矛盾だらけの神さま

寝る前に飲んだコーヒーのおかげで、暗闇に慣れた目はばっちりと冴えている。シーツのしわのひとつひとつがくっきりと見えるほどだ。カフェインの力をひしひしと感じつつ、そっと身体を起こす。頭はしっかり目覚めているのに、首から下は気怠いから、変な感じだ。

ベッドの下に隠しておいた、ふたつの小さな箱を取り出す。ぎしりとベッドが自重で軋み、その音にひやりとした。しかし、自分以外に動くものの気配はない。安堵の息を小さく吐いて、手元の箱を見つめる。自然と、笑みが浮かんだ。


***


「こっちにはクリスマスってあるのかな」
「くりすま、す?」

オウム返しに言葉を紡いで首をかしげる琳太。言い慣れない音運びだったようで、どこかたどたどしい「クリスマス」。九十九も目を瞬かせているから、彼も知らないのだろう。そもそも、洞窟にも研究所にも、クリスマスなんてイベントがあったとは考えにくい。この世界にクリスマスがあったとしても、ふたりにその存在の有無を尋ねるのはお門違いというものだ。さっきの言葉はほとんど独り言に近い。

「クリスマスは神さまの誕生日を祝うイベントでね、いい子にしてたら、枕元にプレゼントが届くんだよ」
「プレゼント!」

目をきらきらさせている琳太と、首をかしげた九十九。

「神さまのお祝いなのに、プレゼントをもらうのは神さまじゃないの…?」
「えっ」
「あっいや、ご、ごめんなさい!」

意表をつかれて言葉に詰まる。そういえば、どうしてサンタクロースは子どもたちにプレゼントを届けてくれるんだろう。それも、子どもたちが欲しいと願ったものを、きちんと。
八百万の神とはよく言ったもので、どんなカミサマも受け入れて、そして都合のいいようにイベントに仕立て上げている国で生きてきたものだから、いざ色々と突っ込まれるとすかすかな知識しか持っていなくて何も言えない。九十九が疑問を口にしたことを申し訳なく思っているのが申し訳ない。

「こっちこそ曖昧な知識でごめんね!まあ、神様は子どもたちにも一緒に喜んでほしかったんじゃないかな」

人を平等に愛せよとかなんとか、あの神様は言っていた気がするから、あながち間違いではない、だろう。でたらめだけれど。九十九をフォローするためならそれでもかまわない。適当でごめんなさい、ジーザス。

「と、とにかく!」

ほとんど強引に話を続ける。半ばやけくそだ。

「ケーキを作ったりして、いつもよりちょっと豪華で美味しいものが食べたいだけ、なんだ……」

だから、クリスマスパーティしない?というわたしの問いかけに、ふたりはこっくりとうなずいてくれた。そうと決まれば買い出しだ。ケーキはいちごのショートケーキも捨てがたいけれど、やっぱりブッシュドノエルがいいな。あとは……。
必要な食材をメモしていく。普段、ポケモンセンターにあるレストランのお世話になっているものだから、料理には不慣れだ。せいぜい簡単なお菓子を焼いたり、お母さんのお手伝いをしたことがある程度のスキルしか持ち合わせていない。これはレシピ本も買った方がいいかな。




***



間隔の短いチチチ、という音のあとに、ぼっと青い火が灯る。バターをひとかけ入れて、黄色く溶けていくのを見ながら鍋をあちこちに傾ける。まんべんなくバターを広げて、玉ねぎとマッシュルームをまな板から直接、滑らせるようにして放り込んだ。

「焦がさないようにね」
「ん!」

身長を補うための、小さな台に乗った琳太。片手に木べらを握って、任せておけとうなずく。鍋の中の具材をあっちへこっちへしている姿に、はじめははらはらして自分の作業が全く手につかなかったけれど、同じように台に乗った九十九が隣でフォローしてくれているようなので、ふたりに任せておくことにした。
にんじんとジャガイモ、それからブロッコリーを一口大に切って鍋へ。バターの良い香りがして、出来上がりが楽しみになった。

ホワイトソースはちょっと横着して、市販のルウを買っておいた。パッケージの裏に作り方が書いてあるから、今回買ったレシピはケーキのものだけだ。パンはシチューが出来上がる頃に切り分けて焼こう。次は…そうそう、ブッシュドノエルだ。ついさっき焼き上がった生地は甘くて優しい匂いがして、ついついつまみ食いしそうになってしまった。天板から取り出しておいた、少し冷めた生地を見て、またじゅわりと唾があふれてきたけれど、がまんがまん。

チョコレートクリームと刻んだ木の実を生地に載せて、レシピとにらめっこしながら巻いていく。生地が破れはしないかと不安だったが、ビギナーズラックと言うべきか。何とかなった。
ポケモンセンターの個室に備え付けてあるキッチンでは、この先の作業をするには少々手狭だ。それに、琳太と九十九には出来上がりだけ見てもらいたいという気持ちもある。そう思って、そっとリビングへ移動した。

「リサー?」

怪訝そうな声音で、琳太がわたしの名前を呼ぶ。
わたしはこっちで作業するから、とルウのパッケージにあるレシピの手順を口頭で簡単に伝える。元気な返事が聞こえてきたので大丈夫だろう…多分。いや、少し不安だ。ちょくちょく様子を見に行こう。

ロールケーキの形になったので、外側にも同じようにチョコレートクリームを塗って、フォークで簡単に木の表面に似せた模様を入れる。一旦そこで中断して鍋の様子を見ると、丁度九十九が鍋に水を入れているところだった。琳太は木べらでぐるぐるかき混ぜていたかと思うと、今度はおたまに持ち替えた。

「うまくいきそう?」
「えっあ、ご、ごめんなさい!」

はっとして作業を中断した九十九。わたしが指摘しに来たと思ったらしい。そんなことないよと言えば、ほっとしたように水をまた鍋に注いでいた。

その傍らで、木の実を冷蔵庫から取り出して軽く洗い、切っていく。これはケーキの外側に、デコレーションとして乗せる分。飾り切りなんて高度な技術は持っていないし、ここには普通の包丁しかないから、切られた木の実の形はありきたりなものだ。木の実をボウルに入れて、またリビングへ。

そういえば何も考えずに作っていたけれど、わたしたち三人に対してあのシチューもこのケーキも、量が多くて食べきれない。パンだって余ってしまうだろう。せっかくだし、誰かを呼ぼうかな。あと一人くらいいれば、丁度良さそうだ。

木の実の他にも、粉砂糖やアラザンなどを用意してあるから、彩りの幅は申し分ない。問題は、そう、わたしのセンスである。レシピの写真みたいに飾り付けているつもりなのに、どこが、とは言えないがおかしい。何となく拙さが出ているのだ。当然と言えば当然かもしれないけれど。まあ、これも手作りの醍醐味と言えばそうなのだろう。デコレーションはある程度妥協することにした。少し乾いた眼を何度か瞬かせて、うんと伸びをする。重い荷物を背負っていたかのように、肩が凝り固まっていて、どこかの関節がぱきぱきと音を立てた。

台所の様子はどうなっているかと、ケーキを冷蔵庫に入れてから覗いてみる。今、おたまを握っているのは九十九だった。とろりとしたシチューが、温かい匂いを漂わせている。焦げた様子もないし、きっと成功だ。火を止めてから、お疲れさまの気持ちを込めてギュッとふたりまとめて抱きしめる。琳太の腕は即座に私のお腹に回されたけれど、九十九はびっくりして中途半端な姿勢のまま硬直してしまった。