡くして、親父と二人だったから」
「そっか…キミも、大変だったんだね」
「まあでも!今は良い友達も居るし、こうしてユウナとも知り合えたわけだし、せっかくの記念に暗いハナシはこれ以上ナシ!ってことで、」
「お待たせ致しましたー、デカチョコパフェとアイスティーのお客様―」
「俺、俺っス!」
「そんなに急がなくとも、注文したものは逃げないよ?」
また、ユウナがくすくす笑う。うん、やっぱり女の子はそういう風に笑っているのが一番良い。にかりと互いに笑いながら、俺は美味そうに彩られたパフェにスプーンで掬ってみた。



* * * *



「ただいまっスー」
「お帰り」
部屋に戻れば、スコールがいつも通りの顔で迎えてくれた。夕方ちょっと前、窓から差し込む夕陽が綺麗だ。課題をやっているのか、スコールは勉強机に向かっている。バックをおろして真っ先に冷蔵庫へ。冷えたミネラルウォーターが喉を通っていく感触が気持ちイイ。
「ずいぶん遅かったな」
課題をやる手を止めて、スコールが俺に向き直る。俺も飲むのをやめて、スコールにいう。
「ん、ちょっとメンバーと寄り道してた」
「…そうか」
それだけ言うと、スコールはまた机に向かう。そして、ぼそりと言った。
「匂うから、シャワーでも浴びて流してこい」
「え…?」
まさか、ばれてる?そう思いながらも、確かに言われてみればわずかに汗とカフェに行った時に染み付いたであろう甘い香りが漂っていたので即座にシャワー室に向かった。スコールの奴、前世は犬か何かか?




