水晶(1/5)


 細かい擦り傷がいくつもあるふとももをさする。長い爪の乗った指先に感覚は無い。血はとっくの昔に止まっていて、痛みももはや感じられないのだから、傷口を押さえる必要はない。なのに、その部分を汚らわしい、隠してしまいたい、と思っている自分がいることに気がついた。
 ここは、全てをさらけ出すことを余儀なくされる、神の空間。隠し事も、穢れも、全てが明るみに引きずり出される。影の存在そのものが、許されない。
 自分がこの場所に立って、前を向いていること自体が奇跡だと思えるくらいに、彼女は心の震えを感じていた。今まで感じたことのなかった感情。畏怖。目の前のふたりを見つめていないと、今にも膝を折ってしまいそうだ。逃げ出してしまいそうだ。ここに居てはいけない、と警鐘を鳴らすもうひとりの自分を振りきるために、ぐっと唇を噛み締めた。それが、神の座を前にした彼女の、唯一許された抵抗だった。
 彼女は視線だけを上げて、自分が“おや”とする少女のちっぽけな背中を見つめる。あまりにも頼りない背中で、いつも自分が支えてやらねばならないと思っていたのに。いつの間に、
 こんなにしっかりとした立ち姿を見せてくれるようになったのだろう。
 自分がそう思ったこと、それ自体が、自分たちの旅路を示しているのだと気づき、彼女は小さく息を吐いた。

 


モドル
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