A HAPPY NEW YEAR

真っ暗な空の下で、甘い色の瞳を瞬かせた創世神は、ゆるりと振り向いて、その双眸にライラたちの姿をみとめた。そうして瞳に映ってしまったことそれ自体が罪であるような、いたたまれないような気分になってしまうのだからたまらない。どこに視線をやったものかとうろたえるライラをよそに、素足の天祇はひたひたと歩み寄る。

「ヒトの子よ、久しいな」
「お久しぶりです天祇さん・・・・・・天祇、さま?」

好きに呼んで構わない、と絹糸のような髪を揺らして世界を創造したものは笑う。好きに、と言われても「じゃあ天祇ちゃん!いや、あまぎっち?」と言えるはずもない。それはもちろん「君」をつけるべきか「ちゃん」をつけるべきか迷っているからというわけではない。そうさせてくれない隔たりがあるからに他ならないのだ。

結局ライラは「天祇さん」で落ち着くことにして、それでもやっぱり真正面から天祇を見ることは出来なかった。

「もうじき夜が明けるな」

ぽつりとゼルがつぶやいた。手袋をしていても冷たさを感じないくらいにかじかんだ手で、ライラは二つのボールの開閉ボタンを押した。いきなり外気にさらされた雷瑠は、頬からぱちりと蒼雷を弾けさせて目を開けた。くりくりとしたまあるい瞳をいっぱいに見開いて、何度も首を左右に振って周囲の様子を確認している。すっかり目が覚めたようだ。

そこで今更気づいたのだが、この空間は何故だか寒くない。頂上なのだからてっきり階下よりも寒いものだと思っていたのだが、手の神経が仕事を始めたところを見るに、ロッジほどではないにしろここは暖かいようだ。
泰奈はライラの手の中でうとうとしていたものの、ゆっくりと黒い目がひらき、やがて大きく跳ねた。

「うわっ!?」
「ほ、ほわわっ」

周囲の光景に驚いた泰奈の行動に驚いたライラが驚いてあげた声に再び泰奈が驚いて、一時収拾のつかない状況に陥った。間一髪手のひらで包み込むようにして泰奈は元の場所に落ち着くことができたのだが。傍らで一部始終を眺めていた面々は、パズルゲームの連鎖を見ているようだったとのちに語る。

「んもーうるさいよきんぱっつん・・・・・・」

ゼルのボールから飛び出した龍卉は、いまだに目を擦っているし、その擦っている目も半分しか開いていない。身体を動かしていないから、目が覚めきっていないのだろう。ぽんぽんと頭に手を置いた燦牙にもたれかかっているのを見て、ロッジの時とは逆だと黎夜が笑った。

おもむろに、天祇が足音もなく踵を返した。気づかなくてもおかしくないくらいの微かな音しか立てていないのに、髪の一本一本が空気に流れる音すらすぐ傍で聞こえているかのように鮮明で、自然と誰もが天祇のうしろ姿を目で追った。

雲の上で、日の出を迎えるのは初めてだ。いや、それ以前に、日の出自体あまり見る機会がない。長い長い天祇の髪が波打つたびに、空から薄い膜を張っていた雲が消えていく。ぽつぽつと露わになった星々が、じんわりと空に吸い込まれていく。雲海と空の境界線が、星の光を吸収して明るくなっているかのようだった。空が白み、夜明けを告げる。

「職権濫用だな」

そう言って笑うゼルの隣で、そうかもしれないと天祇は返す。

「だが、この日を曇らせてしまったならば、数多の我が子らに恨まれてしまう」

今度は、ゼルが苦笑してそうかもしれないと返す番だった。そうして二人の瞳を反射したかのような色味の朝陽が、境界線からうっすらと顔を覗かせた。境界線を白く染め、雲海の輪郭を光で縁取り、空を突き抜けていく。
ほう、と感嘆のため息が漏れて、白くたなびく。
青空のような瞳を輝かせて、ライラが瞬きも忘れ食い入るように、一心に雲海の向こうを見つめる。まっさらな太陽の光を受けて、きらきらと彼女の金髪が輝きを増した。肩に乗った雷瑠と全く同じ表情で、ぽかんと口を開けているものだから、ちらりと横を向いた瑞稀は思わず柔和な笑みを零した。

凛とした冬の空気は、どこまでも新しい陽の光を行き渡らせていく。雲の上にも、水面にも、森の木々にも、それは等しく降り注ぐのだ。それは地方を越えても変わらない。今頃ホウエンでは太陽がもっと上まで姿を現している頃だろう。もしかするともう昇りきっているかもしれない。

眠気などどこぞへ消し飛んでしまった。太陽の光は身体を目覚めさせると言うが、どうやらそれは本当らしい。寝不足でもおかしくないはずの身体に気怠さはなく、それこそ身体のパーツというパーツを新鮮なものへ取り替えてしまったかのようにすがすがしい。身体が心から目覚めていく。優しい陽光は心をも明るく照らし、洗い清めてくれた。
この景色に言葉は不要で、眺めて、ため息をつく。それだけが許された行為のようだった。

「今年も、よろしくね」

どれくらいそうしていただろう。気づけば太陽は未練を露ほども感じさせることなく、雲の上へと全貌をあらわにしていた。新年にふさわしい言葉を紡いで響いた声が、太陽を追いかけ空へと昇る。神聖な空気の中に、生気のある雰囲気が混じった。

くっきりと各々の姿をかたどった影すらも、初日の出を喜んでいるかのように揺れていた。


A HAPPY NEW YEAR!

- ナノ -