そろそろ隙間風が気になるように、冷気が肌を刺しますのは全寮制夏果学園、白桃寮。好きな人が木苺寮にいます。白桃寮は女子寮、あっちは男女共同寮ときたものだから心配ばかりが募ります。ミス夏果学園に輝いたこともある、その子の名前は山梨雨芽ちゃん。憧れの雨芽ちゃんはそれはもう、めちゃくちゃ可愛い女の子です。もうすぐその子の誕生日です。

『十二月二十日、二回目のデートをしませんか?』

文化祭賞品の、ミス夏学と一日デートできる権。あの日、クラスの人が勝手に企画したそれに、目当ての雨芽ちゃんは教室の隅っこで固まっていた。けれど四個目のスタンプを手に現れた私を見て、いいの?という顔をして、それから笑ってくれたのだ。初対面の私は、実のところはもう一人のアイドル寮生会長と一日デートを狙っていた。が、どうやら他の完走者に先を越されたようで、もういいかなーと思いかけていたところになんとも可愛い女の子が待っている。私はなんとも気が多い。たった今から、この子と学校生活を送ってみたいという気になった。

「名字名前!男子じゃないけれど、デートしてくれますか」

デート当日は、秋ということもあって紅葉狩りだとかスポーツの秋だとか食欲の秋にしようかと、行き先を決めるのに四苦八苦したが、こちらが決めていいのだから思い切って海に行こうと誘った。海岸でピクニックだ。待ち合わせの寮からふたりで電車に揺られて、駅から歩く。ゆっくりと雨芽ちゃんの話と波の音を聞きたくて、人の少ない海を選んだ。メールでヨーグルトが好物だって聞いたから、沢山用意した私に雨芽ちゃんは少し笑って。それから毎日一つずつ開けてくれたという。それまで関わりの無かった私達も学校で少しずつ話すようになって、顔見知りの関係がちょうど一ヶ月続いた頃、雨芽ちゃんの方からお付き合いを申し出された。もしやあのヨーグルトが利いたのかもしれない。

「本当に付き合ってんの?あんたと山梨さんが?」

交際を知る唯一の友達にもそんなことを言われるし、やっぱりこれは焦る。雨芽ちゃんに釣り合う女の子になるしかないなと決意を新たにする。

『名前ちゃん?それでなんで明日から来なくなるの』
「せっかくだし、やっぱり登下校くらい木苺寮の人とした方がいいと思って」
『そんなこと言って、お昼休みも来ないじゃない』
「お弁当の邪魔しちゃ悪いよ」
『だから、名前ちゃんもいっしょに食べればいいのに……』
「それは、悪いよ。新参者の自分が出しゃばるのは好きじゃない」
『……私はいいけど』
「ほら、それに同じ食堂には居るじゃない?お互いに姿も見えてるからね」

雨芽ちゃんは納得していないようだったけれど、今のままの自分では隣に余る。ちょっと努力が足りないようだと自覚はしている。

「で?」
「名字家のぼんを、ここから作り替える」
「は?」
「朝、昼、放課後、自分磨きに費やす。メイクのレッスンしてください」
「……師事代は?」
唯一の友達は面倒臭そうに頭を掻いていたが、寮生会長と雨芽ちゃんのツーショット写真を差し出すと今度は頬を掻いた。元はといえば彼女に贈るための、会長と一日デート券を獲得し損じたおかげで、雨芽ちゃんと知り合えた私だ。
「コテの巻き方も教えてほしい」
どんどん見れるようになれたら、雨芽ちゃんは私のせいで恥ずかしい思いなんてしないよね?劣等感が薄れたら、私も雨芽ちゃんを好きな気持ちだけでいられる。

しかし、

「私、名前ちゃんにそんなこと一言も言ってないでしょう」
「そりゃあ雨芽ちゃんは優しいから言わないけど、当の本人には結構高いハードルでね……」
「それなら私に頼ってくれればよかったのに……メイクだって、ヘアアレンジだってそれなりにできるのよ?」
「そんな、好きな人に触られるのは緊張する!」
雨芽ちゃんにやってもらおうなんてどきどきしてしまうから、身が持たない。見よう見まねで覚えようにも頭が真っ白になってしまう。
「二人いるんだから一緒に生きようよ……」
「……見たら分かると思うんだけど、私は雨芽ちゃんが好きだから、隣に立っても恥ずかしくないような自分で居たいんだよ」
「だから、それって私の気持ちを無視してるでしょう。名前ちゃんが恥ずかしいだなんて勝手に思って、それで私と居たくないっていうなら最初から自分のこと守りたいだけじゃない」
「居たくないとは言ってない!」

それから雨芽ちゃんは「……今日のデートだって、本当は今も恥ずかしいんじゃないの」と言った。私は流石に悲しくなる。冷えた固い土の上を踏みしめる馴れないパンプスが、髪が、メイクが、そこだけ張り切っちゃって馬鹿みたいになる。雨芽ちゃんと行きたいから頑張ろうって思えたばかりなのだ。

「誕生日デートなのに、説教なんか聞きたくない」

クリスマス前に別れそうなんて、笑えない喧嘩をしてしまう。発端は自分なのだから開き直るのはよくない。だが、せっかくのカップル行事に朝から嫌な話を持ち出さなくてもいいじゃないかと喉がむずむずする。雨芽ちゃんは女の子なのだから、男の子よりも余計に接しやすいから、本音を零してしまう。

「帰りましょう、か」
「……一緒に?」
「帰るところがいっしょだもの」
あやすような声ではない。
「……雨芽ちゃん。寮に着くまでには、ごめんって言うからね」
「私も」
彼女のヒールが、後ろをついてくる音がしている。
「これも、高校卒業までには直すからね」
「まだ二年もあるね……」

「そしたら、ご褒美に山梨さんちに行ってもいい?」

実家では本名で呼ばれてるからね、驚かないでねと予告する声に、初耳の私は早く色々と聞きたくて、歩きながらいつ御免と言い出そうか一歩後ろを窺っている。


同じ冬を踏む





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