日常茶飯事

「紅茶はいかがですか、ユウお嬢様?」

冥斗はたまに戯れでこういうことを言う。
原因は、初めて冥斗が人の姿をとったときにユウが何気なく発した一言。



「冥斗、人になると執事みたい」



素直に述べたその感想は、客観的にみてもあながちズレてはいない。手袋は常にはめているし、スーツを着ているしで、冥斗自身が納得するほどに、彼は執事のようだった。

冥斗もその感想が気に入ったようで、こうして冗談で執事の真似事をするわけだ。
だからというわけではないが、彼の紅茶は格段に美味しい。コーヒーを淹れるのも上手いが、ユウはカフェオレしか飲めないので大抵紅茶だ。


じゃあよろしく、と言えば彼はソファーから立ち上がってリビングを抜け、キッチンへ。

ほどなくしてシュッシュッ…とお湯が沸き、ヤカンが音を立てているのが聞こえた。
コポコポとお湯をマグカップに注ぐ音が2回。



どうぞ、湯気の立つマグカップが机の上に置かれた。

「…今日はアールグレイ?」

「はい。ジョウト地方より取り寄せた…ものを近所のフレンドリーショップで買いました」


「あはは、そこ言っちゃうか。…ん、いい香り」

ふーふーと紅茶を冷ますユウ。
正面に座った冥斗が目を細めて見ていることには気づいていない。


「……熱っ」

おそるおそるマグカップを口につけるが、冷まし足りなかったようで、すぐにマグカップは机へと帰還した。


「…ミルク入れる?」

「ん、今日はいい。…舌、火傷したかも」


舌先がピリピリする。
紅茶はしばらく飲めそうにないので、あらかた冷めるまで香りを楽しむことにした。


「ユウ、」

冥斗が名前を呼ぶのは、きまってそちらを向いて欲しいとき。
それがわかっているから、ユウは返事のかわりに冥斗に視線を寄越した。

彼の手袋のはめられた手がのびて、唇に、指が、


そのまま指で唇をなぞられた。



「痛むか、」



顔は無表情のまま、緋色の瞳が心配そうにユウを見つめていた。


すっ、と離れた彼の指を、無意識に視線が追っていた。


「くくっ…顔が赤いな」

「っな、…そんな、ことっ!」


「紅茶…冷めるぞ」

言い返す言葉がうまく纏まらず、おろおろしているうちに、サラリと話題を替えられた。
手元に視線を落とすと成る程、湯気が立っていない。


「…ぬるい」

「自業自得、だ」

「ちょ、誰のせいで…!」

ふ、と短く息を吐いた(おそらくハナで笑った)冥斗の瞳に挑戦的な光が宿った。あ、これはスイッチ入った。

「俺のせいか?…勝手に赤面したのは、そっちだろ…ユウお 嬢 様 ? 」


出た。本性が出た。
今や冥斗はユウをイジることしか頭にない。さながら肉食獣のように、目が爛々と妖しく輝いている。…誰かスイッチの切り方を教えてください。


「っそれは、冥斗が」

「俺が…?」

「……」

「俺が、何?」

「…何でもないです」



結局私は、冥斗にかなわないのだ。(「ドキッとした」とか言えない!!)


「むぅ…」

膨れっ面のユウの唇を、また冥斗が撫でた。


ビクッと分かりやすい反応を示すユウに、思わずくつくつと喉の奥から笑いが漏れる。


「笑わないでよっ」

「はははは」

「棒読み!?」


日常茶飯事
見ていて飽きない。


(冥斗の意地悪っ!もう口きかないよ?)
(ユウお嬢様、今日のご予定は?)
(散歩行きたい。…って、)
(…くすくす)
(………やられた)
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