We wish you a Merry Christmas.

「泉雅さん、あれ、何ですか?」

あれ、とは、壁際に堂々と置かれたモミの木である。ご丁寧に葉の上には偽物の雪が乗っていて、色とりどりの飾りがあちこちにぶら下がっている。尖った天辺には、黄金色の星が輝いていた。どこからどう見ても、クリスマスツリーだ。

「クリスマスだと抜かすわりに部屋がこれっぽっちも“らしく”ないではないか!じゃから持って来てやったのじゃ」

どうじゃ!とばかりに得意げな泉雅さん、の表情に、不覚にも温かなものを感じて笑ってしまいそうになったのだけれど、ジュースを飲み込んで我慢した。笑ったら怒られそうな気がしたのだ。

泉雅さんは料理に満足してくれたようで、シチュー皿を空っぽにしていた。頃合いかと、小さなフォークとナイフと共に、ケーキをテーブルに運ぶ。覆いをとると、わあっと琳太と九十九の顔が輝き、歓声が聞こえたので、デコレーションの苦労が報われたと思った。
丸太上のケーキは切りやすいけれど、小皿に移すときに倒れてしまいそうで怖い。そっと乗せる作業には集中力がいるけれど、それを分かっていて琳太も九十九もじっと見つめてくるものだから、余計に緊張してしまう。固唾をのんで見守ってくれているのはありがたいのだけれど、プレッシャーが重たくなる一方なのだ。泉雅さんのように、我関せずと言ったふうにくるくるとフォークを弄んでいてもらった方がましだと思える。それでも「見ないで」なんて言えるはずもなく、無事にケーキを四等分できた。何だかとても肩が凝った。

ケーキの方はシチューと違って一から作ったものだから、泉雅さんの反応が気になるところだ。自分の分には手を付けずに、そっとジュースを飲むふりをして、泉雅さんの動向を見守る。優雅な手つきで切り分けた一口を、彼女が口に運び、咀嚼する様をじっと見ていると、九十九も同じことをしていることに気が付いた。つられて琳太も泉雅さんの方を向く。あまり多くない咀嚼回数――それもそうだ、柔らかいのだから――が、永遠にも感じられる。

「ふむ、これがブッシュドノエルというやつかの?」
「そ、そうです!」

それきり泉雅さんは何も言わずに黙々とケーキを削っていく。いよいよ怪しまれそうなのでわたしもフォークを手に取った。ぱくり、クリームの甘さとスポンジの柔らかさが広がって、幸せな気分になった。泉雅さんに美味しいですか、と味を尋ねなくても、これは良かったかもしれない。美味しい。ビギナーズラックが仕事をしてくれたのか、なかなかうまく出来ている。

「おいしい、ね!」
「ん!」

ぎゅっとフォークを握った琳太は幸せそうだ。思わずわたしの顔もほころんでいく。口の端にクリームがついているよ、と指摘すると、ついているのとは反対側のほっぺたをこする。ティッシュを出して拭き取ってやれば、へへ、と照れくさそうに笑っていた。
九十九の方も心配になって見てみたけれど、彼は口の周りを汚すことなくうまく食べ進めていた。

「九十九は大丈夫そうだね」
「は、はい……?」

何の話か分からずうろたえる彼に、何でもないよと笑って見せたけれど、それでも不安そうな表情は消えてくれなかった。ケーキはおいしいかと尋ねれば、そこでようやく彼の笑みが見れた。甘いものは人を幸せにする。


片付けのために台所にこもっていて、気が付けばもう泉雅さんはいなくなっていた。モミの木もなくなっているから、どこか別の場所に移動させたのだろう。あれがどこから来て、そしてどこへ行くのかは、考えないことにした。泉雅さんの手土産。それだけでいいじゃないか。
濡れたお皿をかごに並べて、やかんに湯を沸かす。琳太と九十九はお風呂に入っている。いつもはわたしが最後だけれど、今日はわたしが最初に入らせてもらった。コーヒーを淹れて、ふうふうと湯気を飛ばしながら飲める温度になるのを待つ。
火照った身体に温かいものを流し込む。浴室の扉が開く音が聞こえてきたので、慌てて全部飲み干して、まだ泡が残っているスポンジで温かいマグカップを洗った。

