深夜徘徊には手袋を添えて

団体用のロッジにある、大きな木製のテーブル。重厚感があり、クラシック調な部屋ね内装によく馴染んだそれは、丁寧にやすりがかけられた滑らかな表面に、しみもしわもない清潔なテーブルクロスがかかっている。その上に、所狭しと食器が並び、大きな盛り皿からは湯気が立ち上って各々の食欲を掻きたてた。

メインのシチューと炙ったパン。それからとろけたチーズとトマトソースの絡み合うピザに、ぴりりと黒コショウの効いたポテトサラダ。ごくり、誰かの喉が鳴った。

いただきます、と手を合わせ、暖かい部屋で夕食を囲む。デザートも用意してあるという主夫の言葉に、みんなの目が輝いた。
真夜中まで仮眠をとって、それから出発となると非常に気が重いのは確かだが、料理を味わっている間くらいはそれも忘れたっていいだろう。夢中で料理を腹に収め、飢えを満たす。雪遊びでくたくただった身体には、温かい食事が五臓六腑に染みわたるようだった。

デザートはフォンダンショコラ。上品に粉砂糖のおしろいをつけられた外側をさっくりとフォークで開けば、とろりと濃厚なチョコレートがほのかな湯気と共に流れ出る。わあ、と感嘆の声が聞こえて、咲闇はエプロンを腰に巻きながらはにかんだ。
さっぱりとした甘みの木の実が添えてあるため、口の中がもたつかない。ぱくぱくと食べ進め、気が付けば綺麗にすべてのお皿は空になり、食器棚で水を滴らせるのみとなっていた。

暖かい場所での温かい食事。これが済んでしまうと必然的に眠たくなってくるわけで。暖炉の前で力尽きてしまったパチリスとユニランを、そっと朱羅がベッドへ抱えていく。目的のベッドではすでに、ライラが眠っていた。枕元に雷瑠たちを置いて、足音ひそかに立ち去る。
燦牙は暖炉の番をするべく、身体を丸めている龍卉にもたれてうとうとしていた。部屋全体にまどろむ空気が流れ自然と足音にも気を遣うようになり、やがて、誰しもが寝息を立てはじめた。



***

けたたましいポケナビのアラームが鳴り響き、まずもって持ち主であるゼル、それから寝起きの悪くない面々がのそりと身体を起こす。ボールに入って眠っていた榮輝が、まったく眠気を感じさせない立ち振る舞いでベッドのある部屋へ向かったため、あくびをしながら咲闇は小さく心の中で合掌した。

「ご主人、おはようございます」
「真夜中でございます・・・・・・」

とんちんかんな返事をしながらもニットやダウンを着こんでいくあたり、これから何をするのか、どこへ向かうのかを理解していないほどには寝ぼけていないらしい。
乾かしておいた服を手に取り、この部屋には似つかわしくないほどの厚着をする。時雨が手をかざして暖炉の火を鎮火させ、こくりとうなずいた。いよいよ本来の目的、初日の出を見に行くというわけだ。

一歩外に出たライラは、すぐさま部屋に戻ろうとして、榮輝に「後ろが詰まっている」
とあえなく押し戻された。そとは雪がすべての音を吸収しているために耳鳴りがしそうなほどの静寂に包まれていて、月明かりもなく真っ暗だった。微かに雲間からちらつく星あかりだけでは、あまりに心許ない。

黎夜が原型に戻りフラッシュを発動させて、先導する。身体に刻まれた光のリングが淡くも力強い光を放ち、月光を宿しているかのようだった。ロッジから最寄りの洞窟に入り、しばし岩がごろつく道を進む。傾斜が急な場所もあり、何となく頂上が近いことを匂わせていた。
高い段差は、先にのぼった咲闇たちに手を貸してもらって乗り越える。雷瑠と泰奈は熟睡していたのでそっとボールに入れたまま連れてきた。頂上についてから起こせばいい。

「ぐっすりみたいだね」
「そのまま寝かせておきましょう」
「うう、わたしも寝たい」
「引きずってやろう」

榮輝の申し出を丁重にお断りして足を動かす。雪原や岩肌に顔面がなすすべもなく擦りつけられているのを想像するとぞっとしない。
途中、同じようにして他のロッジから出てきたであろう人影もちらほらと見られたのだが、奥に連れてその姿は少なくなり、とうとうライラたちだけが進んでいる状態となった。山の頂に行けるのは、限られたものたちだけで、他の者は自然と違う道へと逸れていくのかもしれない、という考えがライラの頭をかすめた。

洞窟の中でも、昼間より格段に寒い。ロッジで十分に温まったはずの身体は、何重にも重ねた布の上から浸食してくる冷気に押されつつあった。比較的軽装なゼルは寒がる素振りもなく黙々と黎夜の隣を歩いている。

『遅れンなよォ。置いてイっちまうからな』
「それは困る」

白い息を何度も吐き出して、ライラが彼らのあとを追うかたちになるが、引き離されることはなかった。ゆっくり配慮して進んでもらえているようだ。ライラがそれに気づく余裕はなかったのだが。


やがて、一直線に伸びる階段の前にやってきた。ここを上ればゴールなのだと一目見てわかるほどに、ぴんと空気が張り詰めている。一段上ることですら、神聖なものを穢しているようで後ろめたい気分になる。上に近づくにつれてその気持ちは膨らむが、それと同時に頂上の景色を拝みたいという気持ちにも包まれ、苛まれる。迷いを振り払うように、一歩、力強く石段を踏みしめ、ライラは両足をテンガン山の頂に乗せた。

いつの間に雲を追い抜いていたのだろう。眼下には雲海、そして目の前には立ちすくんでしまいそうなほどに威厳のある、天子の姿があった。

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