星の瞬く夜に
ふと目が覚めた。
発作が起きたわけでも、喉が渇いたわけでもない。夢も見ずにぐっすりと眠っていたのに。
起きなければならないような、そんなよくわからない予感がして、アンネは目を瞬かせた。
起き上がってカーテンを開けると、満月がまぶしいくらいに彼女の顔を照らした。
思わず細めたアンネの双眸は、彼女の見つめている夜空にちりばめられた星や、月のような色を宿していた。
「……!」
きらり。
アンネの目が月明かりに慣れてきた頃。空で何かが、確かに光った。
石の図鑑に載っているような、煌めくアメジストのような色の光が、尾を引いて降ってくる。
満月の光にも負けないくらい力強く光るそれに、アンネは惹かれた。
生まれて初めてみた流星は、綺麗な軌跡を描き、尚も落下し続ける。
口を閉じるのも忘れて流星とおぼしきそれを眺めていたアンネは、光が段々と眩しくなっていることに気がついた。
はじめは気のせいかとも思ったが、そうでもないらしい。
キイイィィ耳を塞ぎたくなるような音とともに、いつしかそれは目の前まで迫っていた。
アメジストが空から降ってくる。
(止まって…!)
そう願わずにはいられなかった。
ぎゅっと目を閉じ、膝にかかっている布団を握りしめた。
「…?」
どれくらい経っただろう。
アンネは、瞼越しに光が消えていくのを感じとった。
ゆっくりと目を開ける。
窓の向こう側にあるのは、自分の家の庭。
アンネの部屋は一階にあるため、母親が丹念に手入れをしているきれいな花壇がすぐそこにある。
そのアンネのお気に入りの庭に、アンネの目と鼻の先に、アメジスト色の物体がごろりと転がっている。
地面に半分ほど埋まってはいるものの、割れることなく静かに光っていた。
真夜中に、どれくらいの人がこれに気づいただろう。
しばらく窓にへばりついて様子をうかがっていたが、人が現れる気配も、再び流星みたいなそれが光りだす気配もない。
意を決し、アンネはそっと、窓を開けた。
部屋にふんわりと吹き込んだやわらかな風に、アンネの夜空色の髪が遊ばれていく。
心臓の鼓動は一回分だって惜しいのに、速まっていくばかりだ。
高鳴る胸を押さえながら、アンネはそっと窓を乗り越え、裸足で庭に降りた。
かがんで、ゆっくり、ゆっくり、不思議な光る石に手を伸ばす。熱くはなさそうだ。動きだすような素振りもない。
指先が触れると、表面はひんやりと冷たいのに、触っているうちにじんわりとぬくもりが伝わってきて、不思議な気分になった。
冷たいのに、温かい。
温かいのに、冷たい。
両手で掴んで、自分の頭より一回りくらい大きなそれを、持ち上げてみる。
土に埋まっているために抵抗はあったものの、何度か細かく上下左右に動かせば、すぽん、と音をたてそうなくらいに難なく抜けた。
もしも石ならば、アンネはおろか、大の大人でさえ抱えきれないくらいの大きさなのに、それは見た目のわりには軽かった。
手で軽く土を払い、先にそれをベッドに置いてから、自分も部屋へと急いで戻る。
母親がやって来ないかと内心ドキドキしすぎて心臓がくたびれそうだったけれど、大丈夫そうだ。
アンネは枕もとに置いていたウエットティッシュで、足と、窓の桟、それからもう一枚取り出して、丁寧に光る物体を拭いてやった。
しげしげとその物体を眺め、それからそっと抱き締めてみる。
表面のゴツゴツした冷たい感触が、服からお腹に伝わったあと、じわじわと温かさが染み込んできた。
それから、トクン、とひとつ、振動も感じられた。
「……?」
ただのきれいな物体だと思っていたそれが動いたような気がして、不思議に思ったアンネは、そっと耳を寄せた。
トクン、トクン、
自分の心臓の鼓動と何ら変わらない速さで、規則的な鼓動をうつそれは、まぎれもなく生きていた。
「…たまご?」
でも、タマゴの形は丸いものだと決まっているし、空から降ってくるなんて聞いたこともない。
自分の知識の範疇をやすやすと凌駕していく目の前の存在にむけて、アンネはそっと呟いた。
「あなたは、だぁれ…?」
返事はなかった。
喋らないし、歩き出したりしないから、やっぱりタマゴだろう。
そう結論付けると、アンネはそっと鼓動をうつ石を枕元のリュックの中に入れ、横になった。
先ほどの窓から家を抜け出すという行為は、たとえ庭先に降りただけでも、アンネにとっては人生初の大冒険だった。
短時間に、あまりにもいろいろなことがありすぎて、疲れはててしまったアンネは、布団をしっかりかぶったかどうかを確認する気力もなく、眠りに落ちた。
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はい、というわけで始まりました始めちゃいました七夕企画!
このお話の時系列は、現在長編連載中のChallengeよりも少し未来が舞台となっておりますが、長編との直接的な関係はありませんので、切り離してもお読みいただけます。
まだChallengeには出てきてない子たちがフライングしてる節もありますので、それでもオッケー!という心の広い方はこれから七日間ほど、お付き合いくだされば幸いです。
(な、七日間で終えられるかは非常に不安ですが……)
モドル