さあ、これからが本番だ。
パジャマに着替えておやすみ、と声を掛ける。ふたつのおやすみが聞こえてきて、寝息だけが響く部屋になるまでには、そう時間がかからなかった。慣れない作業とはしゃいだおかげで、疲れ切っていたのだろう。

いつもいい子にしていてくれるふたりのサンタクロースには、わたしがなろう。いつもありがとう、の気持ちを込めて、そっと各々の枕元にプレゼントを置いた。明日、ふたりが目覚めたときに、そして、プレゼントを見つけたときに、どんな表情をしてくれるだろう。どんな風に、喜んでくれるだろう。それを想像するだけで、わたしまで素敵なプレゼントをもらったような気分になった。

自分の体温で暖まった布団に身体をすべり込ませる。ここでふたりを起こしてしまったら、元も子もない。何とか慎重に元の体勢に寝そべって、ほっと一息。安心したら何だか眠たくなってしまった。カフェインが切れたのか、それとも睡眠欲がカフェインを打破したのか。急に重たくなったまぶたが視界を狭めるのに任せて、わたしは肩の力を抜いた。



「やっと寝おったかえ」



***

翌朝、目覚まし時計が鳴り響いて、乾いたまぶたを無理やりこじ開けた。

「リサ、リサ!」
「ん、なあに……」

ゆっくりと覚醒する意識の片隅で、どうして琳太はこんなにはしゃいでいるのだろう、という疑問が一瞬浮かんだが、すぐに解消された。どうしても何もない。わたしがやったのだから。布団からずるりと抜け出て、抜け殻状態のそれをそのままに、琳太と九十九のもとへ行く。

「どうしたの?」

だなんて、小さなプレゼントを両手に持ったふたりに白々しくも、尋ねてみたりして。サンタクロースが来たのかな、と呟く九十九は、控えめながらもしっかり喜んでいたし、琳太はもうリボンを解いて、包みを開け始めていた。

「ん!」

わたしが琳太にあげた…いや、サンタさんが琳太にプレゼントしたのは、小さなお菓子の詰め合わせと、シャボン玉。何かわからず首をかしげて透明な液体を見ている琳太に、あとで遊び方教えてあげるね、というと、こっくりうなずいてまたそれを眺めはじめた。よほど気になるらしい。
九十九には、同じようにお菓子の詰め合わせ、それから竹とんぼ。擬人化した時の服装が和風だから、どうしてもこういう昔ながらの玩具が似合うと思ってしまって買ったのだ。

「ふたりとも外で遊ぶおもちゃだったね。朝ごはん食べたら、外に行こうか!」
「ん!あ、リサ、リサのは?」

わたしの?プレゼントのことだろうか。だとしたら、ありえない。ふたりのサンタクロースはわたしだ。そして、わたしにはサンタクロースなんていない。い寂しい気もするけれど、サンタクロースになるにあたって、半ばふたりを騙しているようなものだから、わたしは悪い子だ。
わたしには来なかったみたいだね、と口を開きかけたとき、すっと九十九がわたしの向こう側を示すように人差し指をのばした。

「あの、布団に乗ってるのがそうかなって」
「ん、おれもそう思う!」

くるりと振り返ると、どうして気が付かなかったのだろう。わたしの布団の上に、明らかにプレゼントと思しき包みが鎮座していた。心当たりがなくて混乱した頭のまま、包みを開ける。一体だれがわたしに。もしかしてこの世界には、本当にサンタクロースという存在がいるのではないか。そう、錯覚してしまう。

箱を開けてまず視界に飛び込んできたのは、小さな箱。箱の中の箱だなんて、マトリョーシカみたいだ。外箱をわきにやって、小さな箱を手に取る。意外と重たい。ゆっくり留め金をはずすと、ぽろり、優しい音が箱から零れ落ちた。ぽろん、ぽろん、と奏でられる音のひとつひとつが紡ぐメロディは、思わず涙が出るくらいに懐かしい響きを持っていた。

「We wish you a Merry Christmas,We wish you a Merry Christmas,……」

世界を越えたクリスマスプレゼントは、確かにわたしの手の中にあった。


We wish you a Merry Christmas,
We wish you a Merry Christmas,
We wish you a Merry Christmas,
And a Happy New Year.