真っ直ぐに突き進むあなたの目はどこまでも透明で、その瞳に私という存在は今も映ってはいないのだろうか。
桜の花弁が点々と、崩壊した校舎の残骸に色を付けている。四度目の春は本能字学園の誇る桜の樹を愛でることは出来なかったが、今は穏やかに誰かの声が聞こえてくるだけで陽気な雰囲気が流れている。
この一年は、本当に言葉では言い尽くせないほどの乱闘騒ぎの連続だった。最も、始まりを言うなれば、あの転校生が最初で最後の立役者。私にとっても彼女は誰よりも目を引いた。
「こんな所に居たか、名字!」
閉じていた目を開き、瓦礫から顔を覗かせた声の主を見る。
「どうかしましたか、運動部統括委員長様」
「皐月様が直々に手合わせしてくれるそうだ」
意気揚々と当然の如く、猿投山渦は開いた目を爛々と光らせている。それが眩しくて、私は宙へと視線を逸らした。
「おい、まさか剣道部のお前が今更興味が無いなんて言うんじゃないだろうな?」
「今更、皐月様のお手を煩わせる気もありません」
敵うはずも無い事は分かりきっている勝負に挑む心は、今はもう砕け散ってしまったのだから、彼女に突き立てる刃など有りはしなくて。
愉しむだけに意味を見出している貴方が羨ましい程に、私の心に今はもう闘争心が薄れている。散々、死ぬような思いをしてきた今はもう、未だに私が敵う相手などと思い上がりをすればバチが当たるだろう。
「前は散々皐月様に勝負を挑みたいと意気込んでただろ?」
「それは私が無知だったから、何も知らずに吐いた過ちです」
まるで人を、彼女の言葉で言うならば服を着た豚同様に扱い、階級を付け飼育してたその体制に対抗心を密かに燃やしていただけ。蓋を開けてみれば全人類を護るなんて途方も無い綱渡りをしていた彼女の内面は如何程の心労と傷があった事か。一介の学生は何も知らずに日々を過ごし生かされてしまい、今はただ後悔と感謝と無力さに顔も上げることは出来ないのだ。
「いい加減、不貞腐れるのは大概にしたらどうだ。お前らしくもない」
「不貞腐れてはいません」
「だったらなんの意味があって俺に敬語を使ってんだ、名字。極制服も脱いで、すぐ卒業だぞ」
ひらひらと舞う花弁が、また地面に落ちた。この学校に初めて来た日も眺めた桜。強さに憧れただけの私達が、交わした言葉ももう思い出せない。
古く昔から知っていた猿投山が今はこんなにも遠く感じるのは、何度危機を救われたか、貴方を超える夢すら程遠くなってしまったから。こんな私では、貴方の目すら奪えない私では、全く足りなくて。
「おい、聞いてるのか?名字」
目前に立ち塞がられる前に壁から背を離し、遠くへ視線を逸らした。
「卒業だとしても、この期間に流れた時は永久に残るでしょう」
無知だったこと、弱いままのこと、護られてしまったこと。荷物になるくらいならば、彼の隣に立つ夢もまた夢のまま。
話すことはそれ以上私には無く、彼から離れようと足に力を入れかけた。
「お前、何から逃げだしたいんだ」
「…私が?逃げてる?」
「そうやって遠回しに言う時は、大抵逃げて誤魔化したい時だろ」
逃げてなんていない、それが現実だ。叫びそうになった言葉を奥歯を噛んで押し殺す。しかし唐突な売り言葉に反射的に猿投山の目を見てしまい、その瞳が真剣で、胸に痛みにも似た衝撃が走った。
「そんなに悔しいんなら、俺が相手をしてやる」
「悔しくなんて…!」
言葉を滑らせれば猿投山の目が細まり、全て分かりきっていたという表情をした。それが不愉快に思え、現実に潰されていた対抗心がようやく蘇る。
「心眼通も使えないのに、よく無遠慮に人の心が読めますね」
「心眼通が無くとも、お前の事なら昔から全部分かってる」
「全部なんて、分かる訳が無い」
塞がれてた鬱憤が溢れ出して、もう止まりはしなかった。私の何を分かっていたと言うのか、簡単に言えることでは無い。
差し出されるままに竹刀を掴み、猿投山も同様に構える。彼は変わらずに微笑みを浮かべ、まるでそれが負けない自信を表しているようで、余計に体が熱くなる。
私の憧れで、そして恩人でありながらも、刃を向ける事を許して欲しい、とももう思えなかった。
関心も興味も、貴方の目を惹けなかった私が、もしも貴方よりも力があり、貴方に勝てたのならば。そんなひた隠しにしてきた心まで読まれていたとしたら、こんな茶番劇は始まりもしないから。
スカートが春風に揺れ、僅かな桜色が舞っている。生き生きとした猿投山と真っ向に対峙し、ふと、今だけが彼の全てを奪えているのだと気付いてしまった。一瞬の甘い痛みも息と共に吐き出して、今は目前の敵だけを見据える。強さでしか生き残れない世界を好んで歩む私達は、力でしか何も語り合えないかのように、二人して一番の笑みを浮かべていた。
どうか、少しでも長くこの時が続き、もし勝てたならば。
貴方はこの希望も、そして絶望の覚悟も、知りはしないでしょう。貴方のようにただ上だけをひたすらに見つめられるその純粋さを、私は息もままならない程に憎み、そして恋い焦がれていた。


咲くならば散るも潔し





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