飯も食い終わって、シャワーを浴びて今席を外しているスコールのベッドに横に成っていると、やはり思い出すのはつい先日の映像ばかりだった。人の、死。目の当たりにするのは、これで二回目。一度目は、俺の母さんが亡くなった時。二回目は、この間のガラフ爺さん。母さんの時は、全然納得できなかった。それだけ俺が小さかったからっていうのもあったけど、幼い俺には死っていうものが何なのか、解らなかったから。正直今でも解らない。でも、誰かの心に穴が空いて、世界からその人が消えてしまうってことは、解る。クルルちゃんは、今までずっとガラフ爺さんに会うためにたくさん我慢に我慢を重ねてきたのに、あんな結末、かわいそうだ。
「人のベッドに寝転がって何を耽っているんだ?」
風呂上りのスコールが、俺を怪訝な目で見下ろしてきた。水も滴る良い男、って言葉がぴったりで、スコールが髪を半渇きの状態で首にタオルをかけて腕を組む。俺はにへら、と笑いながら
「よっ、良い男っスよスコール!」
「…用がないなら自分のベッドに戻れよ」
呆れながらそう言うと、水を取りにスコールが冷蔵庫へと向かった。起き上がり、その様を見つめる。スコールの髪の毛からぽたりと垂れる雫。その音がやけに響いて聞こえたような気がして、気付けばまたぼーっとしていたようで、ぺちん、とスコールの大きな手が俺の顔面を叩いた。
「った!」
「…何か、溜まってるものでもあるのか?」
様子がおかしいぞ、静かに言葉を紡ぐスコールの言葉が優しい。隣に腰掛けてきて、わしわしと髪の毛を拭いている。何となく世話を焼きたくなって、俺は貸せよ、といってスコールの後ろに回り、わしわしと髪の毛を拭いてやった。拭いてやりながら、ぽつりぽつりと、ゆっくり話し始めた。
「何かさ、ガラフ爺さんとクルルちゃんのことが、頭から離れないんスよね」
「……」
「俺たち一介のバイトに何ができんだってハナシだけど、でも、何かもうちょっとやれることあったんじゃないかな、とか、」
考えれば考えるほど、ぐるぐるする。もう過ぎたことだから、考えても仕様がないんだけど。それでも、考えてしまうのは何でなんだろう。
「…お前は」
手を、止めた。スコールが、真剣な、そしていつになく低い声で、言葉を紡ぐ。
「理屈で考えるのは苦手だろう?実際に身体を動かしてみて、感じてみて、物事の尺度をはかるタイプだ」
合っているか?とスコールが小さく訊いてくる。俺はそれに、静かに同意した。
「そういう奴は、得てしてあれこれ理屈で考えると、パンクする傾向にある。今のお前みたいにな。けれども理屈的に物を考えるやつも、お前みたいに直感が強くて感じながら考えるやつでも、今回の件は、飲み込むには重すぎるし、どう受け止めていいものか解らなくなる…と俺は思う」
「………」
ちら、と長い前髪が邪魔で表情までは判らなかったが、スコールがこちらを一瞥した。
「俺も、人の死がどんなものか、よく、解らない」
しゅる、とスコールがタオルを取って、長い睫毛が俺の角度から見えた。こんな時にそんなこと思うの不謹慎だよなと思いつつも、何となく胸の鼓動が高鳴っていった。
「でも確かに言えるのは、ガラフは、あれで幸せだったのだと思う」
お前も、最後に浮かべたガラフの笑顔を見ただろう?とスコールは言う。
「クルルもバッツも、レナもファリスも、みんな悲しいには違いないが、人は年齢を重ね寿命ということがらには逆らえない。人の人生なんて、極端に言えば死に向かって歩いているようなものだからな。けれども、その終着点に向かう中で、みなそれぞれ何かを見つけて、足掻いて、最後は、死に行く」
例えば、若くして病気で亡くなった人。そういう人は、それが運命だったのだと、飲み込むしかない。例えば、自ら命を投げ出した人。そういう人は、生きることが辛くて、逃げたくて、それがその人なりの必死に足掻いて出した答えだったんだと、思うしかない。
「俺もお前も、歳は月日が経てば自然ととっていくし、その内老いぼれる。その生きてきた中で、生きている今をどう感じるか、感じ取れるか。今の俺たちにできることはガラフを想い、それでも一生懸命に生きることなんじゃないか?」
その思いは、俺よりもお前の方が強く感じ取れるだろう?とスコールが俺の頭をそっと撫でた。撫でられる内に、胸の奥が熱くなってきてじわり、と視界が滲む。思わず、感極まってスコールの胸に抱きついた。
呆れながら、スコールはそれでも俺の頭を撫でてくれた。ぽん、ぽん、と背中をあやすように叩いて、俺が泣きやむまで、ずっと、そうしていてくれた。
俺はきっと、ガラフ爺さんの死を目の当たりにして、泣いているクルルちゃんを見て、昔の自分とどこか重なって、その時の感覚を思い出して、寂しかったんだと思う。














結局、夜はスコールのベッドでぎゅうぎゅうと抱き締めあいながら(というか俺が一方的に抱きついて)寝た。スコールの体温はやっぱり少し低くて気持ちがよくて。
今日はいやに饒舌だったなあ、と心の中で思う。ほんとに、こういう所は俺と同い年になんて思えない。スコールも、誰かの死を目の当たりにしたことが、それ以前にあったのだろうか。俺は、スコールのことを知っているようで何も知らない。こんな風に優しくしてくれるのは、スコールが俺のことを特別な感情を抱いて見てくれているからだろうか。だとしたら、そこにつけこんでいる俺はずるい人間なんだろうか。また、堂々巡りの思考が始まる。けれどもそれ以上考えると頭が痛くなってきそうだったので、やめた。
また、今日が終わって明日が始まる。
「ティーダ?」
もう寝たのか?そう訊ねてくるスコールの声はやっぱり優しい。その声が、たまらなく好きだと思った。俺は、最近変なんだ。スコールの傍に居ると、少しだけドキドキするんだ。
こんな気持ちを、スコールも抱いているのだろうか。
「…おやすみ」
もう意識がほとんど泳いでいる状態で唯一聞こえたその声を最後に、俺の意識はぷつりと途絶えた。















ローッバイ
(こんにちは、また明日)



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