『私は貴方が嫌いです。バージルの事を一番理解出来るのに理解しようとしないから』

始めて会った時、彼女は迷いのない瞳にダンテの姿を映しながらそう言った。
その時からだろうか。名字が気になるようになり、バージルを、兄を羨ましいと少しだけ思ったのは。


「……ダンテ?」
「何だ?もしかしたら寒いのか?」
「違います。少し、切なそうな顔をしていたので……何か嫌な事でもありましたか?」

隣に居る小さな彼女に暖かな笑みを浮かべ、頭を撫でてやると彼女はその意味が解からないのか首を傾げてもう一度「ダンテ?」と名を呼んだ。
二人は合言葉付きの依頼を受け悪魔退治に少し寂れた村まで来ていた。
雪に膝まで埋まりながら吹雪の中を歩いていくのは半人半魔であるダンテでも体力を奪われるのに。元々人間である名字は尚更耐えられる物ではないと何故考え付かなかったのか。
今の季節が冬だという事は重々解かっている。だが此処まで雪が積もっているとは思っても居なかった。
視界も悪いしこんな状況で悪魔に遭遇でもしたら二人とも只では済まない。
丁度良い所に洞窟があったから其処で火を焚き、少しでも吹雪が止むのを待つ。
しかし何故今、名字との出会いを思い出したのだろう。
彼女は雪とは全く関わりなんてなかったのに。

「何でもねぇよ。それより名字、もっとこっちに寄れ。寒いだろ」
「ふふ、そう言って寒いのはダンテなんじゃないですか」
「ばっ、そんなんじゃねぇよ。人の気遣いをなんだと思ってんだ」
「はいはい。ではお言葉に甘えて……」

くすくすと笑いながらそう言って名字はダンテにぴったりとくっつくように寄り添った。
同じ環境下で生活をしているのに何故彼女は甘い花の様な香りがするのだろう。
今思えば初めて会って、戦って、勢い余って名字を押し倒してしまった時も甘い花の香りがその身から漂っていた事を数年経っている今も確りと覚えている。
くっついた箇所に少しだけ熱が生まれる。その熱にダンテは若干口元を緩ませた。
こんな些細な事で幸せを感じられるだなんて、その事自体が幸福だと。

「それにしても、雪、止みませんね。このままでは依頼をこなす前に凍死しちゃうかも……」
「この状況でそんな冗談はよしてくれ。洒落にならない」
「冗談じゃありませんよ」
「……だよな。お前が冗談を言える様な性格だとは思っていないさ」

「困りましたね」と本当に困った様な口調でこつんとダンテの肩に頭を預ける。
こんな修羅場は何度か潜り抜けているだろうが名字も矢張り不安なのだろう。
天気にだけは人間である名字が敵う訳がない。
尤もこの天気も悪魔の仕業であろう事は既に予想は付いてはいたが。
そうだと解かっていても迂闊に外に出れないのが現状だ。
不安がる名字の肩を片手で抱き、少しでも不安を取り除こうと試みる。
名字にもダンテのその気持ちが伝わったのか少しだけ頬を綻ばせてもっとダンテに体を寄せた。

「名字、この依頼が終わったらお前が好きな物でも食べに行くか?」
「私が、好きな物?」
「あぁ、いつも給料なしで働いてもらってるからな。その位はさせてくれ。何が良い?」
「……ストロベリーサンデー」
「そりゃ俺が好きな物だろ。それにこのクソ寒い中でその名前出すたぁお前も大概クレイジーだな」

