しばらくは

今日は朝から天気が良かったから、冥斗とお散歩することにした。

お散歩は読書と同じくらい好きで、わたしの数少ない「趣味」といえるもの。




「いこー冥斗っ」

「ずいぶんとテンションが高いな」

「だってこれからは梅雨が来るから、なかなかお散歩出来ないでしょ?」

「…そうか。なら、本も買っておこうか」

「うん!」

玄関でブーツを履いて、ぴょんっと立ち上がり、はしゃいで返事をした。

「行くか…」

そして冥斗はさりげなくわたしの右手をつかんでドアを開けようとしたた。


…手!?



「ちょ、冥斗…」

「なんだ」

「手…」

「ん?」

手がどうかしたのか、と冥斗の握る力が少しだけ、痛くないくらいに強くなった。

顔に熱が一気に集まる。
あああこんなに赤面しちゃってわたしってば恥ずかしい…!

神経のすべてが冥斗と繋がっている右手に集中しているようで、冥斗が僅かに身動ぎするだけでもびくっとなってしまう。


「…どうした……?」

冥斗の声が魅惑の低音ボイスに変わった。
絶対に今、意地悪な顔してるっ。

そろそろと顔を上げれば、案の定冥斗はニヤニヤと、それでいてイヤらしくない笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。…顔がいいからそんな笑みが似合うんですね。



「……」

顔を真っ赤にしたままうつむいたわたしの反応がおもしろくなかったらしく(絶対Sだ!)冥斗は反対の手でわたしの顎をすくった。

「〜〜っ!?」


くすぐったくて身をよじる。反応をお気に召されたようで、冥斗はわたしを弄ったとき特有の、喉の奥だけでクツクツ笑うというお返し…いや、だめ押しを下さった。

それだけでも十分恥ずかしくて、甘酸っぱくて……?

甘酸っぱいって…?




思考を遮るかのように、冥斗はとんでもないことをしてくださった。

ぐい、と右手を引っ張られる。考え事をして完全に自分の世界に入っていたわたしは、あっさりと冥斗に抱きすくめられることとなった。


「……!?っ冥、斗……!」

「……」


返事はない。

肩口に顔をうずめられているから、表情を伺い知ることもできない。



ただ、抱きしめる力が少しだけ強くなった。





このままで。

(さて、行くか)
(……)
(どうした?)
(なっ…なんでもないっ)
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