街灯がぽつりぽつりとひかりふる夜道で、真っ白く曇る息が大気にとけるのをぼんやり見つめていた。
 こうして一人歩んでいると、これからの人生もこんなかんじで真っ暗で寒くて一人なのかな、なんてらしくない想いが浮かんでしまう。
 寒いとよけいなことばかり考えてしまう。寒い地域だと気分が沈みやすい、なんていう都市伝説が妙に信憑性をもって足元に這い寄っているような気がする。

 鍋の具をぎっちり詰めたスーパーの袋が、疲れた両手にあかぎれかけた手に割れを差し込む。なんで米とか醤油とか砂糖とか重いものをここぞとばかり買い物メモに書いた奴に何か一言言わないと気が済まない。

「おかえりぃ」
「ただいま、米はさ、車で行くとき買おうよ」
「ごめんごめん、最近ずっと忙しくて行けなくて、ほんとうに何も食べる物なかったんだ」
「手を首で温めさせていただけるのならば許してさしあげます」
「はは」

 笑って台所に去って行ったところを見ると触らせてもらえないらしい。大人しく用意しておいてくれたらしいお湯に手を浸して解凍する。手洗いうがいはしっかりねー、とまるで幼児に言い聞かすように優しく言われると逆らう気力を削がれる。昔から一也はそういう奴だった。なんだかめっきでカバーされた穏やかな雰囲気で簀巻きにされるみたいな。それを言ったらものすごく笑われたから黙っておく。

「今日はお鍋ですか」
「キライだった?」
「いや、寒いからちょうどよかったって」
「そう、よかった……ちょっと名前ポン酢取ってきて」
「ゴマたれが良いな」
「うん、箸もよろしく」
「ヘイヘイ」
エプロンが似合うなぁ、と思いながら言われたものを取りに台所に向かう。今日くらいならビールをあけても怒られやしないんじゃないか。

「じゃあ、今日もお疲れ様」
「一也も、乾杯」
「はい乾杯」

ただのクラスメイトだったころはこうしてひとつの炬燵にはいって鍋をつついてビールを分け合うようになるなんて、想像すらしなかった。どこか初めての彼氏はすぐに別れてしまうのだろうと思っていた。初恋は実らないと思っていた。
現実は意外と私にやさしく、もう今年で五年も付き合っている。

「ほいひい」
「やけどするからゆっくり食べなよ」
「ふぁい」

私にばかり肉をたべさせて、太らせてたべるわけでもないだろうに。変なところで遠慮が抜けていない。私ばかりふてぶてしくなっていく気がする。
「一也」
「なに?今日は名前が皿洗いな」
「うん、それはわかってるけど」
「えっ、じゃあなに……」

それ以外に恋人から言われる可能性がないっていうのも所帯じみてる気がするけれど、それだけ長い時間を過ごしてきたからって、いい方に考える。
「あのさ、け」
「け……?」
「けっ、こんしませんか」
「えぇ?!」

意を決しての逆プロポーズにその反応はけっこうキツイ。そもそもプロポーズに逆も何もないだろう、結婚したいなって思った方が言ってなにもおかしくないじゃない、と仮想敵とたたかう。
まともに顔が見れない。これで二股とか発覚したらつらすぎるけれど一也はそんなことする人じゃない。
「は?名前結婚の意味知ってる?!」
「ばかにしてんの!?!」
「キレながら泣かないで!!」
「煩い!」
「わりぃ!!俺もけっこう落ち着いてない」
「そうだね!!」

沈黙。もしかしたら一也は結婚なんて考えたことなかったのかもしれない。一緒に生きたいし大事にしたい。一也以上にそう、思えるひとがいない、って思うんだけれど。本気じゃない、って勘違いされたとか。
「あのさ、ずっと、一緒に居るってこと、分かってるのか」
「わかってる!!!」
「ちょっと落ち着けよ……肉食っていいから」
「……ありがとう」

そう、おしつけられた山盛りの肉を咀嚼して初めて、一也の目じりがうるんでいることに気付いた。
「……なんで泣いてるの」
「しよう」
「あ?」
「あじゃねーよ……けっ、けっこんしようっ、って言ってるんだよ」
「うん」
「ちょっと肉食うの止めろよ」
「食えったり食うなったり忙しい奴」
「頼むから」

いつも余裕のような、人との垣根をとっぱらって、今私の前にいるのは素の御幸一也なんだろう、と想像がつく。五年も生活してれば、わかる。
「どしたの……?」
「いやむしろなんでお前そんなに冷静なの」
理由を問われてもわからないので黙っている。

「俺、なんか嬉しすぎて、あたまおかしくなりそう……」
「カワイイ〜」
「茶化すなよ」
「私が幸せにする」
なんでそんな泣きそうなの、とことばを挟む隙は奪われた。

****
「鍋冷めたね」
「あっためなおせばいいじゃん」
「そだね」

『孤独な呼吸はおしまい』


孤独な呼吸はおしまい





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