クククと喉から笑いを零すと名字は少し不貞腐れた子供の様な表情を浮かべた。

「だって、私が好きな食べ物なんて何がなんだか解からないんですもの」
「……」
「思い出そうとすると、それを拒絶しようと頭が急に痛くなるんです」

名字はダンテと出会う前、彼の双子の兄・バージルと旅をしていた。
その時の記憶は確りと彼女の頭の中に刻み込まれて入るのだが、それ以前の記憶を思い出だそうとすると急に頭が痛み出す。
以前その事を借金を取り立てにきたレディに相談していたみたいだが、レディは「多分、現状が貴方にとって幸せな状況だから、過去の辛い事を思い出そうとすると頭が拒絶してしまうんじゃないかしら」と心療内科医宜しく名字に言っていた。
もしそうだとしたらいつか名字はバージルと共に過ごした日々も忘れ去ってしまうのではないかとダンテは危惧している。
名字にとってバージルは何物にも変え難い、とても大切な人間。
勿論、双子として血を分けたダンテにとってもバージルは最後の肉親だったし、とても大切な兄さんだった。子供の頃から最期まで喧嘩をしていたけど。

「でも、今は幸せだから昔の事は如何でもいいんです」
「……バージルが居なくなった事も、か?」
「バージルの強さを知らない訳では無いでしょう?きっと、魔界で悪魔を倒していると思います」

その言葉は妙に確信めいてはいたが、僅かに声が震えていた。
本当は不安で心配で仕方が無いんだ。バージルがあの戦いの後、魔界に堕ちていって数年の時が経過している。
バージル程の力を持っている人間、半魔が数年経っても戻ってこないと言うのは、死んでいる確率の方が高いと言う物。名字はそれを認めたく無いからこう言っているのであろう事はダンテにも手に取る様に解っていた。
名字の肩をダンテはそっと抱くと「大丈夫だ」と一言だけ彼女に言葉を与えた。

「……不思議ですね。ダンテが大丈夫と言うと、何故だか本当に大丈夫に思えてくる」
「それは名字が本当に大丈夫だと思っているからだろ?」
「そうなんでしょうかね。よく、自分では解りかねますが」

ほんの少しだけ笑みが戻った名字にダンテは頬を引っ掻く。
きっとあのバージルも名字のこう言った所が好きで側に置いていたのかもしれない。
そう思うと矢張りバージルが羨ましく思えてくる。彼女の愛を独占できていたのだから。それに今もこの場に居ないのに彼女に思われている。

「それにしても、何時になったらこの吹雪は止むのでしょう」
「存外、悪魔の仕業かもな。俺達に狩られるのが怖くて警戒しているのかもしれない」
「……だとしたら随分怖がりで矮小な悪魔ですね」
「全くだ」

だがそのお蔭で彼女と体を密着させる事が出来ているのだけども。その点だけは悪魔に感謝しなくてはならない。
すると名字は元々着込んでいた青い厚手のコートを確りと着込み直し愛銃をその手に構える。
何故急に戦闘体制に入ったのか。そんなのは簡単だ。微弱だが悪魔の放つ魔力を感じたから。
ダンテも重い腰を上げ同じく愛銃である白と黒のエボニー&アイボリーを構え名字に背中を預ける。

「数だけは結構居るな」
「でも、物の数分で終わるでしょう?」
「あぁ、そうだな」

「Let's rock baby!」と掛け声を合わせ二人はトリガーを引き物影に隠れている悪魔達を撃ち払っていく。
生きていれば悲しい事も辛い事も楽しい事も嬉しい事もいっぱいある。こうして誰かと一緒に、背中を預けて戦う事だって。
きっと名字はそれを解っているからバージルが魔界に堕ちてから数年間、彼の事で弱音を吐かずに生きてきたのだろう。彼が死んでいる事を解っていても、自分が少しでも笑って居れば彼が少しでも喜んでくれるだろうと。
彼女は強いな。と思う。だからこそ、守りたいと思う。慈しみたいと思う。愛していたいと思う。
生きていればどんな事だって、どんな記憶だって乗り越えられる。
悪魔を駆逐し終わり、背中をくっつけ合う様に再び預けるとダンテは微かに震えている名字の手を、指を絡めて繋ぎ止めた。
願わくば、今この瞬間が彼女にとって幸せな記憶になって欲しい。そう思いながら。


うわついた指の記憶






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